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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第四章 革命編

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宣戦布告

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

 

 豪奢な音楽が流れていた。


 天井から吊るされた巨大なシャンデリアは無数の光を撒き散らし、その輝きが磨き抜かれた大理石の床へ反射している。壁には金箔が惜しげもなく貼られ、柱には高価な宝石が埋め込まれていた。舞踏会へ集った貴族たちは色鮮やかなドレスや礼服を纏い、笑い声を交わしながら杯を傾けている。誰が見ても繁栄を極めた国だった。


 だが、椿の瞳に映る景色は違った。

 巨大なテーブルを支える獣人。椅子代わりにされている獣人。酒瓶を載せるためだけに膝をつく獣人。花瓶を頭へ載せられ、一歩も動くことを許されない獣人。


 彼らの瞳には光がなかった。


「……ほんまに立派なお国どすなぁ。人を家具にできるほど余裕がおありやなんて、うちみたいな田舎者には思いつきもせぇへん」


 月詠の扇子が静かに開く。白銀の扇面が椿の口元を隠した。

 セデスは無表情のまま会場を見渡していたが、腰の剣へ伸びかけた指先が僅かに震えていた。コモンは青い顔をしている。故郷を失ったあの日の記憶が蘇っているのだろう。エルフとして、この光景を平然と受け入れることなどできなかった。


「ひっ……!」


 小さな悲鳴が響き、花瓶を頭へ載せられていた獣人の少女が僅かによろめいた。


 疲労だったのか、あるいは恐怖だったのか。


 獣人の少女はその場へ崩れ落ちた。


 砕け散った花瓶の欠片が床へ散らばり、その隙間を縫うように色鮮やかな花々が転がっている。少女は涙を零しながら何度も頭を下げていた。まだ幼い。十代にも満たないだろう。その姿は罪人ではなく、恐怖に押し潰されそうな子どもそのものだった。


「申し訳ありません……申し訳ありません……どうかお許しください……」


 椿が手を差し伸べようとしたその瞬間、一人の男が前へ出た。


「この役立たずが」


 男が下品な笑みを浮かべながら振り返る。


「お目汚しを失礼いたしました、女帝殿。これは人ではありません。ただの道具です。壊れた家具を処分するだけのこと」


「そう」


 男は満足そうに笑った。


 理解したのだと思った。異国の女帝も結局は同じだと。身の程を弁えたのだと。


「いやぁ、女帝殿もついに我々の…」


 言い切るのを待たずに椿は男の首を刎ねた。


 赤い飛沫が白い大理石へ咲き散り、まるで毒々しい花が開いたようだった。ごろりと転がった首は、最後まで自分の死を理解できていない顔をしている。ワイングラスが床へ落ち、甲高い破砕音が響いた。音楽が止まり、笑い声が消え、広い会場へ重苦しい沈黙が落ちる。


 磨き上げられた白い大理石の床へ、鮮やかな赤が広がっていく。先ほどまで飾られていた花々の色など霞んでしまうほど鮮烈な色だった。天井のシャンデリアがその血を照らし、きらきらと不気味に反射している。


「あら、綺麗な花が咲きましたねぇ」


 椿は穏やかに微笑んだ。白銀の扇子が口元を隠す。その声音は柔らかい。まるで本当に花を褒めているみたいだった。


 貴族たちの顔が盛大に引き攣った。

 今しがたまで笑っていた者たちですら言葉を失っていた。


 椿は転がる首を見下ろして首を傾げる。


「どうしたんどす?先ほどまで皆様よう笑うてはりましたのに」


 会場の空気が張り詰める。

 貴族たちは互いの顔を窺い、兵士たちは剣へ手を掛けたまま動けない。音楽隊も演奏を止めたまま固まっている。広大な会場に響くのは、震える呼吸音だけだった。


「ほんま立派なお国どすなぁ」


 扇子がゆっくり閉じるとぱちり、と小さな音が響いた。


「人の命に値段を付けて、人か物かまで決められるんやもの。とても真似できまへん」


 優雅に一礼する。礼儀正しい。どこまでも丁寧だった。


 目の前の女はただ笑っているだけで、人の心を抉る。


 花瓶を落とした獣人の少女だけが、呆然と椿を見上げていた。その瞳には光が宿っていた。自分のために怒った者を初めて見たのだ。


 捕らえろォォォ!!」


 怒号が響いた瞬間だった。


 会場の空気が一気に爆発する。兵士たちが雪崩れ込み、鎧の音が大理石へ反響した。抜き放たれた剣がシャンデリアの光を乱反射し、先ほどまで優雅だった舞踏会は一瞬で修羅場へ変わる。悲鳴と怒号が飛び交う中、それでも椿だけは静かに立っていた。


