暁の女帝
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
玉座の間へ静寂が落ちる。先ほどまでの笑いも消え、重臣たちの視線が再び椿へ集まった。世界初のダンジョン攻略者。神託に名を刻まれた者。そして突如現れた名も知らぬ国の女帝。その存在を測ろうとする空気が広間を満たしている。
「陛下、お言葉ですが、やはり看過できませぬ。ドラコ殿下が信頼されていることは承知しておりますが、そのヤタガラス帝国なる国は記録にも地図にも存在しておりません。本当に国家として成立しているのか、まずはそこから確認すべきではありませんかな」
列の中から進み出た老臣が静かに頭を下げる。口調こそ丁寧だったが、視線には疑念が滲んでいた。周囲の貴族たちも小さく頷いている。無理もない話だった。王国にとって椿たちはあまりにも突然現れた存在なのだから。
「それはごもっともどすなぁ。うちかて見ず知らずのお人を、いきなり信用せぇ言われたら困りますもん。ほんま、お役目に忠実なお方なんやろなぁ思います」
老臣が僅かに目を細める。褒められているはずなのに妙な違和感があった。椿は変わらず穏やかに微笑んでいる。敵意も怒りも見せていない。それなのに、なぜか一歩押されたような感覚だけが残った。
「ただ、うちには少ぉし羨ましい話どすなぁ」「羨ましい、ですかな?」「ええ。うちは人を見る時、お顔を見んと判断できるほど賢うあらへんのです。記録だけで人となりまで分かるなんて、よう出来たお方もおるんやなぁ思いまして」
一瞬だけ沈黙が落ちた。何人かの重臣が視線を逸らす。ドラコは口元を押さえ、必死に咳払いで誤魔化していた。スクナは意味が分からず眉をひそめているが、マメとツブは肩を震わせている。どうやら何かが起きたらしいとだけ理解していた。
「はっはっはっ!」「陛下?」
豪快な笑い声が玉座の間へ響いた。レオン王だった。重臣たちが驚いた顔をする中、王だけは実に愉快そうだった。大きな身体を揺らしながら顎髭を撫でる。
「いや失礼。どうやら綺麗に一本取られたようだな」「やだわぁ。うち、ただ感心してただけどすえ?」
椿は不思議そうに首を傾げる。その仕草すら自然だった。だからこそ反論しづらい。老臣も言葉を探しているようだったが、結局何も返せなかった。
夕陽が高窓から差し込み、玉座の間を黄金色に染める。レオン王はそんな椿をしばらく見つめていた。国を背負う者の目だった。礼儀を知り、胆力を持ち、必要なら笑顔のまま相手を刺す。少なくともただの小娘ではない。
「なるほどな。ドラコが信用する理由も分かった気がする」
「父上、それ褒めてる?」
「半分はな」
王の言葉に玉座の間から小さな笑いが漏れる。張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。だがレオン王の目は鋭いままだった。賢王らしく、その奥では冷静に椿という人物を見極め続けている。
「さて、ヤタガラスの女帝よ。余はそなたと話したいことが山ほどある。まずはその国について聞かせてもらおうか」
玉座の間の視線が再び椿へ集まった。ここから先は雑談ではない。国と国の話になる。夕陽はゆっくりと傾き、長く伸びた影が赤い絨毯の上へ落ちていた。
「そうどすなぁ。うちの国は、まだ出来たばかりの小さな国どす。地図に載るほど大きゅうもありませんし、誇れるような歴史もあらへん。ただ、少しだけ変わった国やとは思います」
「変わった国、ですかな」
重臣の一人が口を挟む。先ほどから何度も質問を投げてくる男だった。その目には好奇心より疑念の方が濃い。椿は気にした様子もなく微笑みを崩さない。むしろどこか楽しそうですらあった。
「ええ。うちの国には人間がほとんどおりません。妖がおって、エルフがおって、獣人がおって、精霊がおる。皆よう喋りますし、よう食べますし、よう騒ぎます」
