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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第三章 ヤタガラス帝国編

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友好国家

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

 

 その言葉が玉座の間へ静かに落ちた。


 誰もすぐには口を開かなかった。夕陽が高窓から差し込み、黄金色の光が赤い絨毯を長く染めている。先ほどまで疑念を向けていた重臣たちも、今は黙ったまま椿を見つめていた。国とは何か。その答えを、それぞれが考えているようだった。


「父上……」

「分かっておる」

「では」

「慌てるな、ドラコ。王が人を見る時は、言葉だけを聞くものではない」


 レオン王はゆっくりと立ち上がった。


 大柄な身体が動いただけで空気が変わる。長年王座に座り続けてきた者だけが持つ重みだった。重臣たちも自然と背筋を伸ばす。王は椿から目を逸らさない。


「余は長く王をやっておる。国を滅ぼした愚王も見てきた。民を飢えさせた王も見てきた。逆に国を栄えさせた名君も知っておる。そういう者たちには一つ共通点がある」


 王は広間を見回したあと、再び椿を見る。


「民を数字で見る者は国を失う。兵の数、税の額、領土の広さ。そればかりを数え始めた王は、やがて民の心を見失う」

「……」

「だが民を守る理由を持つ王は違う。損得ではなく、誰を守るために国があるのかを忘れぬ者は強い」

「父上、それは……」

「帝王学の原点だ、ドラコ。王とは最も強い者ではない。最後まで責任を背負う者だ」


 重臣たちが息を呑む。


 王の言葉には実感があった。教本の知識ではない。国を背負い続けてきた者だけが持つ重みだった。夕陽が玉座の背を照らし、その影を長く伸ばしている。


「余は先ほどから聞いておった。ヤタガラス帝国には何があるのかとな、だが余が聞きたかったのは違う。何を持っているかではない。何を守ろうとしているかだ。城は後から建つ。兵も後から集まる。だが国の芯だけは後から作れん」


 椿は静かに王を見つめる。

 その姿に、レオン王は満足そうに頷いた。


「そなたの国は未熟だろう。これから失敗もする。裏切りもある。理想だけでは済まぬ日も来る。それでもなお守ると言えるか」


「言えます」


 迷いのない返事だった。

 レオン王の口元が僅かに緩む。


「ならば十分だ」

「陛下……」

「少なくとも余はそう思う」


 広間の空気が少し和らぐ。


 ドラコも小さく息を吐いた。


「歓迎しよう、ヤタガラス帝国の女帝よ」

「光栄どす」

「そして願わくば、その国が、そなたの語った通りの国であり続けることを祈ろう」


 夕陽が最後に強く差し込む。

 黄金色の光の中で、レオン王はゆっくりと笑った。


「暁は美しい。だが本当に価値があるのは、その後に訪れる朝だからな」


 玉座の間は静まり返っていた。


 誰も笑わない。

 誰も軽口を叩かない。

 そこにいた全員が理解していた。

 今この場でヤタガラス帝国は認められた。


 晩餐の間は賑やかだった。


 長い卓には豪華な料理が並び、焼き立ての肉や香辛料の香りが広がっている。昼間の張り詰めた空気はもうない。ダンジョン攻略者でも女帝でもなく、今はただ客人として迎えられていた。マメとツブは夢中で料理を頬張り、スクナは黙々と肉を平らげている。コマも犬の姿のまま椿の足元で尻尾を振っていた。


「遠慮は無用だ。ここは戦場ではない。好きなだけ食え」


「ありがとうございます」


「そうかしこまるな。今は晩餐の席だ」


 レオン王はそう言って酒杯を傾ける。


 昼間と変わらぬ威厳はある。だが玉座に座っていた時よりも遥かに柔らかい。ドラコも穏やかな表情で会話を聞いていた。父王が椿を気に入ったことなど、とっくに気付いているのだろう。


「椿よ」

「はい」


「そなた、本当に平民育ちか」

「どうしてそう思わはるんです?」

「王宮で育った者は分かる。そなたの振る舞いは長年身に付けたものだ。一朝一夕では出来ん」

「買い被りですよ」

「そうは思えんな」

「父上の言う通りです。僕も昼から気になっていました」


「まぁ、色々ありまして」

 その場が少しだけ静かになる。


 レオン王の視線は鋭かったが、値踏みするようなものではなかった。椿もそれが分かっているからこそ、曖昧に笑うだけだった。答えるつもりがないことを察したのか、王はそれ以上追及しない。