 セデスが前へ出る。コモンの周囲へ魔力が集まる。だが。


「動かんといて」


 椿の首筋へ短剣が添えられている。


 先ほどから姿が見えなかったジャンクが、いつの間にか背後へ回り込んでいた。少しでも動けば血が流れる距離だ。会場の兵士たちは安堵したように息を吐き、貴族たちの顔にも余裕が戻り始める。


「ジャンクさん……?」

「武器を捨てろ」

「……」

「捨てろ」


 コモンの顔が青ざめる。セデスも僅かに眉を寄せた。だがジャンクは二人を見ることすらしない。まるで最初からあちら側の人間だったみたいに、迷いなく椿の首へ刃を押し当てていた。


「ええよ」


 椿は抵抗しなかった。

 兵士たちが一斉に取り囲む。無数の剣先が向けられているというのに椿の表情は変わらない。


「ツバキーー!!」


 コマが飛び出したその瞬間だった。


 会場の四方で待機していた魔術師たちが一斉に術式を展開する。黒い首輪が放たれ、複雑な魔法陣が床一面へ広がった。嫌な気配だった。神獣だけを封じるために作られた呪具だと一目で分かるほど、悪意に満ちた代物だった。


「え……?」


 コマの身体が揺れて金色の瞳から光が失われていく。


「ツ……バキ……」


 そのまま白い身体が崩れ落ちる。


「見事だ」


 重々しい声が響き、人垣が割れた。

 豪奢な真紅の外套を纏った男が姿を現す。周囲の貴族たちが一斉に頭を下げた。兵士たちも膝をつく。


 バルガム・クリムゾン

 この国の頂点に立つ男


「よくやった、ジャンク」


 王は満足そうに笑う。


「潜り込ませた甲斐があったな」


 会場がざわめき、コモンの顔色が変わる。

 潜り込ませた。その言葉が意味するものは一つしかなかった。


「まさか……最初から……」


 コモンの呟きが漏れる。ジャンクは何も答えない。王の傍らへ歩み寄る。その背中は本当に裏切り者に見えた。


「東の女帝も随分と愚かだ」


 クリムゾンは玉座へ深く腰掛けたまま、愉快そうに笑っていた。


 周囲の貴族たちも同じだった。勝利を疑っていない顔だった。女帝は捕らえられ、神獣は封じられ、ここは自分たちの城のど真ん中だ。逆らえるはずがない。誰もがそう信じていた。


「愚かな女帝よ。勘違いするな。これは交渉ではない。拒否権はないのだ」


 王の声が広間へ響く。


 その言葉に貴族たちは満足そうに頷いていた。獣人たちは俯いたままだ。酒を運ぶ者も、皿を持つ者も、椅子として使われる者も、誰一人として顔を上げない。それが当たり前になりすぎているのだろう。希望を持つことすら忘れてしまった顔だった。


「ヤタガラスの民全てを余へ献上しろ。そうすれば命だけは助けてやる」


 静寂が落ちる。


 誰もが椿の返答を待っていた。だが椿はすぐには答えなかった。代わりに広間を見渡す。

 しばらく黙っていた椿は、小さく息を吐いた。


「お断りどす」


 王の眉がぴくりと動いたが椿は構わないゆっくりと前を向く。結い上げた黒髪が僅かに揺れる。


 そして、女帝として口を開いた。


「獣人さんら、よう聞いておくれやす。このままでほんまにええんですか。頭下げて、物や言われて。媚び諂って生きてくんですか」


 広間が静まり返る。俯いていた獣人たちが少しずつ顔を上げ始める。貴族たちは眉をひそめ、兵士たちは剣へ手を掛けた。けれど誰も口を挟まない。椿の視線は最初から最後まで獣人たちだけへ向いていた。

 誰かが拳を握る。誰かが唇を噛み締める。先ほどまで死んだようだった瞳に少しずつ光が戻り始めていた。クリムゾンはそれを見て眉をひそめる。このまま喋らせればまずいと本能で理解したのだ。


「我らヤタガラス帝国は虐げられし者を見捨てへん。居場所が欲しいなら来なはれ。手ぇを伸ばしてくれる人がおらんのやったら、うちが伸ばします。場所は東。朝日が一番最初に昇る場所や!」


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