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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第三章 ヤタガラス帝国編

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祝詞

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。


「スクナ!」

「分かってる!」


 スクナが飛び出した。黒刀を握る手に力が籠る。深淵甲亀も危険を察したのか長い首を引いた。だがもう遅い。


「マメ!」

「ツブ!」

「任せろ!」

「右前脚!」


 マメとツブが同時に叫ぶ。二人は戦闘中も観察を止めていなかった。甲羅は硬い。首も硬い。結晶も硬い。だが右前脚の付け根だけ鱗が薄い。


「そこやねぇ」

「ガアアアアアッ!」


 スクナは砕けた岩を蹴った。前脚が振り下ろされる直前、懐へ潜り込む。黒刀が閃く。初めて深く肉を裂いた。青黒い血が噴き出し、甲亀が苦痛の咆哮を上げる。


「効いてる!」

「でも浅い!」

「このままやと削り負ける!」


 甲亀の背中の結晶が輝く。洞窟全体が青白く染まり、嫌な魔力が膨れ上がった。次の瞬間、無数の光線が放たれる。壁が吹き飛び、鍾乳石が蒸発し、岩盤が抉り取られた。


「コマ!」

「任せるの!」


 白い光が広がる。小さな身体から信じられないほどの魔力が溢れ出した。透明な結界が仲間達を包み込む。光線がぶつかり合い、轟音が洞窟を震わせた。


「ぐぅぅぅ……!」

「コマ!」


 結界が軋む。コマの足が地面へ沈み込む。額には汗が浮かび、耳も尻尾も震えていた。それでも神獣は逃げない。


「まだなの!」

「まだ守れるの!」


 甲亀の砲撃が止まる。結界が消える。コマはその場へ膝をついた。けれどすぐに顔を上げる。


「えらいねぇ」

「えへへ……」


 椿は微笑む。だが視線は既に敵を見ていた。甲羅の上で脈打つ結晶。その中心だけ光が強い。


「月詠」

「オイラモミエテル!」

「やっぱり、あれやね?」


 月詠が白銀に輝く。弓身を流れる光が強くなる。精霊弓もまた確信していた。あの結晶こそが魔力の核だ。


「アレコワセバカテル!」

「せやけど、届かへんねぇ」


 結晶は甲羅の中央にある。矢は通るだろう。だが撃つ隙がない。首も尾も前脚も、全てが邪魔をしていた。


「だったら作ればいい」

「スクナ!」


 スクナが笑った。口元が獰猛に歪む。戦いの中でしか見せない顔だった。


「十秒だ」

「……十分やよ」


 その瞬間、スクナの身体が消えた。いや、速すぎて見えなくなっただけだ。甲亀の周囲を走り回りながら次々と斬撃を叩き込む。


 ガギンッ!

 ザンッ!

 ギィンッ!


 火花と血飛沫が散る。効いている。だが決定打には遠い。甲亀も怒り狂ったように暴れ始めた。


「ガアアアアアアアッ!!」

「こっち見ろよ!」


 血が飛ぶ。岩が砕ける。何度も死にかけながら、それでも離れない。狼は牙を剥いて笑っていた。


 椿は静かに目を閉じる。


 弓道場。


 神社。


 朝靄。


 幼い頃から繰り返した所作。


 胸の奥から、不意に言葉が零れ落ちた。


「かしこみ、かしこみ申す」


 風が揺れる。


「穢れを祓いて、道を開き給え」


 水が応える。


「白き御霊よ、我が矢に宿りて――」


 月詠が強く輝いた。精霊達が歓ぶように舞い上がる。洞窟中の風が椿へ集まり、水滴が宙へ浮かび、白銀の光が一本の矢へ吸い込まれていく。


「ツバキ……」

「オイラ、キテル……!」


 椿はゆっくり目を開く。見据える先は深淵甲亀ではない。その甲羅に埋まる結晶。ただ一点だけだった。


「どうか」


 静かな声だった。


「道を拓いておくれやす」


 弦が鳴る。


 その瞬間、世界から音が消えた。


 放たれた矢は白銀の流星となって駆けた。風を裂き、水を従え、精霊達の光を引き連れて一直線に飛ぶ。甲亀が気付く。首を伸ばす。尾を振る。結晶が防御の光を放つ。


 だが遅い。


「届けぇぇぇぇぇ!!」


 スクナが吠える。


 矢が結晶へ突き刺さった。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間。


 洞窟全体が白銀に染まった。


「届けぇぇぇぇぇ!!」

「ガアアアアアアアアアアアッ!!」


 白銀の流星が結晶へ突き刺さる。次の瞬間、深淵甲亀の甲羅全体へ亀裂が走った。青白い光が内側から溢れ出し、洞窟を昼間みたいに照らし出す。暴れていた巨体が大きく仰け反った。


