牡丹鍋
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
しばらく、スクナは完全にむすくれていた。前を歩きながらぶつぶつ繰り返している。踏みしめる足音まで、なんや機嫌悪そうだった。
椿はそんな背中を見ながら、くすくす笑う。
「はいはい、よう頑張ったねぇ」
ぽんぽん、と背中を軽く叩く。
「……子ども扱いすんな」
「えらかったやん」
「……」
さらに頭まで撫でられた。
「うちやったら途中で泣いてるわ」
「絶対嘘だろ」
「ふふっ」
スクナは不服そうな顔をしたままだったけれど、さっきより機嫌は戻っていた。コマがひょこっと横から顔を出し、金色の目をぱちぱちさせる。
「じゃあ次から歩く?」
「そうやねぇ、ゆっくり行こか」
「いや」
スクナが真顔で首を振った。
「走れるとこまで走る」
「えっ」
「ここで歩いたら負けた気がする」
「何に?」
「分かんねぇけど」
めちゃくちゃ意地を張っていた。
結局そのまま、一行は森を駆け続けることになった。開けた草原ではスクナが先頭を走り、
マメとツブが「速っ!?」と後ろで騒いでいる。
逆に岩場へ入ると急に慎重になり、コマが腹抱えて笑っていた。
「スクナー! 急に遅いのー!」
「足場悪ぃんだよ!!」
「素直でよろしいなぁ」
「うるせぇ!」
途中で小休憩を挟みながら、沢の水を飲み、野生の木苺を摘み、干し肉を齧って進む。それでもスクナは休憩が終わるたび、一番最初に立ち上がった。
「行くぞ」
「気合い入ってるねぇ」
「負けっぱなしムカつく」
「青春やわぁ」
「だから違ぇって」
夕方になる頃には、空が赤く染まり始めていた。森の奥は薄暗く、吹き抜ける風も少し冷たい。その時だった。
ガサガサッ!!
茂みが大きく揺れた。
全員の足が止まる。スクナは反射的に黒刀へ手をかけ、コマの耳がぴこんっと立った。
マメとツブは「うわっ」と同時に後ろへ飛ぶ。
次の瞬間。
ドゴォッ!!!
木をへし折りながら、巨大な黒い影が飛び出してきた。
「うおっ!?」
「でっっっか!!」
現れたのは、異様な大きさの猪型魔物だった。岩みたいな筋肉。剃刀みたいな牙。赤黒い目がぎらぎら光り、鼻息だけで土が舞う。
マメが顔を引き攣らせる。
「キングワイルドボワだ!!」
「最悪のやつじゃん!!」
ブモォォォォォッッッ!!!!
猪が地面を砕きながら突進してくる。
「散って!」
スクナが叫ぶ。
どんっ!! と地面が揺れる。マメとツブは左右へ飛ぶが、着地した瞬間、牙が岩を砕いた。
「うわぁぁっ!?」
「兄ちゃん!!」
ツブが助けに入るが、振り上げられた前脚でまとめて吹き飛ばされる。
「いっっった!!」
「ぐぇっ……!」
二人は地面を転がり、腕や足を擦りむいていた。
そこへコマが駆け込む。
「じっとしてなの!」
白い光がふわっと広がり、傷口がゆっくり塞がっていく。
「痛くない……!」
「コマすげぇ!」
その間にも、キングワイルドボワは止まらない。
猪が方向を変え、今度は椿へ向かって突っ込んできた。だが椿は慌てることなく、静かに月詠を引き絞る。
「月詠」
「オイラ、イケル!」
白銀の魔力が矢へ変わる。
ヒュンッ!!
放たれた矢が猪の片目へ突き刺さった。
巨体が怒り狂ったように暴れ、木々をなぎ倒す。
「今やよ!」
「ああ!」
スクナが地面を蹴る。
どんっ!!
黒衣が風を裂いた。低く潜り込み、そのまま黒刀を振り抜く。
ズバァァァッ!!
斬撃が前脚を断ち切り、キングワイルドボワが崩れ落ちた。
どさぁぁぁんっ……!!
