静かな正義
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
椿が静かに歩き出す。地下牢の入口を守っていた兵士たちは異変に気付く暇もなかった。セデスが影のように距離を詰め、首筋へ正確な一撃を叩き込む。二人の兵士は声を上げることもなく崩れ落ちた。コモンの魔法が周囲を覆い、足音も物音も夜の闇へ溶けていく。
重い鉄扉が軋みながら開き、湿った空気が流れ出す。石壁へ染み付いた血と汗の臭いが鼻を刺した。
長い階段の先には無数の牢が並んでいる。
「……誰だ」
最初に声を上げたのは白髪の老人だった。痩せ細った身体には拷問の痕が残り、頬も大きく痩けている。それでも瞳だけは死んでいなかった。鉄格子の向こうには貴族、商人、学者、役人たちが肩を寄せ合うように座っている。誰もが処刑の日を待つだけの人間だった。
椿は一歩後ろへ下がる。代わりに前へ出たのはジャックだった。牢の中にいる全員を見渡す。その視線に迷いは無い。
「助けに来た。俺たちは革命軍だ」
牢内にざわめきが広がる。革命軍の名を知らない者はいなかった。だが実際に目にした者は少ない。ましてや王都の地下牢へ乗り込み、自分たちを助けに来るなど誰も想像していなかった。処刑まで三日。生きて外へ出られると考えていた者など一人もいなかったのだ。
「馬鹿な……こんな場所へ来られるわけがない。兵士の罠ではないのか」
疑いの声が飛ぶがジャックは気にしなかった。ゆっくりと牢の前を歩く。一人ひとりの顔を見るように。
「お前たちは王へ進言した。民を守ろうとした。国を変えようとした。だからここへ放り込まれた。飢える民を見過ごせなかった。苦しむ属国を見過ごせなかった。間違っていると思ったから声を上げた。ただそれだけだ」
誰も反論しなかった。
その言葉は牢の中にいる全員へ当てはまっていたからだ。家族を失った者もいる。地位を失った者もいる。それでも沈黙を選ばなかった。だから今ここにいる。
「だが今の国は違う。間違っていると言った人間が殺される。正しいことをしようとした人間が処刑される。そんな国を俺は認めない。だから戦う。この国を変えるために戦う。処刑台へ向かうか、それとも俺たちと来るか。選ぶのはお前たちだ」
牢の奥で誰かが顔を上げた。俯いていた商人が拳を握る。学者が眼鏡の奥で目を細める。沈み切っていた地下牢へ、僅かな熱が戻り始めていた。
「若者よ。名を聞かせてくれ」
最初に立ち上がった白髪の老人が鉄格子の前まで歩み寄る。痩せ細った身体は今にも倒れそうだったが、その背筋だけは不思議なほど真っ直ぐだった。長年、人の上に立ってきた者の矜持がまだ残っているのだろう。商人も学者も貴族も黙って見守っていた。誰もが目の前の男を見定めようとしていた。
「ジャックだ。革命軍を率いている」
「ジャック殿。我らを助けた後はどうするつもりだ」
老人の問いは重かった。
この場を逃げ出すだけなら意味はない。王都を抜けたところで追われる身に変わりはないのだ。結局どこへ向かうのか。何を目指しているのか。それを知りたかった。牢の奥にいた者たちも同じだったのだろう。誰一人として口を挟まず、ジャックの返答を待っていた。
「国を取り戻す」
その言葉に何人かが眉を動かした。王を倒すでもない。革命を起こすでもない。国を取り戻す。予想していた答えとは少し違っていた。
「俺は政治家じゃない。学者でもない。立派な理想を語れる人間でもない。でも、この国がおかしいことくらいは分かる。民を守ろうとした人間が捕まり、飢えた子どもへ手を差し伸べた人間が捕まり、間違っていると言った人間が殺される。そんなものは国じゃない」
誰も口を開かなかった。
牢の中にいる全員が、自分のことを語られていると分かっていたからだ。家族を守ろうとした者。領民を守ろうとした者。未来を変えようとした者。その全員がここへ放り込まれている。だからジャックの言葉は妙に胸へ響いた。
「だから取り戻す。王のための国じゃない。貴族だけの国じゃない。誰かを踏みつけなければ生きられない国でもない。生きたいと願う人間が胸を張って生きられる国を取り戻す。それが俺たち革命軍の戦いだ」
白髪の老人がゆっくりと目を閉じる。
長い人生だった。何人もの王を見てきた。何人もの貴族を見てきた。その中で理想を語る者も大勢いた。だが目の前の若者の言葉は不思議と耳障りが良かった。綺麗事のはずなのに、どこか本気で実現しようとしているように聞こえたのだ。
「青臭いな」
「そうかもしれない」
「だが嫌いじゃない」
老人は小さく笑った。
その言葉につられるように、あちこちから笑い声が漏れる。牢獄に閉じ込められてから初めて聞く笑い声だった。重苦しかった空気が少しだけ和らぐ。絶望しかなかった地下牢に、ほんの僅かだが希望が差し込んでいた。
「ここから出るぞ。走れる者は走れ。怪我人は支えろ。誰一人置いていかない」
「ジャック殿、我らも戦おう」
「命を捨てるな。だが戦う意思があるなら止めない。これから先、お前たちの力が必要になる」
鎖を外す音が地下牢へ響き始める。
処刑を待つだけだった人々が次々と立ち上がった。貴族も商人も学者も関係ない。皆、王へ異を唱えた者たちだった。絶望の底へ沈んでいた者たちの目に、再び光が宿る。そしてその時だった。地下牢の奥から鐘の音が鳴り響いた。
カン、カン、カン
「まずいです! 見つかりました! 兵士がこっちへ向かって来てます!」
コモンの声が響く。
直後、地上から無数の足音が聞こえてきた。鎧の擦れる音。怒号。抜き放たれる剣の音。その数は一つや二つではない。地下牢全体を包囲するつもりなのだろう。ジャックが静かに剣へ手を掛け、セデスが一歩前へ出る。その横で椿は扇子を閉じ、どこか楽しそうに目を細めた。
「ほな、うちらの出番やな」
新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!
ギャグ×和風ファンタジーです!よければそちらもご覧ください!
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