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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第三章 ヤタガラス帝国編

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全世界アナウンス

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

本日は少々長めです!

また、【獄門道中閻魔大王への道】も本日久しぶりの更新です!そちらもよろしくお願いします!

 

 崩れた壁の向こうから光が差し込んでいた。


 長い牢獄を満たしていた闇が押し退けられ、隠されていた全景が少しずつ姿を現していく。海神を思わせる巨大な石像が天井近くまでそびえ立ち、その足元には無数の鎖が絡みついていた。まるで神を封じるためだけに造られた祭壇だ。落ち着いてから辺りを見渡してみたが、異常な光景だった。


「……こいつ、どうする」


 スクナの視線がルシフェルへ向く。


 コマもマメもツブも言葉を失っていた。誰の目にも、この男が普通ではないことだけは分かる。千年という時間を背負ったような静けさが、その場を支配していた。


「私は残る」

「ルシフェルさん」

「ツバキ」


 穏やかな声だったが、揺るがない意思が込められていた。長い年月をかけて積み上げた諦めが、その一言に滲んでいる。銀の髪が光を受けて揺れ、鎖が小さく音を立てる。


「私は厄災だ」

「地上へ出れば、また人を憎むかもしれない」

「いや……今でも憎んでいる」


 誰も否定できなかった。


 千年閉じ込められてなお消えない感情を責められる者などここにはいない。ルシフェルはゆっくり拳を握りしめる。


「人を見るたび思い出す」

「奪われたものを」

「もし抑えられなかったら、私はまた過ちを繰り返す」


 沈黙が落ちた。


 重い言葉だった。スクナもコマも口を開かない。風の音だけが吹き抜けていく。そんな中で、椿だけが不思議そうに首を傾げた。


「そら当たり前やないですか」


 あまりにも自然な返事だった。


 ルシフェルが目を瞬かせる。椿は一歩、また一歩と近付いていく。責めるためではない。ただ友人に話しかけるみたいに。


「大事な人を奪われたんやもん、憎いと思うんは当然や。うちかて同じ立場やったら、きっと憎みます」



 正論を押し付ける響きはない。だからこそルシフェルは何も返せない。


「でもなぁ、人間みんな嫌いやったらうちと友達になってへんやろ?」


 その言葉にルシフェルの瞳が揺れる。


 花の話をした日々を思い出すように、椿は小さく笑った。


 静かな声が続く。


 牢獄の中で聞いた物語が一つずつ蘇る。幸せだった記憶ばかりだった。誰かを憎むための話ではなく、誰かを愛していたからこそ語れた話だった。


「ルシフェルさん」


 椿はまっすぐ見上げる。


 大きな身体。長い銀髪。千年分の孤独を抱えた男。その瞳から目を逸らさずに微笑んだ。


「あなた、人が好きやよ」


 ルシフェルの表情が初めて崩れた。


 否定しようとして言葉が出ない。胸の奥に押し込めていたものを見透かされた気がした。憎しみだけなら、こんなにも苦しくなかったはずだから。


「好きやったから千年経っても忘れられへん」


 妻の笑顔、兄の背中、幼い我が子の温もり。

 白い花が咲く丘、暖かな食卓。失ったはずの景色が胸の奥で静かに揺れる。


「憎んでもええと思います。無理に許さんでもええ」

 椿はそう言ってから、少しだけいたずらっぽく笑った。


「でも、それだけやないやろ?」


 風が吹いて長い銀髪が揺れる。


 差し込む光が鎖を照らし、その先へ伸びている。まるで地上へ続く道みたいだった。


「地上には、まだ綺麗なもんがあって優しい人もおるし、何よりうちもいます」


 最後の一言だけ少し誇らし気でルシフェルは思わず吹き出しそうになった。

 こんな状況なのに、こんな話をしているのに。なぜか笑ってしまいそうになる。彼女が居るのならそう悪くもないのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。


