絶体絶命
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
眩い光が消える。身体が地面へ叩きつけられた。鈍い痛みが全身を走る。しばらく誰も動かなかった。
「……全員おる?」
椿が声を掛ける。返事が返る。ロープも切れていない。どうやら全員無事らしい。
スクナが最初に立ち上がる。黒刀を抜き、周囲を警戒した。椿もゆっくり身体を起こす。そこで初めて違和感に気付いた。
迷路ではなかった。巨大な洞窟だった。青白い結晶が壁や天井に埋まり、淡い光を放っている。無数の鍾乳石が垂れ下がり、まるで別世界だった。
「ここ……どこやろ」
マメが慌てて地図を開く。ツブも肩越しに覗き込む。だが載っていない。目印になりそうな物もない。
「転移罠やしな」
「いや、飛びすぎだろ」
椿も同じことを思っていた。空気が違う。魔力の濃さが違う。まるで深い海の底へ沈んだみたいな圧迫感があった。
コマが椿の袖を掴む。耳が伏せられている。尻尾も下がっていた。明らかに怯えている。
「ツバキ」
「どないしたん?」
「ここ、嫌なの」
その一言で全員の顔が引き締まった。コマは神獣だ。そのコマがここまで警戒している。嫌な予感しかしない。
椿は指輪へ視線を落とした。月詠も珍しく震えている。いつもの元気な様子がない。白銀の光がかすかに揺れていた。
「ツバキ」
「うん?」
「オイラモ、イヤナカンジスル」
椿の背筋を冷たいものが走る。神獣も精霊弓も警戒している。なら間違いなく危険だ。
「慎重に行こか」
誰も反対しなかった。一行は警戒しながら歩き始める。足音だけが洞窟へ響く。青白い結晶の光が不気味に揺れていた。
静かだった。魔物の気配がない。冒険者の気配もない。聞こえるのは自分達の足音だけだった。
「おかしくない?」
「うん、静かすぎるな」
数分歩く。何もいない。さらに数分歩く。それでも何もいない。逆に不気味だった。
何かがいるより怖い。何もいないこと自体が異常だった。ダンジョンとは思えないほど静まり返っている。
その時だった。マメが足を止める。地面を見ていた。顔色が悪い。
「どうしたん?」
「これ」
指差した先には足跡があった。人間のものではない。獣のものでもない。異様に大きい爪痕が地面へ刻まれている。
「なんやろねぇ……」
誰も答えられない。答えられる知識を持っていなかった。しかも新しい。
さらに先へ進く。今度は壁が削れていた。まるで巨大な刃物で抉ったみたいな傷だった。鍾乳石の一部は根元から折れている。
「魔物か?」
「分からん」
スクナの返事は短い。だが全員同じ気持ちだった。知っている魔物ではない。
洞窟を進み続ける。曲がり角をいくつも越える。それでも出口らしいものは見えない。やがて前方の光景が変わった。
青白い結晶に囲まれた円形の広場だった。床には巨大な魔法陣が刻まれ、壁際には石造りの長椅子まで並んでいる。ここだけ妙に整備されていた。
「……なんやろ、ここ」
「休憩所か?」
スクナが周囲を見回す。マメとツブも手分けして調べ始めた。魔物の痕跡はない。
血痕もない。荷物の跡もない。冒険者が利用した形跡すら残っていなかった。ここまで来る者がいないのか、それとも別の理由があるのか。
「ボス部屋の前みたいやねぇ」
「でも誰もいねぇぞ」
それがおかしかった。ここが30階層かそこらなら誰かいても不思議ではない。なのに気配がまるでない。
コマが耳をぴくりと動かす。月詠も指輪の中で小さく震えた。その時だった。床の魔法陣が淡く光る。
青い線が一本消えた。続いてもう一本消えて砂時計みたいに光が減っていく。
「ん?」
ツブがしゃがみ込む。マメも隣で顔をしかめた。二人の表情が徐々に険しくなっていく。
「これ結界だ」
「しかも維持魔力が減ってる」
空間全体を覆っていた薄い膜が揺らぐ。安全地帯を守っていた結界が少しずつ消え始めていた。
「制限時間付き、いうことやろか」
「たぶんそうだ」
静寂が落ちる。現在地は不明。戻る道も不明。そして結界が消えた先に何がいるのかも分からない。
コマが不安そうに椿を見上げる。月詠も落ち着かない様子で光を揺らしていた。
「ツバキ……」
椿はゆっくり立ち上がった。巫女服の裾を整える。指輪から白銀の光が溢れ、月詠が弓の姿を取った。
「さて、どうしたもんやろねぇ」
そう言いながらも、声に迷いはなかった。未知の場所だろうと危険な場所だろうと、結局やることは変わらない。
「帰るか?」
マメが聞く。
椿は小さく首を横へ振った。
「ううん」
「うちらは攻略しに来たんやもの」
「ここまで来て立ち止まる気はあらへんよ」
その瞬間、広場の奥で重い音が響いた。誰も触れていないはずの巨大な扉が、ゆっくりと開き始める。青白い光が扉の向こうから溢れ出し、冷たい風が頬を撫でた。