「入った!」

「やったの!」

「まだだ!」


 甲亀は最後の力を振り絞るように咆哮する。尾が振り回され、岩壁が砕けた。けれどもう動きがおかしい。支えを失った巨体がぐらりと傾く。


「終わりやねぇ」

「……ああ」


 山みたいな身体が崩れ落ちる。洞窟が震える。土煙が舞い上がる。それきり深淵甲亀は二度と動かなかった。


「勝ったの?」

「勝ったみたいやねぇ」

「はぁ……」

「生きてる……」


 誰もすぐには動けない。肩で息をしながらその場へ座り込む。スクナは黒刀を地面へ突き立て、コマはぺたりと尻餅をついた。ようやく死闘が終わったのだ。


「ツバキ」

「うん?」

「サッキノ」

「んー?」


 月詠が白銀の光を揺らす。


「スゴカッタ!」


 椿は少し困ったように笑った。


「そうなん?」

「オイラモビックリ!」


 月詠本人もよく分かっていないらしい。椿も首を傾げるしかなかった。


「今の、なんやったんやろねぇ」

「知らねぇよ」

「オレたちに聞くな」


 その時だった。深淵甲亀の亡骸が淡く輝き始める。


「ん?」

「なんやろ」


 青白い光が甲羅の中央へ集まる。魔物が死んだ後に魔石が残るのは珍しくない。けれど今回の光は明らかに異質だった。


「魔石か?」

「違う気がする」


 光はやがて拳ほどの宝珠になる。その内部では蒼い水が渦を巻いていた。見ているだけで冷たい水辺にいるような感覚になる。


「綺麗なの」

「触るなよ」


 宝珠がふわりと浮く。


 次の瞬間。


 一直線にコマへ飛んだ。


「ふぇっ!?」

「コマ!」


 止める暇もない。蒼い宝珠はコマの胸へ吸い込まれた。青白い光が身体中を巡り、白い毛並みを照らし出す。


「だ、大丈夫なの!?」

「コマ!」


 光は胸元へ集まる。やがて小さな亀甲紋だけを残して消えた。コマ自身も不思議そうに胸を触っている。


「なんか……分かるの」

「分かる?」


 コマはぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「玄武水晶珠なの」

「げんぶ?」


 名前を口にした瞬間、透明な結界が広がる。今までより何倍も大きい。表面には青い水の膜が流れている。


「おい」

「嘘だろ」

「でかっ」


 マメとツブが目を見開く。スクナも思わず見上げていた。


「水の加護なの」

「加護?」

「お水が効きにくくなるの!」


 コマが嬉しそうに尻尾を振る。


「水耐性上昇」

「水魔法強化」

「結界強化なの!」


 神獣専用装備。


 それも伝説級。


 誰の目にも明らかだった。


「よかったねぇ」

「なの!」


 だが終わらない。


 甲羅の奥で、もう一つ光が生まれていた。


「まだあるぞ」

「ほんまやねぇ」


 今度は蒼ではない。深い黒だった。夜の海みたいな色をした光が甲羅の破片を集めていく。


「服……?」

「羽織か」


 少しずつ形が出来上がる。黒地の和装羽織だった。裾には青銀の刺繍。背中には大きな亀甲紋が刻まれている。


「綺麗やねぇ」

「……」


 誰も触れない。


 すると羽織がひとりでに浮かび上がった。


 そして。


 真っ直ぐスクナの前へ降り立つ。


「俺?」


 羽織が淡く輝く。


 スクナが触れた瞬間、黒い光が身体を包み込んだ。破れた服が消える。代わりに黒と青銀の羽織が肩へ掛かった。


「おお……」

「似合うな」

「めっちゃ似合うやん」


 スクナ自身が一番驚いていた。


「なんだこれ」

「分かるん?」


 しばらく沈黙する。


 そしてスクナがゆっくり口を開いた。


「玄武守衣」

「水耐性上昇」

「魔力防御強化」

「負傷時の耐久補助……」


 全員が固まる。


「伝説級やん」

「前衛向けやな」

「当たりだろこれ」


 スクナは袖へ視線を落とした。

 奴隷服ではない。

 施しでもない。

 戦って勝ち取った報酬だった。


「……そうか」

 その声は少しだけ誇らしそうだった。

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