「一緒に見に行きましょ」


 静寂が落ちた。長い長い沈黙だった。

 千年という時間を越えるには、ほんの少しだけ勇気が必要だった。


 やがてルシフェルは顔を覆う。


「……ツバキには勝てんな」


 零れた声は、どこか晴れやかだった。

 長い間閉ざされていた心が、ようやく光へ手を伸ばした瞬間ガシャン、と重い音が響いた。


 幾重にも絡みついていた鎖が砕ける。一本、また一本と千年の拘束が崩れ落ちていく。海神を思わせる巨大な石像が淡く光り始め、静寂だった空間に不思議な震えが広がった。まるで迷宮そのものが目を覚ましたみたいだった。


 コマが耳を伏せたその瞬間、頭の奥へ直接響く声があった。


『裏条件達成』

『真なる救済を確認』

『ポンパドゥールダンジョン攻略完了』


 祭壇が眩く輝いた。


 石像の足元から無数の光が湧き上がる。宝石。武具。巻物。見たこともない素材。どれも神話の中から飛び出してきたような宝ばかりだった。マメとツブの目が一瞬で輝く。


「うわぁ!」

「お宝だ!!」

「いっぱいなの!」


 だが喜んだのも束の間だった。


 宝の山が光へ変わる。流星のような帯となり、一直線にマメとツブの背負う大きな鞄へ吸い込まれていった。次から次へと消えていき、数秒後には何も残っていない。


『特別報酬を付与します』

『厄災の魔王ルシフェル救済』

『真ルート達成』


「真ルート?」

「なんやろねぇ」


 椿が首を傾げる。


 マメとツブは慌てて鞄の中を覗き込んでいた。見た目は変わらない。だが中から溢れる魔力だけで、とんでもない物が入っていることが分かる。


「…便利やねぇ」

「感想それかよ」


 スクナが呆れたように息を吐いた直後、足元が大きく揺れた。


 石像に亀裂が走る。天井から砂が降り始め、床にも無数のひびが広がっていく。迷宮全体が悲鳴を上げるように軋み始めた。


「……あ」

「これ、あかんやつやね」


 轟音が響いた。


 海神の石像が崩れ始めた。巨大な腕が砕け、天井が落ちる。ダンジョンが終わりを迎えようとしていた。外壁も床も光を帯びながら崩れていく。


「コマ!」

「まかせるの!!」


 白い魔力が爆発した。


 淡い光が広がり、一行を包み込む巨大な結界となる。降り注ぐ瓦礫がぶつかるたび、結界が波紋のように揺れた。それでもコマは踏ん張る。小さな身体から想像もできないほど膨大な魔力が溢れ続けていた。


「コマ!」

「だいじょうぶなの!」


 そう言う声は少し苦しそうだが、退く気はないらしい。尻尾を逆立てながら必死に結界を維持している。


 ルシフェルは静かにその光景を見ていた。


 全てが崩れていく。


「……終わるのだな」



『ダンジョン消滅を確認』

『転移を開始します』



「転移?」


 椿が呟いた瞬間だった。


 足元から眩い光が溢れ出す。全てが白く染まり、椿たちはポンパドゥールダンジョンの外へと転移していた。


 ♢


『全世界へ告げる』


 突然、頭の奥へ直接響く声に、人々は一斉に足を止めた。市場で買い物をしていた者も、畑を耕していた者も、酒場で酒を飲んでいた者も例外ではない。世界そのものが語りかけてくるような感覚に誰もが息を呑んだ。


『ポンパドゥールダンジョンが一宮椿一行により攻略されました』


 世界中がざわめく。


 攻略不可能とまで言われた大迷宮。その踏破は歴史上初めてだった。王侯貴族も冒険者も平民も、誰もが信じられないという顔をしていた。


『厄災の魔王が解放されました』


 空気が凍った。歓喜も祝福も一瞬で消える。人々は言葉を失った。


『勇者を選定します』


 世界が静まり返り誰もが次の言葉を待った。


『勇者』


『ドラコ・ポンパドゥール』


『ポンパドゥール王国第一王子』


「神託だ!」

「勇者が現れたぞ!」


 歓声と混乱が入り混じる。だがポンパドゥール王国では別の異変が起きていた。巨大迷宮そのものが唸るような音を立て始めたのだ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 大地が震える。