静寂。
風が森を抜ける。
「……勝った?」
マメがそっと顔を出す。
スクナは肩で息をしながら、黒刀を肩へ担いだ。
「今日は猪鍋だな」
「切り替え早いねぇ」
椿が吹き出した。
その後、一行は近くの川辺で野営することになった。空はもう群青色へ変わり始め、水面へ夕焼けの名残が揺れている。
「今日はここやねぇ」
椿が周囲を見回すと、マメとツブはその場へへたり込んだ。
「つっかれたぁ……」
「足もう無理……」
「体力なさすぎやろ」
スクナは呆れながら、キングワイルドボワの解体を始める。黒刀が滑るたび、綺麗に肉が切り分けられていった。分厚い肩肉からは、じゅわっと脂が滲んでいる。
「うわ……めっちゃ美味しそう……」
ツブのお腹が鳴った。
「めちゃ鳴ったやん」
その横で、椿は籠を片手に森へ入っていた。
摘んでいるのは、沢沿いへ群生していたクレソン。
春先の若いヨモギ。木陰へ生えていたタラの芽。さらに倒木の近くで見つけた肉厚の椎茸と舞茸。
「ツバキ、それ全部食べれるの?」
「食べれるよぉ。タラの芽は焼いても美味しいんやけど、今日はお鍋やしねぇ」
「なんでそんな詳しいの……?」
「山よう歩いてたからやろか」
さらに椿は沢の近くで葉を摘みながら、小さく笑った。
「クレソン入れると脂がよう合うんよ」
「腹減ってきた……」
その頃、コマは川へ飛び込んでいた。
「待つのー!!」
ばしゃばしゃ水を跳ね上げながら追いかけているのは、銀色の魚じゃなかった。長い髭と鋭い歯を持つ、大きな魚型魔物だ。マメが引いた顔をする。
数分後。
「獲れたのー!!」
びしょ濡れのまま戻ってきたコマは、巨大な魚を両腕で抱えていた。青銀色の鱗が月明かりで光り、尾がまだびたびた暴れている。
ツブの目が輝く。
「リバーカトラスだ!」
「うまいやつじゃん!!」
「知ってるの?」
「こいつ、白身がめちゃくちゃ美味いんだよ!」
マメが興奮した声を出す。
「焼いたらふわっふわになる!」
焚き火へ火が入る頃には、辺りへ暴力みたいに美味しそうな匂いが漂い始めていた。
キングワイルドボワの肉は大鍋へ放り込まれ、野生の椎茸と舞茸、ヨモギ、クレソンと一緒にぐつぐつ煮込まれていく。脂が溶け出したスープへ、椿は行者にんにくを刻んで加えた。
じわぁ……っと濃厚な香りが広がる。
さらにリバーカトラスは串へ刺され、焚き火の上でじっくり炙られていた。
皮がぱちぱち弾け、白身から脂が滲む。
そこへマフィが持たせてくれた岩塩と黒胡椒、それから乾燥バジルを振ると、香ばしい匂いが一気に広がった。
「こっち焼けたのー!」
コマが得意げに串を掲げる。
その間、焚き火の少し向こうではスクナが木剣を構えていた。
「踏み込み浅い」
「はい!」
「あと視線で動き読まれてる」
ばしっ!!
「いだっ!」
「今のだ」
「厳しっ!」
「強くなりたいんだろ」
マメとツブは顔を見合わせたあと、ぱっと目を輝かせた。
「師匠!!」
「弟子にしてください!!」
「誰が師匠だ」
そう言いながらも、ちゃんと教えている。
椿は鍋を混ぜながら、その光景を見てくすっと笑った。
「ほんま体力お化けやねぇ」
昼から走りっぱなしで、戦って、今また鍛えている。普通なら倒れて寝ててもおかしくない。
やがて料理が完成した。
牡丹鍋は白い湯気を立て、猪肉の脂と茸の出汁が溶け合っていた。舞茸は香りが強く、椎茸は噛むたび旨味が広がる。そこへクレソンの爽やかな苦味が混ざり、行者にんにくの香りが追いかけてくる。
串焼きのリバーカトラスは、皮がぱりぱりで中はふわふわ。噛んだ瞬間、熱い白身と脂がじゅわっと口いっぱいへ広がった。
「いただきます!」
一斉に手が伸びる。
「…………」
「うっっっま」
スクナがぽつりと呟く。
「お魚ふわふわなの……!」
「鍋やばっ……」
「料理上手すぎる……」
マメとツブは完全に夢中であった。
コマはこそこそ串焼きへもう一本手を伸ばしかける。
「コマ?」
「……まだ食べてないの」
「さっき二本食べてたけど?」
「うぅ……」
しょんぼりしながら串を戻す姿に、皆が吹き出した。
食べ終わる頃には、焚き火もだいぶ落ち着いていた。スクナは黒衣を肩へ引っ掛けながら立ち上がる。
「汗気持ち悪ぃ……川行くぞ」
「水浴び!?」
「行くー!!」
マメとツブが即座に飛び起きる。
数秒後。
ばしゃぁぁぁんっ!!
「冷たぁぁぁ!!」
「うるせぇな兄ちゃん!」
「お前平気なのかよ!?」
「気合い!」
「意味分かんねぇ!!」
川辺が一気に騒がしくなる。
スクナは呆れながらも、水を頭から被って前髪をかき上げた。汗が流れていき、ようやく身体の熱が抜けていく。
椿も立ち上がる。
「ほな、うちらも行こか」
「行くのー!」
コマが嬉しそうに椿の腕へ抱きついた。
少し離れた上流側は、水が透き通っていた。月明かりが水面へ落ちて、きらきら揺れている。川底の石まで見えるほど綺麗やった。
「ひゃっ、冷たいの!」
「夜やからねぇ」
ぱしゃぱしゃ水を掛け合いながら、コマが楽しそうに笑う。白髪が濡れて頬へ張り付き、月明かりで銀色に光っていた。
遠くでは、まだ男組が騒いでいる。
「だから潜水勝負だって!」
「やるかぁ!」
「師匠も来いよ!」
「嫌だよ!!」
「逃げたー!」
「逃げてねぇ!!」
ばしゃぁぁぁんっ!!
「兄ちゃぁぁん!? 流された!!」
夜の森へ、馬鹿みたいに賑やかな声が響いていた。
椿はその声を聞きながら、小さく笑う。
「……ええ旅やねぇ」
コマが隣でこくんっと頷いた。
「うん!」
月明かりの下、川の水が静かに流れていた。
書き溜めはありますが、暫くは様子を見ながら1日1話から2話を目安に投稿しようと思っています!
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