古の真実
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
「聞きたいかい?」
「なら教えよう」
「これは遥か昔、世界が今とは違った頃の話だ」
酒場の喧騒が少しずつ静まっていく。金髪の吟遊詩人は竪琴を膝へ置き、穏やかに微笑んだ。春風を閉じ込めたような香りがふわりと漂う。誰もが自然と彼へ視線を向けていた。
「昔々、人間と魔族は争っていた」
「長く、長く続いた戦争だった」
「当時の魔王は恐ろしく強かった」
魔王は残虐だった。人を殺し、国を滅ぼし、恐怖によって世界を支配した。人々は怯えながら生きていた。明日を迎えられる保証すらなかった。
「それでも人は立ち向かった」
「何度敗れても諦めなかった」
「何度でも剣を取った」
父が死んだ。母が死んだ。子供達は泣きながら育った。それでも人類は戦い続けた。
「そして人類は勝利する」
「魔王は討たれた」
「長き戦争は終わった」
鐘が鳴った。人々は涙を流した。誰もが平和の訪れを信じた。長い悪夢が終わったのだと。
「だが」
「本当にそうだったのだろうか」
「物語はそこで終わらない」
吟遊詩人は静かに弦を鳴らす。優しい音色が酒場へ広がった。その瞳は遠い過去を見つめている。まるで全てを知っているかのように。
「人は魔族を恐れていた」
「だから憎んだ」
「だから支配を選んだ」
人類は強くなった。獣人を支配した。亜人を支配した。人間以外を恐れたからだ。
「二度と脅かされたくなかった」
「二度と奪われたくなかった」
「だから鎖を選んだ」
獣人に首輪を付けた。亜人を奴隷にした。力を持つ者を縛った。それが正義だと信じ込んだ。
「だが」
「魔王には弟がいた」
「兄とは正反対の男だった」
その男は争いを嫌った。誰かが傷付くことを嫌った。優しく、穏やかな心を持っていた。だから兄の戦争にも反対していた。
「男は人間が好きだった」
「人の暮らしが好きだった」
「人の笑顔が好きだった」
だから人間の町へ降りた。力を隠し、身分を隠し、人として暮らした。誰にも正体を知られてはならなかった。
「そこで一人の女性と出会う」
「そして恋をした」
「ただ、それだけだった」
相手は貴族の娘だった。穏やかで優しい女性だった。二人は少しずつ愛を育んだ。静かで小さな幸せだった。
「幸せだった」
「本当に幸せだった」
「それだけで良かった」
豪華な城はいらなかった。王座もいらなかった。隣で笑ってくれる人がいれば十分だった。男はそう思っていた。
「だが」
「人は時に残酷だ」
「魔物よりも残酷になれる」
男は美しかった。人ならざる色香を持っていた。その魅力に心を奪われる者は少なくなかった。
「手に入らない者は怒った」
「拒まれた者は憎んだ」
「噂は毒になった」
嘘が広がった。悪意が広がった。人々は男を恐れ始めた。やがて女性も追い詰められていく。
「女は壊れていった」
「少しずつ」
「少しずつ」
誰も助けなかった。家族でさえ味方にならなかった。男は必死に守ろうとした。けれど世界は優しくなかった。
「それでも二人は離れなかった」
「最後まで愛し合った」
「だから子供が生まれた」
小さな命だった。二人が何よりも愛した宝物だった。未来そのものだった。幸せの証だった。
「その子には角があった」
「魔族の角だった」
「たったそれだけだった」
酒場が静まり返る。
誰も声を出さない。
誰も続きを急かさない。
吟遊詩人だけが静かに語る。
「魔族のお手つきだ」
「穢れた血だ」
「許されるはずがない」
狂気だった。恐怖だった。憎しみだった。理屈などどこにもなかった。
「子供は殺された」
「母親も殺された」
「誰にも守られなかった」
男が帰った時には終わっていた。愛した人は冷たくなっていた。子供もまた冷たくなっていた。温もりはどこにも残っていなかった。
「そして同じ日」
「世界は歓喜していた」
「魔王討伐の知らせが届いた」
兄が死んだ。
魔族が滅んだ。
愛した人が死んだ。
子供が死んだ。
「男は全てを失った」
竪琴の音が静かに響く。
春の香りが少しだけ薄れる。
酒場にいる誰もが息を呑んでいた。
「優しかった兄を失った」
「唯一愛した人を失った」
「愛した子供を失った」
残ったものは何もなかった。希望もなかった。未来もなかった。男の世界はそこで終わった。
「だから男は願った」
「ただ一つだけ願った」
「理不尽な世界に死を」
国が滅んだ。
城が崩れた。
軍が消えた。
誰にも止められなかった。
「男は壊れた」
「そして進化した」
「世界すら滅ぼせるほどに」
神々は恐れた。このままでは世界が終わる。だから天から降り立った。王でも英雄でもなく、神々自身が。
「神々は男を封印した」
「力を奪った」
「永遠の孤独を与えた」
地の底へ沈めた。無数の鎖で縛った。二度と出られないように。二度と世界を壊せないように。
「だが」
「魔力だけは消えなかった」
「憎しみだけは消えなかった」
長い時が流れた。
百年。
千年。
数え切れないほどの時が流れた。
「やがて魔力は迷宮となった」
「魔物を生み出した」
「そしてダンジョンとなった」
それがポンパドゥールの始まりだった。
それが封印された歴史だった。
それが誰も語らなくなった真実だった。
吟遊詩人は最後に静かに微笑む。
そして竪琴を一度だけ鳴らした。
「王弟の名はルシフェル」
「最後の魔族」
「そして――」
春の風のような声が酒場に響く。
「真の魔王の話だ」
新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!
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