その風の中に混じる気配に、コマがびくりと肩を震わせる。月詠も白銀の光を強めた。
「ツバキ」
「うん?」
「ナンカ、スゴクイヤ」
椿は扉の奥を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「そうみたいやねぇ」
巨大な扉が最後まで開くと洞窟全体が震えた。奥から吹き出した魔力の奔流に、全員が思わず息を呑む。空気そのものが重くなった。誰も言葉を発しない。
「なんやろねぇ……」
誰も答えられなかった。答えられる知識を持っていなかった。青白い光の向こうで何かが動く。その一歩だけで地面が揺れる。まるで山が歩いてくるみたいだった。
やがて姿を現したそれを見て、全員が息を止めた。巨大な亀だった。いや、亀に似た何かと言った方が正しい。青黒い甲羅には無数の結晶が突き出し、鍾乳石のような棘が何本も生えている。首は異様に長く、黄色い瞳だけが爛々と輝いていた。
「でか……」
「こんなん聞いてへん」
スクナが黒刀を抜く。コマは椿の足元へ寄り添ったまま耳を伏せていた。
「ツバキ」
「うん?」
「アレ、キライ」
月詠の声は珍しく震えていた。神獣と月詠が揃って警戒している。その事実だけで十分すぎるほど危険だった。
深淵甲亀はゆっくり首を持ち上げる。その動きは鈍く見えた。けれど次の瞬間、首が鞭のように伸びた。
「っ!」
スクナだけが飛び出した。黒刀が首筋へ叩き込まれる。甲高い音が響いた。
ガギィンッ!
火花が散る。刃は弾かれた。逆に首の一撃を受け、スクナの身体が吹き飛ぶ。
「スクナ!」
壁へ叩き付けられる。鍾乳石が砕け散る。だがスクナは転がりながら立ち上がった。
「硬ぇな……!」
椿は月詠を引き絞る。白銀の矢が放たれる。狙うのは目だ。
だが甲亀は首を引いた。矢は結晶へ当たり、弾かれる。目でさえ簡単には狙わせてくれない。
「厄介やねぇ」
甲亀が咆哮する。背中の結晶が一斉に輝いた。洞窟全体が青白く染まる。
「まずい!」
ツブが叫ぶ。
次の瞬間、結晶から無数の光線が放たれた。壁が吹き飛び、鍾乳石が蒸発する。余波だけで肌が焼けるようだった。
「コマ!」
椿が叫ぶより早かった。コマが前へ飛び出す。小さな身体から白い光が溢れた。
「みんな、こっちなの!」
透明な結界が広がる。光線が激突する。轟音が洞窟を揺らした。
結界が軋みコマの足が地面へ沈む。
「まだ……平気なの!」
ようやく光が止む。コマは肩で息をしていた。それでも尻尾だけは立てている。
「よう耐えたねぇ」
「えへへ……」
その間にもマメとツブは動いていた。二人は戦っていないが敵を観察していた。
歩き方。甲羅の形。首の可動域。攻撃の癖。
「マメ!」
「分かってる!」
二人の目が同時に見開かれる。
「甲羅じゃない!」
「足だ!」
全員の視線が集まる。甲羅も首も結晶も硬い。だが足の付け根だけ鱗が薄い。
「そこしかない!」
スクナが笑った。獲物を見つけた狼みたいな顔だった。
「なるほどな」
床を蹴る。一直線に飛び出す。甲亀の前脚が振り下ろされて地面が砕ける。
だがスクナは止まらない。砕けた岩を蹴り、懐へ潜り込む。そのまま足の関節へ黒刀を叩き込んだ。
ザンッ!
初めて血が飛んだ。
「効いた!」
マメが叫ぶ。
甲亀が絶叫する。洞窟全体が揺れた。だが怒り狂ったように尾が振り抜かれる。
「しまっ――」
白銀の矢が飛んだ。
尾へ直撃する。僅かに軌道が逸れた。スクナは紙一重で回避する。
「助かった!」
椿が次の矢を番える。だが甲亀は学習していた。今度は椿を狙い、異様に長い首が伸びる。鋭い爪が迫る。
「ツバキ!」
コマの叫びが響いた。
避けた。だが完全ではない。肩が裂ける。巫女服が破れる。鮮血が飛んだ。
「っ……!」
椿の身体が吹き飛ばされる。岩へ叩き付けられた衝撃で息が詰まる。
「ツバキ!」
スクナの顔色が変わる。
椿は歯を食いしばりながら立ち上がった。肩が熱い。腕も重い。それでも弓を落とさない。
「大丈夫やよ」
そう言うが痛みは強い。まともに戦える時間は長くない。
月詠が震えた。
「ツバキ!」
「うん?」
「ミエタ!」
白銀の光が甲羅を指す。
「アノケッショウ!」
「マリョク、アソコカラナガレテル!」
椿の目が細くなる。スクナも甲羅を見る。結晶が脈打つように光っていた。
魔力炉だ。
「なるほどねぇ」
椿の瞳がギラリと光った。
「やっと見つけた」
新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!
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