 迷宮内部では探索中だった冒険者たちが突然足元を見下ろした。床一面に光の紋様が浮かび上がっている。


「なんだこれ!?」

「転移陣!?」

「待て、まだ宝箱が!」


 光が弾ける。


 次の瞬間、迷宮内にいた全ての冒険者たちは入口広場へ強制転移させられていた。悲鳴と怒号が飛び交う中、今度は迷宮そのものが崩れ始める。


「ダンジョンが崩れるぞ!!」


 巨大な外壁へ無数の亀裂が走る。だが崩壊は瓦礫を撒き散らすものではなかった。迷宮そのものが光へ変わり、空へ溶けていく。何百年もそこに存在した大迷宮が、まるで最初から存在しなかったかのように消えていった。


 やがて光が収まる。


 そこにダンジョンはなかった。


 残されていたのは海神を思わせる巨大な石像だけ。そしてその足元には数人の人影が立っていた。


「おい!」

「あそこだ!」


 視線が集まる。


 兵士も冒険者も貴族も平民も関係ない。全員が同じ方向を見ていた。世界初のダンジョン攻略者。その正体を知ろうとしていた。


「魔王はどうなった!?」

「最奥で何があった!!」


 怒号が飛ぶ。


 スクナは警戒するように前へ出る。コマは椿の隣で尻尾を揺らし、マメとツブは周囲を見回していた。ルシフェルだけが静かに群衆を見つめている。


「貴様らは何者だ!」


 椿は一歩前へ出た。


「うちは一宮椿と申します」


 騒がしい広場が少しずつ静まっていく。椿は穏やかに微笑み、堂々と胸を張った。


「遠い東の国より参りました」


「ヤタガラス帝国の女帝です」


「ヤタガラス帝国……?」

「女帝……?」

「そんな国があるのか……?」


 どよめきが広がる。誰も聞いたことのない国名だった。だが世界初のダンジョン攻略者が名乗った以上、笑い飛ばすこともできない。人々は互いの顔を見合わせながら椿を見つめていた、そのとき。



「いたぞ!!」

「ダンジョン攻略者一行を確認!」


 鎧のぶつかる音が響く。王国兵たちが広場へ駆け込み、あっという間に周囲を固めた。槍こそ向けていないが、逃がす気もないのが分かる。群衆が慌てて道を開けた。


「国王陛下がお呼びです」

「ご同行願います」


 丁寧な言葉だった。だが実質的には命令だろう。椿はちらりと仲間たちを見る。スクナは警戒したまま周囲を睨み、コマは椿の足元へ寄り添っていた。マメとツブは兵士の数を数えている。


「ほな、お邪魔させてもらいます」


 椿が微笑む。兵士たちは露骨に安堵した。断られる可能性も考えていたのだろう。だが問題は別にあった。


「そ、その男は……?」

「同行者ですか?」


 兵士の視線がルシフェルへ向く。


 長い銀髪。妖艶な美貌。布一枚を羽織っている。その存在感だけで周囲の空気が変わる。兵士たちは無意識に一歩後ずさっていた。


「安心してください。うちの仲間です」


 兵士たちの顔が盛大に引き攣った。

 だがダンジョン攻略者がそう言うのだから強くも出られなかった。


「……承知しました」


 隊長らしき男が額の汗を拭う。

「では城までご案内いたします」


 そうして一行は歩き始めた。


 広場を埋め尽くしていた人々が自然と道を開く。視線が痛いほど集まる。好奇心、恐怖、羨望、疑念。様々な感情が入り混じっていた。


「女帝様だって」

「本当にあるのかそんな国」

「ダンジョン攻略したらしいぞ」

「魔王はどうなったんだ……」


 囁き声があちこちから聞こえる。


 椿は前を向いたまま歩く。けれど内心では少しだけ安堵していた。


 ヤタガラス帝国。


 その名前はもう広まった。


 今日ここで蒔いた種は、きっと世界へ広がっていく。

新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!

ギャグ×和風ファンタジーです!よければそちらもご覧ください!


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