優しさが、怖い
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
人気の少ない路地へ入ったところで、椿は足を止めて振り返った。
数歩遅れて獣人の男も止まる。
椿は少しだけ首を傾げた。
「お名前、聞いてもええやろか?」
間を置いて、低い声が返る。
「……ない」
椿は一瞬だけ黙りふっと小さく笑った。
「それはまた、不便なことやね」
それから少し考えるようにしてすぐに口を開いた。
「ほな、スクナ」
「うちの国での鬼神の名や」
椿は美しく微笑み言った。
「よう似合うてはる」
男——スクナは何も言わない。
ただ、じっと椿を見た。
警戒は消えない。
けれど、さっきまでとは違う色が混じっていた。
椿はそれ以上踏み込まずくるりと背を向ける。
「行きますよ、スクナ」
そう言って歩き出した。
少し遅れて、足音がひとつ増える。
コマがその間をすり抜けるように進んで行った。
誰も何も言わない。
それでも。
確かに、何かが始まっていた。
椿は人通りの少ない通りを選びながら歩く。
表通りから一本外れるだけで空気は露骨に変わり、建物は古く、壁はひび割れ、地面には汚れが残っていた。
それでも人目は減る。
「……都合よろしいわ」
やがて、古びた看板が見えた。宿屋だろうか?
外観は質素だが潰れてはいない事を確認してから、
椿は迷わず戸を押した。
中は薄暗く年配の男が一人、帳場に座っていた。
ちらりと視線が上がる。
椿を見て、次にスクナを見てから最後にコマを見た。
一瞬だけ男の空気が止まった。
「…一部屋、空いてはります?」
椿はにこりと微笑む。
男は何か言いかけて、やめた。
関わらない方がいい。
そう判断した顔だった。
「……銀貨一枚だ」
「おおきに」
すぐに支払い鍵を受け取った。
それ以上のやり取りはない。
部屋に入ると、椿はすぐに戸を閉めた。
外の気配を一度だけ確かめてから振り返る。
「……座りなさい」
スクナは動かず睨んでいる。
椿は小さく息をついた。
「強情やねえ」
それでも構わず近づきスクナの前にしゃがみ込んだ。
「そのままやと、ほんまに死ぬよ」
静かな声でただ事実を告げた。
しばらく沈黙したあとスクナの体がわずかに揺れる。
壁に背を預けるようにして、崩れるように座り込んだ。
その目は完全には気を許していない。
それでも、倒れない程度に力を抜いた。
椿はその様子を見てほんの少しだけ目を細めた。
袋から水と布を取り出す。
「……動かんといて」
許可は取らない。
そのまま、傷口に手を伸ばす。
血で固まった傷を、水で湿らせた布で拭っていく。
スクナの肩がびくりと揺れる。
痛むやろうに。
それでも声は出さない。
椿は淡々と続ける。
「……よう耐えてはりますね」
それは褒めでも慰めでもなかった。
「なんでだ」
不意に低い声が落ちた。
椿の手は止まらない。
「何が?」
「……なんで、助けた」
少し呆けてから
椿はほんのわずかに口元を緩めた。
「気まぐれや、言うたやろ」
軽く言うがすぐに続ける。
「それと——」
布を持つ手が止まり視線がまっすぐスクナに向く。
「見てて、気ぃ悪かっただけや」
スクナは何も言わなかった。
ただ、椿をじっと見ている。
椿はまた手を動かし始めた。
「安心しとき」
「うちは売り飛ばしたりはせぇへんよ」
一瞬だけスクナの目が揺れていた。
食事は部屋に運ばせた。
木の盆に乗せられた料理は質素だったが、温かかった。焼いた肉に固めのパン、薄いスープ。それでも、ちゃんとした食事だと分かる。
椿は椅子に腰掛けたまま、スクナの方へ視線を向けた。
「温かいうちに頂きましょう」
やわらかく言った。
スクナは立ったまま動かない。視線も合わせない。警戒が抜けきっていないのが、そのまま態度に出ている。
「毒は入ってへんよ。うちも同じもん食べるし」
そう言って、スープを一口飲んでみせた。
それでもスクナは動かなかった。
椿はそれ以上何も言わず、自分の分をゆっくり食べ始める。無理に勧めない。ただ、そこに置いておくだけ。
しばらくして、スクナの喉が小さく鳴った。
ほんの少しだけ、皿へ視線が落ちる。
迷うように手が動く。
触れて、止まって、また触れる。
やがて意を決したように口へ運んだ。
その瞬間顔がわずかに歪む。
次は早かった。
止まらなくなる。
詰め込むように飲み込むように。
誰かに取り上げられる前に、全部自分の中に隠してしまおうとするみたいに。
椿は何も言わない。ただ静かに見ていた。
やがて手が止まり震える瞳から雫が落ちた。
「……なんでだよ……」
掠れた声で小さく、何度も繰り返す。
「なんで……」
「なんで、優しくする…」
息が乱れ、視線が揺れる。
「……こんなことされたこと、ない……」
ぽつりと零れた。
自分でも驚いていたが、止めようとしても止まらない。
「……飯なんて…」
「ちゃんと食わせてもらったことなんか…一度も…」
指が震え、器を持ったまま力が抜けた。
「触られるのだって……殴られる時だけで……」
「なんで……」
まるで迷い犬のような行き場のない目で椿を捉える。
優しい瞳だった、
「なんで、そんな顔をしている……」
何も挟まない。
否定もしない。
ただ受け止めた。
スクナの肩が震える。
「怖ぇんだよ……」
「優しくされるのが……」
「どうしたらいいか、分かんねぇんだ…」
そのまま、顔を覆った。
泣き声が漏れる。子どもみたいに。
椿はゆっくり立ち上がり静かに近づいた。
そしてそっと、頭に手を置いた。
驚くほど軽く、優しく撫でた。
スクナの体がびくりと揺れる。
涙で濡れた目。
さっきよりもずっと弱い目。
椿はそのままもう一度撫でる。
「……よう、頑張ったね」
小さく、それだけ言った。
その瞬間。声にならない嗚咽が溢れる。
手が伸びて椿の着物を掴む。
離れないように、縋るみたいに。
椿は何も言わない。
ただ、ゆっくりと撫で続ける。
拒まないし突き放さない。
やがてスクナの力が抜けていく。
泣き疲れて、そのまま体が傾いた。
驚くほど痩せている。椿一人でも支えられるほどに。
スクナをゆっくりとベッドへ寝かせた。
抵抗はなかった。
呼吸が浅くなり、そのまま眠りに落ちていった。頬には涙の跡を残したまま。
コマが、いつの間にかスクナの横にいた。
静かに寄り添い丸くなる。
椿はそれを一瞬だけ見た。
それから布をそっとかける。
自分は床へ座った。
壁にもたれて、静かに息を吐いた。
「……ほんま、手のかかる子やね」
椿は泣きそうに呟いた。
【書き溜めはありますが、暫くは様子を見ながら1日1話から2話を目安に投稿しようと思っています!】
次回はスクナ視点入ります!お楽しみに!
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