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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第四章 革命編

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捨てる神あれば拾う神あり

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。


 貴族に使われた。領主に使われた。金のために情報を売った。裏切りもしたし、裏切られもした。そんな人生だった。

 だから最後もこんなものだろうと思っていた。薄汚れた路地裏に腐った臭い。誰も見向きもしないスラム街。

 腹は減っているし、身体は痛い。呼吸をするだけで胸が焼ける。それでもまだ死ねない自分が少しだけ滑稽だった。


 誰かが近付いてくる。


 追い剥ぎか…。残念ながら金なんてもう持っていない。ここまでか、そう思いながら重たい瞼を開くと目の前には見覚えのある女がいた。

 いや、見間違えるはずがない。黒髪。穏やかな笑顔。あの街を壊した女だ。


「あら、情報屋さんやないの」

「……お前、なんで……ここにいる」

「せっかくやし、観光しよかと思うて」


 嘘だ、絶対に嘘だ。


 笑った拍子に血が込み上げる。

 咳き込む俺を見て、女は少し眉を下げた。


「ツバキ! このひと死にそうなの!」

「コマ、お願いしてもええやろか?」

「まかせるの!」


 白髪の少女が俺に近づいて、手を翳したその瞬間、白銀の光が溢れた。


 温かい春の日差しのような光だった。折れていた指が動く。潰れていた肋骨が戻り、裂けた肉が塞がる。身体の痛みが消えていく。

 俺は呆然と自分の手を見た。


「……は?」

「コマ、ありがとうなぁ」

「どういたしましてなの!」


 人一人を死の淵から引き戻したとは思えない会話だった。俺は生きている。しばらく声が出なかった。何を言えばいいのか分からなかった。


 そんな俺を見て女は静かに尋ねる。


「長生きの情報屋さんに何があったん?」


 その言葉に不思議なくらい力が抜けた。

 どうせ隠す意味もない。

 全部終わった話だ。


「……お前らが領主を殺した後だ。領地は壊れて奴隷は逃げた。領民も反旗を翻して、商人も逃げた。今じゃ誰も国の言う事なんざ聞かねぇ」


「もっとも、そこまで見てねぇけどな。俺は…貴族に裏切られて民にも見捨てられた。知りすぎてたんだろうな。命からがらここまで逃げてきたが、まぁ……俺も、もう長くねぇだろ」


 言い終えて空を見上げる。


 路地裏から見える空は思ったより青かった。白い雲がゆっくり流れている。その向こうを鳥が飛んでいた。自由に。好きな場所へ。どこへだって行けるみたいに。いいよな、と少しだけ思った。俺は一度も自由だったことなんてなかったから。


