ダンジョン攻略
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
スクナは毎日ギルドへ通って掃除を続け、椿たちは依頼をこなしながら街へ馴染んでいった。
薬草採取。街道警備。荷運び。
稼ぎは地味だったが、その間に情報は集まる。
危険な魔物。有力な冒険者。未踏破の階層。そして、この国で最も有名な大型ダンジョン。
金貨一枚の魔法鞄を二つ購入し、干し肉や調味料、回復薬、毛布、ロープまで詰め込む。
背負うのはマメとツブだ。
水のダンジョンだと分かっていたから、水袋は最小限で済ませた。
準備は整った。
そして数日後、一行は街の外れへ立っていた。
巨大な白い石像。
まるで海を割って現れた神のような威容。
ポセイドンを思わせる巨像の足元に、大迷宮の入口はあった。
湿った風が吹き、巨大な石門の奥には闇が広がっている。
椿はしばらく入口を見上げ、それから自分の着物へ目を落とした。
依頼をこなすたびに増えた汚れ。擦り切れた袖。
この世界へ来た日から着ている一張羅だった。
「この着物も、だいぶ汚れてきたねぇ」
そう言いながら帯へ手をかける。
きっちり閉じていた襟を少し緩め、片側の袖を抜く。
裾も動きやすいよう持ち上げた。
「ツバキ頑張ってるの!」
コマが胸を張る。
「いっぱい戦ったの!」
「ふふ、せやねぇ」
「コマ、お洋服も作れるよ?」
椿がぱちりと瞬く。
「ほんま?」
「なの! ふわふわのも作れるの!」
「コマはすごいねぇ」
椿が笑いながら頭を撫でるとコマは嬉しそうに尻尾を振った。
スクナは黙って見ていたが何も言わない。
マメとツブは魔法鞄の紐を締め直していた。
椿は最後に帯を整え、小さく息を吐く。
一張羅やし無駄にはしたないけど、死んだら元も子もないもんねぇ。
「準備はいいか」
「ええよ」
「コマもなの!」
「オレたちも大丈夫」
「行けるぞ」
椿は頷き、巨大な石門を見上げた。
「うちは、ここで金を稼ぐだけやない」
全員の視線が集まる。
「名も売る」
静かな声だった。
けれど迷いはない。
「大迷宮を攻略した者として名前を残すんよ」
「この世界は力ある者の言葉しか聞かへん」
巨像の影が揺れる。
「獣人が虐げられても当たり前」
「人外が傷つけられても仕方ない」
「そんな顔して見て見ぬふりしてる」
椿の目が細くなった。
「せやから、うちらが上へ行く」
「力も」
「金も」
「名声も」
「全部手に入れる」
スクナが口元を上げる。
マメとツブも真面目な顔になる。
コマだけは何故か嬉しそうだった。
「泣き寝入りなんて、させへん」
その言葉と共に、一行は大迷宮へ足を踏み入れた。
外の空気が消える。
石の匂い。地下水の気配。
ひんやりとした冷気。
どこか生き物の腹の中みたいな圧迫感。
一階層は水のダンジョンだった。
壁の隙間から水が流れ、小さな水路が迷路みたいに張り巡らされている。
場所によっては膝下ほどまで水が溜まり、青白い苔が淡く光っていた。
「思ったより綺麗やねぇ」
「綺麗だから安全とは限らねぇぞ」
「情報屋も言ってたな」
「一階層は水棲系が多いって」
街で買った地図をツブが広げる。
一階層に出る魔物は比較的弱い。
「来るの」
コマの耳がぴくりと動く。
直後、足元の水面がぷつりと揺れた。
前方の暗がりから、青いぷるぷるした塊が二つ、ふよふよと浮き上がってくる。
アクアスライムだった。
「初級のやつやねぇ」
「見た目は弱そうだな」
「油断すると溶かされるぞ」
ツブの声が低くなる。
スライムはゆっくり近づき、床に落ちた枝へじわりと触れた。
枝が、みるみる細くなった。
「うわ」
マメが顔をしかめる。
「食うのかよ」
「溶かすの」
コマが小さく頷いた。
スクナは前へ出る。
黒刀を抜く音が、静かな一階層へ澄んで響いた。
スライムが跳ねた、その一瞬で十分だった。
刃が走る。
ぷしゅ、と空気の抜けるような音がして、青い塊が半分に割れた。
もう一体が横から迫るが、椿の矢が先に刺さる。
白銀の光が小さく弾け、スライムの核を貫いた。
「そこ」
青い塊が水の上へ崩れ、ただの水たまりになって消える。
マメとツブがほっと息を吐く。
「思ったよりあっさりだな」
「初級やからねぇ」
コマが嬉しそうに飛び跳ねる。
「やったの!」
椿は弓をしまい、地図へ視線を落とした。
「情報通りやね」
「水には困らへんし、休憩もしやすそうや」
「まずは堅実に稼ぐ」
そして、通路の奥へ視線を向ける。
暗い迷宮はまだまだ続いている。
その先に名声がある。
力がある。
そして、人外たちが泣かずに済む未来へ繋がる道も。
「ほな、進もか」
誰も異論はなかった。
事前に集めた情報が、怖いくらいそのまま役立っていた。
一階層から九階層まで、道順も魔物の出方もほとんど地図通りで、迷い込むような場面は一度もない。
アクアスライムを抜け、ブルーフロッグを倒し、リバークラブを片づけ、途中からは中型の水棲魔物も混ざり始めた。
