消えたツバキ
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
「ほな、少し休もか」
「賛成だ」
「もう動けねぇ」
深淵甲亀のいた広間は静かだった。さっきまで命を懸けた戦いがあったとは思えないほどだ。崩れた岩壁の隙間から青白い光が差し込み、洞窟全体を淡く照らしている。誰もが疲労困憊だった。
「ツバキ」
「うん?」
「なんか聞こえるの」
コマが耳をぴくりと動かす。全員が静かになる。しばらく耳を澄ますが何も聞こえない。
「気のせいやない?」
「うーん……」
コマは首を傾げる。だが納得していない顔だった。神獣の勘は当たることが多い。椿は少しだけ胸騒ぎを覚える。
カラン。
その時だった。
「……ん?」
小さな音が響く。金属同士が触れ合ったような音だった。一度だけ。だが確かに聞こえた。
「今の」
「聞こえたな」
「鎖か?」
全員が立ち上がる。洞窟の奥を見つめる。そこには深淵甲亀が守っていた巨大な通路が続いていた。
カラン。
もう一度。
今度ははっきり聞こえた。
「誰かおるんやろか」
「生き物の気配はねぇ」
「でも音はする」
スクナが黒刀へ手を添える。マメとツブも武器を構えた。コマは椿の袖をぎゅっと掴む。
「行く?」
「ここまで来たんやしねぇ」
椿は苦笑した。全員が頷く。
深淵甲亀が守っていた先。
そこに何があるのか。
確かめないわけにはいかない。
「よし」
「行くの!」
一行は奥へ進み始めた。青白い結晶が壁一面を覆っている。通路は驚くほど広く、まるで誰かが通ることを前提に作られた神殿のようだった。
誰も気付いていなかった。遥か後方の転移魔法陣が淡く光っていた。
「対象確認」
誰もいないはずの空間から声が響く。
「神隠しの迷い人」
「巫女姫を確認」
迷路で彼らを追い詰めた人喰い。
それがいつの間にか広間へ侵入していた。
「封印解除条件を確認」
赤い単眼が椿だけを見つめる。
「対象を捕獲します」
広間全体に赤い魔法陣が浮かび上がった。
「なに……?」
「ツバキ!」
「下がれ!」
「コマ!」
赤い魔法陣が足元から広がる。椿は反射的に飛び退こうとした。だが遅い。魔法陣は生き物みたいに伸び、足首へ絡みつく。見たこともない術式だった。月詠が警戒するように白銀の光を放つ。
「転移対象を固定」
「捕獲を開始します」
「おい!」
「待てぇ!」
スクナが地面を砕きながら駆ける。だが赤い光の方が速かった。魔法陣が完成する。椿の身体が赤い粒子へ変わり始めた。
「スクナ!」
「ツバキ!」
「嫌なの!」
椿が手を伸ばす。スクナも伸ばす。指先があと少しで触れる。だが届かない。空間が歪み、赤い光が弾けた。
「対象転移完了」
「封印解除条件を達成」
「帰還処理を開始します」
「いやぁぁぁ!!!ツバキぃぃぃ!!!」
コマは酷く取り乱している。
人喰いが踵を返す。役目を終えた機械みたいだった。まるで何事もなかったかのように歩き始める。
「おい」
「どこへやった」
低い声だった。
人喰いは振り返らない。赤い単眼が明滅するだけだった。次の瞬間、スクナの拳がめり込む。
ドゴォォォン!!
頭部が吹き飛んだ。機械の身体が壁へ叩き付けられる。結晶が砕け、岩盤が割れた。
「どこへやった」
「命令を完了」
「答えろ」
「帰還処理を続行します」
黒刀が振り下ろされる。右腕が飛ぶ。金属片が散る。それでも人喰いは抵抗しない。ただ前へ進もうとする。
「答えろ」
「答えろ!!」
スクナの声が初めて荒れる。
黒刀が胸部を貫く。赤い光が激しく点滅する。だが返ってくるのは同じ言葉だけだった。
「帰還処理を続行します」
「帰還処理を続行します」
「帰還処理を続行します」
スクナが首を掴む。
片手で持ち上げる。
今まで誰も見たことのない顔だった。
「椿は」
「どこだ」
怒鳴っていない。
ただ、膨大な魔力が溢れ出している。酷い威圧だ。人喰いの単眼が明滅する。
何かを言いかけ
プツン。
光が消えた。
機械の身体が崩れ落ちる。完全に停止した。最後まで椿の居場所は分からないままだった。残ったのは不気味な沈黙だけだった。
「スクナ」
「……」
「スクナ!」
マメが肩を掴む。だが振り払われた。スクナは壊れた人喰いを見下ろしている。黒刀を握る手から血が流れていた。
「行くぞ」
「待て!」
「どこへ行くんだよ!」
スクナの目が据わっていた。
「スクナ……」
「待ってなの!」
コマが慌てて前へ出る。震える耳をぴんと立てる。涙を堪えながら胸元の玄武水晶珠へ手を当てた。青い光が小さく揺れる。
「……いるの!!」
「ほんとうか!」
「どこだ!」
コマの耳がぴくりと動く。鼻先も小さく震える。神獣としての感覚を必死に研ぎ澄ませていた。
「遠いの」
「でも生きてるの」
「ちゃんと生きてるの!!!」
全員が息を吐いた。たったそれだけなのに肩の力が抜ける。スクナだけは表情を変えなかったが、握り締めていた拳が少しだけ緩んだ。
「場所は」
「分かるか」
コマはもう一度集中する。玄武水晶珠の光が少し強くなる。青い粒子が周囲へ漂った。
「下なの」
「すごく、すごく下なの」
それだけだった。階層も距離も分からない。ただ下にいる。それだけしか分からない。
「行くぞ」
「だから待てって!」
マメが思わず叫ぶ。だがスクナは止まらない。黒刀を肩へ担いだまま奥の通路を睨んでいる。今にも走り出しそうだった。
「落ち着け!」
「場所も分からねぇんだぞ!」
「分かってる」
スクナの声は低かった。
「けど生きてる」
「なら行く」
短い言葉だった。けれど誰も反論できない。もし自分でも同じことをすると思ったからだ。
「コマ」
「うん」
「案内できるか」
神獣は前を向いた。今までにない強い目だった
「できるの」
「必ずツバキを助けるの」
その言葉で決まった。
マメは大きく息を吐く。ツブも諦めたように肩を竦めた。どうせ止まらない。なら全員で生きて辿り着くしかない。
「分かった」
「付き合うぞ」
「最後までな」
スクナは何も言わない。ただ一度だけ頷いた。そのまま通路の奥へ視線を向ける。
遥か先。
そこに椿がいる。
その事実だけで十分だった。
新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!
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