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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第四章 革命編

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革命軍

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

 倉庫の奥には地下へ続く階段があった。


 石造りの階段は長く、湿った空気が漂っている。上層の華やかな王都とは別世界だった。壁には簡素な松明が掛けられ、その灯りだけが薄暗い通路を照らしている。何度も曲がり角を抜けた先で、ようやく広い空間へ辿り着いた。


 そこには数百人近い人々がいた。獣人だけではない。人間もいる。老人も若者もいる。武器を整備する者、地図を囲む者、傷の手当てをする者。皆が痩せ細っていたが、その瞳だけは死んでいなかった。


「これはまた随分と賑やかやねぇ」


 椿が周囲を見渡しながら呟く。黒衣の男たちは何も答えず、そのまま奥へ進んだ。人垣が自然と割れ、その中心に置かれた大きな机が姿を現す。机を囲むように七人の男女が立っていた。年齢も種族も様々だったが、その顔に浮かぶものは同じだった。覚悟である。


 中央にいた青年が一歩前へ出る。金色の瞳が真っ直ぐ椿を見据えた。整った顔立ちだが、どこか疲れを宿している。気品と路地裏で生き抜いてきた者の鋭さが同居した不思議な男だった。


「俺はジャック。革命のリーダーを勤めている」


 短い名乗りだった。セデスは静かに相手を観察し、コモンは未だ状況を呑み込めていない顔をしている。ジャックだけは一度も視線を逸らさなかった。


「単刀直入に言う、力を貸してほしい」


 地下空間が静まり返る。


 軽い協力依頼ではない。この国をひっくり返すための話だと誰もが理解していた。ジャックは机の上へ地図を広げる。そこにはバルガム合衆国全土が描かれていた。複数の国家が寄り集まって生まれた巨大国家。その各地へ無数の印が打たれている。


「この国は一枚岩じゃない。クリムゾンは合衆国を帝国へ変えようとしている。従わない領主は消え、反対する議員も消えた。奴隷制度は拡大され、属国は搾取され続けている」


 机を囲む者たちの顔に怒りが浮かぶ。それは一時の感情ではない。長年積み重なった怨嗟だった。椿は何も言わず聞いている。ただ静かに相手を見つめていた。


「俺たちは十年以上戦ってきた。仲間も死んだ。家族も殺された。それでも足りなかった」


 怒りでも憎しみでもない。どこか疲れ果てた声だった。だからこそ続く言葉が重い。


「だが、お前が現れた」


 地下空間にいた全員の視線が椿へ集まる。


「舞踏会の演説はもう広まっている。獣人たちが動き始め、市民が噂し、兵士の中にすら共感者が現れた」


 ジャックは小さく笑った。


「俺たちには剣があった。仲間もいた。各地には王へ反発する連中もいる。だが足りなかった」


 そして真っ直ぐ椿を見る。


「希望だけが無かった」


 静寂が落ちる。誰も否定できなかった。武器も人もある。それでも十年以上何も変えられなかったのだ。ジャックは地図の上へ手を置く。そこには各地の反乱組織を示す印が並んでいた。


「東には獣人解放組織。南には自治独立派。西には王政反対派。北には属国解放軍がいる」


 その声には苛立ちが滲んでいた。


「思想が違う。目的も違う。復讐したい奴もいれば故郷を取り戻したい奴もいる。皆クリムゾンを嫌ってるが、それだけじゃ国は変わらない」

「せやから纏める旗が必要やったんやね」

「そうだ」


 短い返事だった。その視線には縋る弱さはない。ただ最後の可能性へ賭ける覚悟だけがあった。


「舞踏会の話はもう国中へ広がってる。市場も酒場もその話でもちきりだ。人は噂を信じる。だが民衆は物語を信じる」


 地下の空気が変わる。獣人のために王へ刃向かった女帝。その存在は既に伝説になり始めていた。


「お前はもう旗になってる」


 ジャックはゆっくり頭を下げた。地下空間がざわめく。革命軍を率いる男が誰かへ頭を下げる姿など見たことがなかったからだ。


「頼む。一宮椿。俺たちに力を貸してくれ」


「一つ聞いてもええ?革命が成功したら、その後どうするん?」


 地下空間が静まり返る。誰も予想していなかった質問だった。王を倒した後の話など、ほとんど誰も口にしてこなかったからだ。だが椿にとってはそこが一番大事だった。国を壊すのは難しい。けれど壊した後に新しい秩序を作る方がもっと難しい。