「それは国家というより寄せ集めではありませんかな。種族が違えば争いも起きましょう。よく統治できているものですな」
広間が静まる。露骨ではない。だが明らかな値踏みだった。何人かの貴族も同意するように頷いている。スクナの眉がぴくりと動いたが、椿は先に口を開いた。
「ほんま、お詳しいんやねぇ。まだ見たこともない国のことを、そこまで分かってしまわはるなんて」
「……何が言いたいのでしょう」
「やだわぁ。ただ感心してるだけですよ。うちなんか毎日一緒に暮らしてても分からへんことばかりやのに、お会いしたこともない人らの本質まで見抜けるお方がおるんやなぁ思いまして」
何人かが思わず吹き出した。ドラコは咳払いで誤魔化している。重臣の頬が僅かに引きつった。褒められているはずなのに、どう返しても負ける形になっていた。
「ですが理想だけでは国は成り立ちますまい」
「せやろねぇ。せやから毎日大変どす」
「ほう?」
椿は少しだけ目を細めた。その笑顔は柔らかいのに、不思議と誰も目を逸らせない。
「妖は悪戯しますし、獣人は喧嘩もします。エルフは真面目すぎて抱え込みますし、精霊は気まぐれどす。問題なんか毎日のように起こります」
「ならばなぜ集めるのです」
即座に返ってきた問いだった。まるでそこが本題だと言わんばかりに。
「簡単ですよ。誰も迎えに来ぃひんかったから」
玉座の間が静まり返る。
椿の声は大きくなかった。けれど不思議なほど遠くまで届いた。夕陽が差し込み、その横顔を淡く照らしている。誰も茶化せない空気がそこにはあった。
「うちの国はなぁ、夜明けを待ち続けた者たちの国なんです。追い出された者。居場所を失うた者。生きることを諦めかけた者。そういう子らが、ようやく朝を迎え始めた場所なんどす」
「……」
「せやから強いとか弱いとか、人間やとか獣人やとか、あんまり興味あらへんのです。うちは、その子らが笑うて暮らせるかどうかしか見てへん」
静寂が落ちる。
レオン王だけが静かに椿を見ていた。重臣たちもいつの間にか口を挟めなくなっている。理念だけなら綺麗事だと笑えたかもしれない。だが目の前の娘は、本当にそのために命を張ってきた顔をしていた。
「もっとも」
椿はそこで少し困ったように笑った。
「ポンパドゥール王国ほどのお国でしたら、そんな心配はいらへん思うております。獣人奴隷を良しとせず、弱い立場の者を守ろうとしてはる。ほんま立派なお国や思いますから」
見事な褒め言葉だった。
誰も否定できない。
だが同時に、それは期待でもあり確認でもあった。
「せやけど、もし」
椿の声はどこまでも穏やかだった。
「もし誰かが、うちの国の子らを傷つけるなら話は別どす」
空気が変わる。
怒鳴ったわけでもない。魔力を放ったわけでもない。それなのに玉座の間の温度が少し下がったような気がした。
「妖も、エルフも、獣人も、精霊も。うちにとっては大事な家族どす。せっかく朝を迎えた子らを、もう一度夜へ戻す気はあらへん」
椿は笑う。
花が咲くような、柔らかな笑みだった。
「うち、案外しつこい性分なんです。大事なもん傷つけられたら、諦め悪いんどすえ」
誰も言葉を返せなかった。
レオン王はしばらく黙ったまま椿を見つめ、やがて低く笑った。その目には試す色ではなく、理解した者の色が宿っている。
「なるほどな」
王の声が静かに響く。
「ようやく分かった」
夕陽が玉座を黄金色に染める。
長く伸びた影の向こうで、王はゆっくり頷いた。
「ヤタガラス帝国と言う国の名は」
誰も意味を理解できない。
だが王だけは分かっていた。
「夜明けを待ち続けた者たちへ差し伸べられた、一筋の光か」
静寂の中、王は椿を見据える。
「――暁の女帝」
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