だが、数が分かっていれば対処できる。
素材は最小限だけ回収した。
貴重な核や牙、魔石だけ抜き取って、重い甲殻や日持ちしない肉はほとんど捨てる。
食事はその都度、近くに出た魔物を狩って済ませた。
攻略が目的であって、荷物を増やすために潜っているわけではないからだ。
「順調すぎて逆に気味悪いねぇ」
「この手の大迷宮にしては、だいぶ素直だな」
「情報屋の勝ちやね」
「でも気抜くなよ」
階層をひとつ抜けるごとに、壁の色が少しずつ濃くなる。
水路はより深く、天井はより低く、魔物の気配もわずかに重くなっていった。
けれど大きな事故は起きない。
小さな休憩を挟むたび、コマが結界を張るので、周囲の気配も静かに落ち着いた。
透明な膜がふわりと広がる。
外からの水音は聞こえるのに、内側は妙に穏やかだった。
椿はその中で座り込み、干し肉を少しだけ齧る。
スクナは壁際に腰を下ろし、マメとツブは地図を広げて次の階層の確認をしていた。
「コマ、これすごいな」
「なの!」
「ほんまに安心できる」
「コマ、えらい」
コマは褒められるたび、嬉しそうに耳を揺らした。
椿はその様子を見て、静かに目を細める。
ここまで来る間に、稼ぎは確実に積み上がっていた。
十階層の手前で、いったん長めの休憩を取った。
ボス戦の前は、まず体力を回復し、持ち込んだ水と干し肉を口に入れ、道中の魔物配置をもう一度確認する。
中型クラスの魔物が出るのは九階層までで、十階層の前後だけ空気が変わる。
ボス部屋の前と後には、魔物が入れない結界があるらしい。
「ここから先は、さすがに楽勝やないやろねぇ」
「当たり前だ」
「けど、やるしかない」
「攻略の山場だな」
椿は水筒を置き、少しだけ着物の裾を直した。
だいぶ動きやすくしていたが、十層目の前となると、水を吸い込んだ布の重さが気になり始める。
それでも、ここまで来た成果は大きい。
「絶対に勝つ」
「うん」
「なの!」
やがて一行は、十階層のボス部屋前へたどり着いた。
そこだけは空気が違う。
門の左右には結界の痕跡があり、外の魔物が一切近づけないようになっていた。
壁は乾いていて、天井も妙に高い。
その中央で、巨大な扉だけが静かに閉じている。
「ここがボス部屋か」
「情報通りやね」
「中に入ったら、すぐ戦いになる」
「戻るなら今だぞ」
誰も戻らなかった。
扉が開く。
中は広い円形の闘技場みたいな空間で、床には浅い水が張っている。
中央にいたのは、巨大な水棲魔物だった。
甲羅を持つ、青黒い巨体。
蛇のように長い首。
鋭い爪。
水をまとった鱗は、矢も刃も受け流しそうな硬さをしていた。
「リバータートル……いや、もっとでかい」
「硬そうだな」
「相性悪そうやねぇ」
「でも、勝てる」
スクナが先に踏み込んだ。
黒刀が甲羅へ走るが、弾かれる。
椿の矢も目を狙うが、首を引いただけで外れた。
魔物は長い首をしならせ、前脚で床を叩く。
水が爆ぜ、衝撃が広がった。
「硬い!」
「斬りにくいな!」
「甲羅の継ぎ目を狙え!」
「分かってる!」
だが、継ぎ目が少ない。
しかも動きは鈍いようで速く、重い一撃を受けるたび、床の水が跳ね上がる。
スクナが横腹へ斬り込むが、表面を削るだけで深く入らない。
逆に尻尾の一撃を受け、壁際まで弾かれた。
「スクナ!」
椿が叫ぶ。
次の瞬間、椿自身も追い込まれた。
首の一撃を避けきれず、肩をかすめる。
鋭い爪が布を裂き、着物の胸元から裾まで、一気に破れた。
白い布地が水と血で汚れる。
「っ……!」
「ツバキ!」
「大丈夫や!」
だが大丈夫ではない。
肩口が熱い。
腕が少し痺れる。
着物は大きく裂け、戦闘用に崩していた布も、もう限界だった。
その時、コマの目が変わった。
ぴたりと椿を見て、すっと前へ出る。
「椿、ちょっとだけ待ってなの」
「コマ?」
「今のままじゃ、動きにくいの」
コマは両手をそっと椿の服へ伸ばした。
白い光が糸みたいに広がり、破れた部分へ細く細く絡みつく。
布がほどけるように揺れ、裂けた着物がみるみる形を変えていった。
動きやすい巫女服みたいに、裾は軽く、袖は短く、けれど白と紅の気配は残したまま。
椿は目を瞬かせた。
着物の上から新しい意匠が重なっていく。
戦うために整えられた、椿だけの戦闘服だった。
コマが息を吐く。
「これなら、もっと動けるの」
「……コマ」
「えへへ」
椿が一歩踏み出す。
さっきまでより、ずっと軽い。
コマの魔力が衣へ馴染み、裂けたはずの布が不思議なくらい動きやすくなる。
その姿を見て、スクナがわずかに目を見開いた。
「次で決める」
椿がそう言った、その瞬間だった。
ボスが大きく口を開け、さらに重い一撃を振り下ろす。
石床が割れる。
白い水飛沫が空へ散る。
椿は弓を引き絞り、スクナは黒刀を構え直した。
勝負は、ここからだった。
毎日20時更新です!
ブックマーク 評価 応援よろしくお願いします!