 ジャックはすぐには答えなかった。地図へ落としていた視線をゆっくり上げる。松明の火が揺れ、金色の瞳へ赤い光が映り込んだ。


「分からない」


 地下空間にざわめきが走る。しかしジャックは構わなかった。


「俺は王でも政治家でもない。十年後の正解なんて知らない」

「正直やねぇ」

「嘘を言っても仕方ない」


 理想を並べることは簡単だ。だが分からないものを分からないと言える人間は少ない。椿は少しだけ目を細めた。


「ただ一つだけ決めている…。俺は王になりたいわけじゃない」


 皆耳を傾けてこの男の話を聞いていた。


「欲しいのは玉座じゃない。次の世代が俺たちと同じ理由で戦わなくていい国だ」


 派手な演説ではなかった。それでも嘘ではないと分かる言葉だった。だから地下空間にいた誰も笑わない。誰も疑わない。十年以上この男を見てきた者たちには、それが本心だと分かっていた。


「なるほどなぁ」


 椿は小さく笑った。思っていたよりずっと真面目だった。もっと復讐だけで動く集団かと思っていたが違う。目の前の男は王を殺したいのではない。この国を変えたいのだ。その違いは大きかった。


「ほな、クリムゾンが今一番怖がっとるんは何やと思う?」


 ジャックは少し考えた。


「革命軍だ」

「違う」


 椿は即座に否定した。机へ広げられた地図を指先で叩く。王都から伸びる街道。その先には無数の街や村があった。革命軍の拠点ではない。人々の暮らしそのものだった。


「民衆や」


 地下空間から音が消える。


「革命軍なんて十年も放っとかれとったんやろ?」

「ああ」

「せやのに何で今さらうちを捕まえたと思う?」


 答えは誰の胸にも浮かんでいた。舞踏会での演説。獣人へ向けた言葉。王の前で語られた希望。その話は一夜で国中へ広がった。


「……噂か」

「そう」


 椿は静かに頷く。


「人も武器も隠せる。せやけど噂は隠せへん」


 市場へ流れる。酒場へ流れる。兵士の耳にも届く。そして人は考え始める。今まで当たり前やと思っとったことは、本当に当たり前なんやろかと。


「王様は革命軍が怖いんやない。皆が考え始めるんが怖いんや」


 誰も反論できなかった。クリムゾンは革命軍を何十年も潰し切れなかった。それでも国は揺らがなかった。だが椿が現れてから数日で自ら動いた。その事実が答えだった。


「人は腹減っただけやと中々立ち上がれへん。殴られても耐えるし、搾取されても耐える。家族守らなあかんし、生きなあかんからな。でも一回考えてしもたら終わりなんよ」


 椿の指が王都を軽く叩く。


「なんで自分だけ飯が食えへんのやろ。なんで子ども売らなあかんのやろ。なんで首輪付けられとるんやろ。なんであいつだけ偉そうなんやろ。その疑問が広がったら、もう止まらへん」


 ジャックは目を閉じた。それは革命軍が十年以上やりたかったことだった。王を倒すことではない。民衆へ疑問を持たせることだった。だが地下に潜る者の声は小さい。隠れて生きる者の言葉は遠くまで届かない。


「せやから王様は焦っとる。うちが邪魔なんやなくて、うちの言葉が邪魔なんや」


 その瞬間だった。


「なら今が好機だ」


 鋭い声が飛ぶ。


「各地の組織を今すぐ動かすべきだ」

「簡単に言うな。南部はまだ準備不足だ」

「様子見してる間に粛清されたら終わりだろ」「今動いても潰される」


 次々と声が上がる。地下空間の熱が一気に高まった。皆が真剣だった。だからこそ意見がぶつかる。誰も自分のために喋っていない。この国を変えたいからこそ譲れないのだ。


 椿はしばらく黙ってそれを眺めていた。やがて小さく息を吐く。


「ジャックさん。今一番足りへんもん分かったわ」


 言い争いが止まる。全員の視線が椿へ向いた。


「希望やない」


 地下空間が静まり返る。


 つい先程まで希望が足りなかったと言われていたからだ。


 椿は扇子をぱたりと閉じる。


「時間や」


 その一言で空気が変わった。


 誰もが理解してしまった。革命軍に足りないのは覚悟でも理想でもない。クリムゾンが動き出した今、一番足りないのは残された時間そのものだった。


「まずは各地へ使者を出す」


 椿は地図を見渡す。


「今から動くんや。革命を起こす前に、革命軍を一つにせなあかん」


 地下空間は静まり返ったままだった。しかし今度の沈黙は迷いではない。決断の前に訪れる静けさだった。

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