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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第三章 ヤタガラス帝国編

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冒険者ギルドで

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

 

ギルドの扉をくぐった瞬間、熱気がぶつかった。


 酒の匂い。鉄の匂い。焼いた肉の脂の香り。笑い声と怒鳴り声が天井へ渦巻き、床は泥だらけ。奥では腕相撲台がひっくり返り、別の席では傷だらけの冒険者たちが昼間から酒を煽っている。壁一面には依頼書が貼られ、受付前には長蛇の列。どこを見ても人、人、人だった。


「うわぁ……」

 コマが目を丸くする。

「すごいの……!」

「昼でこれだからな」

 マメが肩をすくめた。

「夜になるともっと地獄だぞ」


「地獄なんや……」


 椿がくすっと笑う。

 その声だけで、空気が少し揺れた。


 近くにいた冒険者が顔を上げる。酒を飲んでいた男が視線を止める。依頼書を剥がしていた女剣士まで、ちらりと椿を見た。


 黒髪が揺れるだけで視線が流れる。

 当の本人は何も気づかず、ただ珍しそうに辺りを見回していた、その時。


「お、新人か?」

 酒臭い声が飛んだ。

 振り向くと、革鎧の男が二人、椅子を鳴らしながら近づいてくる。酔っているせいで距離感がおかしい。笑い方もいやに馴れ馴れしかった。


「この街初めて?」

「なら案内してやろうか?」

「酒うまい店知ってるぜ」


 ぐっと距離が詰まり、椿は困ったように眉を下げた。

「お気持ちは嬉しいんやけど――」


 男の腕が伸びる。


 ガンッ!!