「そうか」

 ただ一言だけ頷く。


 人には語りたくない過去もある。それくらいは理解しているのだろう。だからこそ無理に踏み込まない。その距離感が心地良かった。


「それよりだ。昼にも言ったが、ポンパドゥール王国はヤタガラス帝国との友好を望む」


「ありがとうございます」


「国の大きさは関係ない。余は国を見る時、何を守ろうとしているかを見る。そなたの国はまだ若い。だが芯がある」


「そう言うていただけるんは光栄です」


「交易も、人材交流も、今後協力したい。正式な条約は後日になるがな」


「こちらも異論ありません」

 晩餐の間が少し静まる。


 ドラコも真面目な顔で父の言葉を聞いていた。昼間の謁見とは違うが、これは立派な外交だった。けれど不思議と堅苦しさはない。レオン王らしいやり方だった。


 満足そうに頷いた王が、ふと視線を横へ向ける。

 その先にいたのはコマだった。


「ところで椿」

「はい?」

「その神獣だが」

「神獣とは?」

「昼間見たぞ」

「なんのお話でしょう」

「人になっておったではないか」

「国家機密です」

「即答か」


 コマがぴたりと動きを止める。

 マメとツブは肩を震わせ、スクナは肉を食べながら聞き流している。


「ではそっちだ」


 レオン王の視線が移る。

 今度はルシフェルだった。


 長い銀髪の男は静かにワインを眺めている。最初からほとんど喋っていない。ただ人間たちのやり取りを観察しているだけだった。


「魔王ルシフェル」

「国家機密です」

「まだ聞いておらん」

「たぶんその話やと思いました」

「賢いな」

「褒め言葉として受け取ります」


 レオン王が低く笑う。ルシフェルは相変わらず無言だったが、その横顔がほんの少しだけ呆れたようにも見えた。結局その夜、神獣のことも魔王のことも誰一人何も聞き出せなかった。

 それから晩餐は遅くまで続いた。


 国の話もした。交易の話もした。ポンパドゥール王国の特産品や周辺諸国の情勢についても聞かせてもらった。だが椿が一番楽しそうだったのは、ヤタガラスで暮らす者たちの話をしている時だった。妖の悪戯や獣人同士の喧嘩、精霊たちの騒動を語るたび、その表情は自然と柔らかくなる。


「なるほどな。そなたは国を語る時より民を語る時の方がよく笑う」

「そうやろか」

「ええ、僕もそう思います。昼間とはまるで別人ですね」

「昼間は緊張してて」

「嘘を申せ。あの場で一番肝が据わっておったのはそなただったぞ」

「それは父上に同意します」

「味方がおりませんねぇ」


 穏やかな笑いが広がる。


 レオン王は酒杯を傾けながら椿を見ていた。王としてではなく、一人の人間を見定める目だった。ルシフェルは変わらず寡黙なまま座っているが、その赤い瞳は時折人々の会話を追っている。かつて憎んだ人間たち。その中にもこういう者がいるのかと、どこか冷静に観察しているようだった。


「椿よ、そなたはこれから国を大きくするのだろう」「そのつもりです」

「なら覚えておけ。国は大きくなるほど守るものも増える。理想だけでは守れん日も来る。だが理想を捨てるな。捨てた瞬間、王は王でなくなる」

「……はい」


 その言葉には重みがあった。


 何十年も王として国を支えてきた男の言葉だ。ドラコも黙って聞いている。椿もまた真っ直ぐ頷いた。軽い助言ではないことが分かっていたからだ。


 やがて夜は更けていく。


 マメとツブは途中で船を漕ぎ始め、コマは椿の足元で丸くなって眠っていた。スクナも珍しく静かだった。ルシフェルだけは最後まで眠る様子を見せず、窓の外の夜空を眺めている。


「今日はもう休むとしよう」

「ありがとうございます」

「客室は好きに使え。明日国に帰るのであろう?」

「ええ、その予定です」

「なら今夜くらいはゆっくり休め。英雄にも休息は必要だからな」

「父上、それを言うならまずご自身が休んでください」

「余計なお世話だ」


 最後にもう一度笑いが起こる。


 こうして晩餐は幕を閉じた。椿たちは用意された客室へ案内され、それぞれ久しぶりの柔らかな寝台へ身を沈める。激動続きだった旅路の中では珍しい、穏やかな夜だった。


 そして翌朝。


 澄んだ青空が広がっていた。


 城門の前にはレオン王とドラコが立っている。見送りのためだけに出てきたらしい。兵士たちも整列していたが、どこか昨日より親しみのある空気だった。


「もう行くのか」

「ええ。国を空けっぱなしにも出来ませんし」

「そうか」

「またお越しください。今度はもっとゆっくり案内します」

「ありがとうございます」


 別れの挨拶は短かった。

 けれど悪い別れではない。これからも続いていく関係だと分かっているからだ。レオン王は最後に大きく頷く。


「ヤタガラス帝国とポンパドゥール王国の未来に幸あれ」

「そちらこそ」


 そうして椿たちは城を後にした。


 転移門へ向かうため城下町を歩く。朝の市場は既に賑わっていた。商人たちの呼び声が響き、露店には人だかりが出来ている。攻略者として顔が知られたせいか、人々の視線も少し集まっていた。


「人気者やなぁ」

「他人事かよ」

「うちは静かな方が好きなんですけどねぇ」

「無理だろ」


 スクナが肩を竦める。


 椿も苦笑した。だが、その足がふと止まる。何かが引っ掛かった。理由は分からない。ただ、胸の奥がざわついた。


「……スクナ」

「なんだ」

「ちょっと寄り道してもええ?」


 椿の視線の先。

 華やかな大通りから外れた場所だった。


 崩れた建物に薄汚れた路地。痩せ細った人々。

 城下町の活気とは別世界のような場所。

 そこはスラム街だった。

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