 その時だった。


「生きる気はあるのか」


 低い声が落ちた。


 初めて聞く声だった。視線を向けると、そこには無駄に色気のある銀髪の男がいた。感情の読めない赤い瞳がまるで観察するように俺を見ていた。


「……は?」

「聞いている。生きる気はあるのか」


 問いを投げた銀髪の男は、それ以上何も言わなかった。


 急かすでもなく、ただ静かに答えを待っている。

 その沈黙が妙に居心地悪かった。


 怒鳴られる方がまだ楽だ。殴られる方が分かりやすい。だがこいつは違う。

 まるで心の奥底に押し込めたものを、自分で掘り起こせと言われているみたいだった。


「……知らねぇよ。生きたいかなんて考えたこともねぇ」


 自分で口にしながら苦笑した。

 何とも情けない返事だ。


 路地の奥から子どもの笑い声が聞こえた。

 汚れた服を着た子どもたちが、壊れた木箱を転がして遊んでいる。

 何も持っていないはずなのに生きているだけで楽しそうだった。

 その光景を見ていると胸の奥が妙に痛む。

 昔の自分もあんな顔で笑ったことがあっただろうか。


 俺はもう一度空を見上げてため息を吐く。


「ここまで逃げてきたのだって生きたいからじゃねぇ。ただ死にたくなかっただけだ。惨めだろ。笑いたきゃ笑え」


 誰も笑わなかった。責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ聞いていた。


 それが逆に堪えた。

 こんな話を最後まで聞いてくれる奴なんて、いつ以来だろう。


 喉の奥が妙に熱い。みっともないから飲み込もうとしたが上手くいかなかった。


 言葉が出てこない。震える指を握り締める。

 俺みたいな奴なんざ、死んでも仕方ないと思っていた。

 でも、そう思い込もうとしていただけだったのかもしれない。


 コマに治された身体はまだ温かい。


「……まだ、生きてぇな」


 薄暗い路地裏には腐った水の臭いが漂っている。崩れかけた石壁には苔が張り付き、少し先では痩せた子どもが空き瓶を抱えて座り込んでいた。表通りから聞こえる喧騒は遠く、まるで別の国みたいだった。さっきまで自分もこの景色の一部だったはずなのに、コマの治癒を受けた今は妙に世界が鮮明に見える。


 頬を撫でる風の冷たさも、鼻につく埃の臭いも、生きているから感じるのだと気付いてしまった。


 だからこそ腹が立つ。

 今さら生かされてどうしろというのだ。


「……俺はただの情報屋だ。金のために情報を売っていた、それだけの男だ」


「勘違いするな。私はお前を善人だと言っているわけではない。むしろ逆だ。お前は人間の醜さを知っている。欲望も裏切りも欺瞞も見てきた。その上でまだ生きている」


 情報屋は無意識に拳を握った。


「理想だけ語る者は多い。正義を口にする者も多い。だが本当に必要なのは泥の臭いを知る者だ。人がどこで嘘を吐き、どこで裏切り、どこで欲に負けるのか。それを知る者は少ない」


 路地の奥で空き樽が転がった。


「お前は利用されたと言ったな。それは違う。利用されるほど価値があったということだ。貴族も商人もお前を必要としていた。最後に捨てられたのは、お前が不要だったからではない。知り過ぎていたからだ」


 そんな風に考えたことはなかった。

 不要だから捨てられた。そう思っていた。

 そう思い込まなければやっていられなかった。


「……買い被りだ」

「そうかもしれん」


 ルシフェルは即座に答えなかった。

 少しだけ考えるように目を伏せる。

 それから静かに口を開いた。


「だか、殺してまで口封じしたい程の能力がお前にはあると言う事だ」


 赤い瞳は静かで、どこまでも静かで、だからこそ嘘ではないのだと分かってしまう。生き汚いと言われたことはある。卑怯者と言われたこともある。だが、生き残ったことそのものを認められたことなど一度もなかった。


「……あんた、変な奴だな。俺みたいな人間を見てそんなこと言う奴は初めてだ。俺は大した人間じゃねぇよ。ただ運が良かっただけだ。胸張って語れるような人生じゃねぇ」


 ルシフェルは否定しなかった。


 それが余計に俺を戸惑わせた。

 普通なら綺麗事を言う場面だろう。

 お前は悪くないとか、お前は立派だとか。


 だが目の前の男はそんな言葉を一つも口にしない。

 それどころか、少し考えるような素振りをした後に唐突に言い放った。


「ツバキ、この男が欲しい」

「ええんやない?」

「賛成なの!」

「俺も構わねぇ」

「「異論はねぇよ!」」


 あまりにも軽く返ってきた言葉に、俺は呆然と全員を見回した。


 誰一人として反対していない。

 最初から仲間に加える前提で話している。

 そのことが妙に信じられなかった。


「……物好きな連中だな」

「そうかもしれん」

「俺なんかより使える奴はいくらでもいるだろ」

「いるだろうな」

「じゃあ何で俺なんだ」


 ルシフェルは静かに俺を見ていた。

 路地裏を風が抜けていく。

 崩れた建物の隙間から差し込む光が、銀髪を淡く照らしていた。

「捨てる者がいるなら拾う者もいる。それだけの話だ」


「……」

「来い。私は運の良い者が好きだ」


 思わず笑いそうになった。

 救うだの仲間だの、綺麗な言葉は一つもなかった。

 そんな言葉を受け入れている自分に気づいて、ため息を吐く。

 どうやら俺は、拾われてしまうらしい。

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