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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第四章 革命編

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世界を我が手中に

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

 

 地下空間は静まり返っていた。

 誰も言葉を発さない。だが先程までとは違う沈黙だった。迷いではない。決断の前に訪れる静けさだ。松明の火だけが揺れ、石壁へ伸びる影をゆっくりと踊らせている。ジャックは地図へ視線を落としたまま考えていた。


 十年以上戦ってきた。何度も仲間を失った。何度も作戦は失敗した。何度も希望を諦めかけた。その度に思った。自分たちには何かが足りないのだと。


 剣かもしれない。兵かもしれない。資金かもしれない。だがどれだけ集めても何も変わらなかった。今なら分かる。足りなかったのは人々を同じ方向へ向かせる力だった。


「東部へ使者を出す。南部、西部、北部にもだ。二週間後、この場所で会議を開く。各地の代表を集めろ」


 地下空間がざわめいた。


 幹部たちが顔を見合わせる。驚きはあったが反対する者はいない。十年以上動かなかった歯車がようやく回り始めたのだ。誰もがそれを理解していた。だからこそ緊張が走る。


「無茶だ。来ない連中もいるぞ」


 反論はすぐに上がった。各地の組織は仲間ではない。同じ敵を持つだけの別勢力だ。中には過去に衝突した組織も存在する。呼びかけた程度で集まるほど甘い話ではなかった。


「数日もしないうちに、クリムゾンは動く。引きずってでも連れて来い。もう待つ時間は無い」


 ジャックの声に迷いは無かった。


 地下空間の空気が変わる。幹部たちの目付きも変わる。誰もが理解していた。これは革命軍が初めて守りから攻めへ転じる瞬間なのだと。椿は少し離れた場所から静かにその様子を眺めていた。


 不思議な女だった。剣を振るったわけではない。兵を率いたわけでもない。それなのに数時間で革命軍を動かしてしまった。


「時は一刻を争う」

「急がなあきまへんなぁ」

「口火を切るのは俺たちだ」


 短いやり取りだった。


 だがその場にいた全員が頷いた。クリムゾンは愚かではない。革命軍が動き始めれば必ず察知して必ず潰しに来る。これまで何度もそうしてきたように。

 そしてその日の夜、革命軍の使者たちは地下拠点を飛び出した。東へ、西へ、南へ、北へ。それぞれが密書を抱え、闇の中へ消えていく。十年以上交わることのなかった勢力を繋ぐために。革命を始めるために。



 三日後。


 王都中央広場には数万人の民衆が集められていた。


 兵士たちが周囲を埋め尽くし、逃げ道は一つも無い。広場中央には巨大な処刑台が築かれ、その上には十数名の貴族たちが跪かされている。かつては領主として民を治めていた者たちだった。帝国化へ反対した者。属国への圧政を批判した者。王へ異議を唱えた者。その全員が今日ここで処刑される。


 曇天の下、重苦しい沈黙だけが広場を支配していた。

 やがてラッパが鳴り響き、赤い外套を纏った男が現れた。


 クリムゾン。


 王都を支配する絶対王。


 男はゆっくりと処刑台へ上がると、眼下に広がる民衆を見下ろした。その視線に迷いは無い。数万人の人間など景色の一部でしかないかのようだった。


「民よ。今日という日を覚えておけ。今日から歴史が変わる。今日からこの国は変わる。弱者が足を引っ張る時代は終わりだ。愚かな議会も終わる。無能な領主どもが好き勝手に国を食い潰す時代も終わる。今日をもってバルガム合衆国は終焉を迎える」


 広場がざわめく。

 兵士たちの槍が並び、無数の弓兵が見下ろしている。反抗など自殺と同じだった。

 クリムゾンは振り返ることなく片手を上げる。


「執行せよ」


 処刑人の斧が振り下ろされる。


 鮮血が舞い首が落ちた。

 悲鳴が上がる。だが処刑は止まらない。処刑台は瞬く間に血で染まり、王はそれを眺めながら演説を続けた。


「見よ。これが反逆者の末路だ。王へ刃向かう者。帝国へ逆らう者。未来を妨げる者。その全てに同じ結末が待っている。私は慈悲深い。だから一度だけ警告する。二度目は無い」


 首が転がる。鮮血が処刑台を染め、広場を支配していた沈黙はさらに重くなった。泣き崩れる者もいた。目を背ける者もいた。だが誰も声を上げられない。兵士たちの槍と剣が、恐怖そのものとなって民衆を縛り付けていた。


 その時だった。


 広場の奥から重い車輪の音が響く。鎖を引きずる音が続き、人々は思わずそちらを振り返った。巨大な鉄檻がゆっくりと運び込まれてくる。その中にいた姿を見た瞬間、広場の空気が変わった。


 白銀の狛犬。

 決して大きくはないが、その存在感だけは別格だった。何百年、何千年と語り継がれてきた伝承の中から抜け出してきたかのような神々しさ。しかし、その瞳には何の感情も宿っていなかった。怒りも悲しみも無い。ただ虚ろに前だけを見つめている。


 広場が騒然となる。


「まさか……」

「神獣だ……」

「あり得ない……」


 誰もが知っていた。神獣とは単なる幻獣ではない。世界最古の伝承に登場する特別な存在だ。そして誰もが知るもう一つの伝説があった。神獣を手にした者は世界を手にする。子どもですら知るほど有名な伝説だった。


 人々は震えていた。


 クリムゾンは血塗れの処刑台の中央へ進み出る。その背後には処刑された貴族たちの亡骸が転がり、その横には神獣を閉じ込めた檻が置かれていた。まるで勝利の証でも見せつけるかのような光景だ。


「見よ。神々に愛された獣を。誰にも従わず、誰にも屈せず、国家すら手出しできぬとされた存在を。幾千年もの間、人々は神獣を神話の中へ閉じ込めてきた。手の届かぬ奇跡として語り継いできた。だが、その時代は終わった」


 クリムゾンは檻へ手を向ける。


「見ろ。神獣はここにいる。我が帝国の前に跪いている。伝説は現実となった。そして現実となった伝説は、やがて歴史になる」


 その声は広場全体へ響き渡る。曇天の空さえ震わせるほどだった。


「諸君は知っているはずだ。神獣を手にした者は世界を手にする。そして神獣は今、我が手中にある。ならば次に私が手にするものは何だ?」


 クリムゾンはゆっくりと両腕を広げた。

 まるで世界そのものを抱き締めるように。


「世界だ」


 静寂が落ちる。

 王の瞳は狂気と確信に燃えていた。


「この世界に王は一人でいい。国は一つでいい。私こそが秩序だ。私こそが法だ。私こそが未来だ。諸国よ聞け。今日この日をもって、バルガム帝国は世界統一へ向けて進軍を開始する」


 雷鳴が轟いた。血塗れの処刑台。感情を失った神獣。震える民衆。


 そして高らかに笑う王。


 その日、世界は初めて理解した。


 クリムゾンは国を支配したいのではない。


 世界そのものを支配するつもりなのだと。

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