 鈍い音が響き黒刀の鞘が、男の手を弾いた。

 低く睨み上げる目は、氷みたいに冷たい。


「触んな」

 男の頬がひくつく。

「あ?」

「聞こえなかったか」

 周囲がざわつき始める。


「お、やるか?」

「新人のくせに気ぃ強ぇな」

 面白がる声が増えていく。

 マメが額を押さえた。

「あーあ」


「三分保たなかったな」

 ツブも呆れている。


 椿はというと、スクナの背中を見上げながら小さく苦笑していた。

「スクナ、大丈夫やから」


「大丈夫じゃねぇ」

 男が舌打ちする。

「新人がイキってんじゃねぇよ!」

 男の片方が腰へ手をかけた瞬間。


「ギルド壊すなら外で頼むよ」

 爽やかな声が割って入った。


 ざわめきが止まる。


 人混みの奥から、青い髪の男が歩いてきていた。長身。黒いコート。腰には細身の剣が一本だけ。それなのに、男が近づくだけで周囲が自然と道を開けていく。


「あ…ドラコだ」


「Sランク冒険者の……」


 空気が変わった。

 ドラコは困ったように笑いながら、男たちとスクナの間へ入る。


「新人相手に絡むの、あんまり格好良くないな」


 柔らかい口調だった。

 けれど、その場の誰より圧がある。

 男たちの顔色が変わる。


「い、いや、別に俺たちは……」

「嫌がってたでしょ?」

 ドラコがさらっと言った。

「見てれば分かるよ」

 逃げ道を塞ぐみたいな言い方だった。


 男たちは顔を見合わせ、小さく舌打ちすると席へ戻っていく。

 空気がふっと緩む。

「大丈夫?」

 ドラコが椿を見る。


「ええ、おおきに。助けてもろて助かりました」

 その瞬間、ドラコが少しだけ目を瞬かせた。

「……そっか」

「?」

「これは確かに、目立つわけだ」


 意味が分からず椿が首を傾げる。

 横で、スクナの眉間の皺がさらに深くなった。

 マメツブ兄弟が吹き出す。

「師匠」、「顔」

「うるせぇよ」


 ドラコは楽しそうに笑った。

 登録しに来たの?」

「うん。オレら以外」

 ツブが椿たちを指差した。

「新人登録」


「なら案内するよ。普通に並ぶと日暮れるから」

 受付前には長蛇の列ができていた。怒鳴ってる奴までいる。

「ほんまや……」

 椿が少し引いた顔をする。

 ドラコは職員へ軽く手を振った。

「そこの子たち、こっちお願い」


 受付嬢がぱっと顔を上げる。

「ドラコ様!」

 視線が一気に集まる。

「うわ、有名人」コマがこそこそ言う。「そりゃSランクだし」マメが頷いた。


 そのまま一行は受付奥へ通される。

「では、順番に魔力測定をお願いします」

 受付嬢が水晶球を取り出した。

 まずは椿。

 そっと触れた瞬間、光が水晶いっぱいに広がった。

「……綺麗」

 誰かが呟く。


 色とりどりの色が散りばめられて広がる。見ているだけで空気が澄むような感覚に、周囲の冒険者たちまで言葉を失う。


「すご……」

 コマがぱちぱち瞬きする。

 椿は不思議そうに首を傾げた。

「これでええん?」

「じゅ、十分です……!」

 受付嬢が慌てて頷く。

「次、スクナさんお願いします」


 スクナが面倒そうに前へ出る。

 水晶へ手を置いた瞬間、灼熱の魔力が溢れ出した。

 まるで溶岩のように水晶の内側が熱で融け始めた。


「えっ」


 受付嬢の顔が引き攣る。

「ちょ、ちょっと待っ――」


 ぼたっ。


 溶けた水晶が台座へ垂れた。

 周囲が静まり返る。

 さらに、熱が広がり、台座の布が焦げ始めた。


「「「うわぁぁぁっ!?」」」


 受付が大騒ぎになる。

 スクナが一番びっくりしていた。

「は!? 知らねぇよ!!」

「熱っ!?」

 マメが飛び退く。

「意味分かんねぇことしてる!!」

 ツブが叫ぶ。


 受付嬢が半泣きになりながら、溶け落ちた水晶を布で拭いていた。

「なんで溶けるんですかぁ……」


「知らねぇよ」

 スクナが不機嫌そうに吐き捨てる。


「いや知らねぇじゃないんですよぉ!?」


「師匠、ギルド壊すの早すぎ」

「登録前からブラックリスト入りは伝説だな」

 マメツブ兄弟が好き勝手言う。

 周囲ではまだざわめきが止まらなかった。

 酒を飲んでいた冒険者たちが、面白がるように椿たちを見ている。


 ドラコだけは肩を震わせて笑っていた。

「ははっ……いや、ごめん。でも本当に初めて見た」

「笑い事じゃないですぅ……!」


 受付嬢が涙目で叫ぶ。

 椿は申し訳なさそうに頭を下げた。

「ほんま、すんません。弁償とか必要やったら、うち――」


「い、いえっ! ドラコ様のご紹介ですし……!」

 受付嬢がぶんぶん首を振る。その横で、コマがそっと焦げた机へ触れた。

 ぽわ、と柔らかな白い光が広がる。


「あっ……」

 焦げていた布がじわじわ元へ戻っていく。焼けて黒くなっていた木目まで、少しずつ修復され始めた。


「治ってる……?」

 受付嬢が呆然と呟く。


「コマ、治せるの!」

 得意げに胸を張る。

 さらに光が広がった瞬間、近くにいた冒険者たちがざわついた。


「……おい」

「傷」


 腕に巻かれていた包帯。頬の裂傷。肩の切り傷。淡い光に触れた部分が、じんわり癒えていく。


「うおっ!?」

「マジかよ!?」

「回復してる!」


 奥で酒を飲んでいた男が慌てて自分の腕を見る。傷口がうっすら塞がっていた。


 ギルドの空気が変わる。

 さっきまで笑っていた冒険者たちの目が、一斉にコマへ向いた。


「上位回復か……?」

「新人で?」


 ドラコの目が細くなる。

「これはすごいな」


「コマすごい?」

「うん、すごいよ」


 頭を撫でられて、コマがえへへと笑ったその時だった。

 ガタンッ!! と奥から大きな音が響き椅子が蹴り飛ばされる。

 ざわついていた空気が、一瞬で静まった。


「おいおい、なんだそりゃ」

 立ち上がったのは、熊のように大柄な男だった。背中には馬鹿みたいに大きい剣。筋肉質な腕には古傷が走り、片手には酒瓶。獣みたいな鋭い目が、椿たちを見下ろしている。


「あれ、ガンツじゃねぇか」

「また飲んでんのかよ……」


 周囲がざわつく。


 Aランク冒険者、ガンツ。


 Sランク目前まで行った実力者。荒っぽいが強い。だからこそ、誰も強くは止められない。

 ガンツはどかどか歩いてくると、まずコマを見た。


「へぇ。回復役、それも広範囲型か」

 次にスクナを見る。

「魔力制御も出来ねぇ半端者」

 鼻で笑う。

 その視線が、最後に椿へ止まり胸元を見下ろす。

 そのまま腰、脚へ視線を滑らせ、下品に口角を吊り上げた。

「……顔だけじゃなく、身体もいいな」


 椿の周囲で、見えない精霊たちがざわついた。

 空気が震えて窓辺の花が、風もないのにかすかに揺れた。


「おいガンツ」

「やめとけって」


 周囲の冒険者たちが眉をひそめるが、ガンツは笑ったままだ。


「そんな睨むなよ。褒めてんだ」

 酒を煽る。

「こんだけ上玉なら、ダンジョンなんか潜らなくても食っていけるだろ」


 視線がまた椿へ向く。

「貴族に囲われりゃ、一生楽できんじゃねぇの?」


 マメの顔から笑みが消えた。

 ツブも目を細める。


「その剣士はカス、回復役はガキ、後ろの兄弟はゴミだしな」

 ガンツが鼻で笑う。

「随分お似合いの雑魚パーティだ」


 瞬間。

 ゴッ!! と鈍い音が響いた。

 ガンツの顔が横へぶれ、黒刀の鞘が頬へ叩き込まれていた。

 どよめきが走る。

 スクナの目が、完全に据わっていた。


「……それ以上喋んな」

 足元から、紅い焔色の魔力がどろりと滲み出していた。熱を帯びた空気がゆらゆら歪み、床板をゆっくりと焦がしていく。


 ガンツが切れた口の端を親指で拭い、笑った。


「カスがよぉ、誰に手ぇ出したか分かってんのか?」


「知らねぇな」

 熱がさらに膨らむ。

 近くの酒瓶が、ぴしっと音を立てて割れた。

 受付嬢が悲鳴を上げる。

「ひぃっ!?」

 マメツブ兄弟が慌て始める。


 けれどスクナは止まらない。

 最近は抑え込めていた。それなのに今は違う。

 怒りに引っ張り出され熱が溢れていく。

 紅く燃える、焔の尻尾。


「っ……!」

 周囲の冒険者たちが息を呑んだ。


 椿の周囲で、精霊たちがざわめき、ぱち、ぱち、と見えない火花が弾け、月詠の指輪が淡く白銀に光っていた。


 ドラコだけが黙って見ている。

 止める気はない。むしろ楽しそうだった。


「ツバキをそういう目で見んな」

 スクナが吐き捨てる。

 ガンツが鼻で笑った。

「ははっ、なんだよ」

 口元を吊り上げる。

「惚れてんのか?」


 灼熱が噴き上がる。

 紅い焔が大きく揺れ、近くの冒険者たちが慌てて飛び退いた。


「スクナ!」

 椿が思わず声を上げる。

 それでも止まらない。

 紅い熱がどろどろ溢れ続ける。

 ドラコがようやく口を開いた。


「……止めた方がいい?」


 その声に、スクナはガンツを睨んだまま低く返す。

「止めないでくれ」


 焔の尾が揺れる。

 金色の目が細く光った。


「譲れねぇもんがある」


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