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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第三章 ヤタガラス帝国編

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世界樹と爺

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

 

 スクナは水の橋を慎重に進む。足元が揺れるたび眉間の皺が深くなる。

 橋の下には底の見えない闇。左右には空より高い水の壁。

 だが、その奥はぼやけていて何も見えない。

 ただ青黒い水だけが、果てなく続いていた。


「……ほんとに大丈夫なんだろうな、これ」


「スクナ、お顔こわいの!」


「元からだ」


「腰引けてるの!」


「引けてねぇ」


 コマがきゃっきゃっと笑う横で、里長は完全に半泣きだった。

 水の橋へしがみつくみたいに歩き、ちらちら下を見ては顔色を悪くしている。


「ま、待ってください……高いです……!」


「めっちゃ下見てはる」


「見ないと歩けません……っ!」


「逆に見んほうがええと思うけどねぇ」


「無理ですぅ……!」


 スクナが呆れたように振り返る。


「よくそれで来ようと思ったな」


「だ、だって里長ですので……!」


「責任感だけで来るなよ……」


 長い橋だった。歩くほど空気が変わっていく。

 冷たかった風は少しずつ柔らかくなり、どこからか香木みたいな匂いが混じり始めた。

 橋の先では、世界樹の巨大な根が絡み合い、大地そのものみたいに広がっていた。


 スクナがふと足を止める。


「……なんだ、あれ」


 ぼんやりと、巨大な黒い影が見えていた。

 最初は、ただの柱かと思った。

 都の中央へ突き刺さる、異様に巨大な石柱。

 けれど近づくにつれて違和感が膨れ上がっていく。


 柱じゃない。二本ある。

 その上に横へ渡された、途方もなく巨大な一本。


 椿が静かに目を細めた。


「……鳥居、やねぇ」


 誰もが言葉を失った。

 山より大きい世界樹の根元。

 その手前へ、空を塞ぐような黒い大鳥居が立っている。水の中に沈んでいたはずなのに、朽ちてもいない。

 ただ、ずっとそこに在り続けていたように、静かに彼らを見下ろしていた。


 コマがぽかんと口を開ける。


「おっきぃの……」


「いや、デカいとかそういう次元か……?」


 橋を渡り切ると、足元が石畳へ変わった。

 そこは世界樹の根が幾重にも絡み合う広場だった。

 根は龍みたいにうねりながら大地と一体化している。


 巨大な幹の前へ、ぽつんと小さな人影が座っていた。


 狐の面。白い髪。深緑の着流し。

 皺だらけの老人が、湯気の立つ茶をすすっている。


「……は?」


 最初に声を漏らしたのはスクナだった。


 コマもぱちぱち瞬きする。


「おじいちゃんなの?」


 老人は面の奥で、ふぉっふぉっと笑った。


「おじいちゃんとはまた、随分かわいらしい呼び方をしてくれるのぅ」


 里長が、はっと息を呑む。


「ま、まさか……」


 老人は湯呑みを置き、ゆっくり顔を上げた。


 その瞬間世界樹が脈打つ。

 根が揺れ枝葉が鳴る。


 スクナは目を細めた。


「……おい」


「まさか」


 老人は肩を竦めた。


「いやぁ、すまんのぅ」


「久々に人が来たもんで、浮き足立ってしもうてなぁ」


「残っとる力で、つい姿を作って出てきてしまったわい」


「何千年ぶりじゃろうなぁ、人を迎えるのは」


 狐面の奥で、目だけが細く笑う。



 そのとき、全員が理解した。

 この老人は世界樹そのものなのだと。



 コマが椿の袖をぎゅっと掴む。


「木さんだったの!」


「みたいやねぇ」


 スクナは頭を押さえた。


「もう何でもありだなこの世界……」


 老人は愉快そうに笑う。


「ふぉっふぉっふぉ」


「そういう顔をする者を見るのも、久しいのぅ」


 その周囲だけ、不思議と空気が違った。朽ちかけていた根元へ、小さな花がぽつぽつ咲いている。老人が笑うたび、世界樹も呼応するみたいに枝を揺らしていた。


 里長が慌てて膝をつく。


「わ、私はエルフの里長を務めております……コモン、と申します……!」


 数秒、沈黙。


 スクナがぽつりと呟く。


「……そういや初めて聞いた」


「ほんとなの!」


「ずっと里長やったからねぇ」


「えっ」


 コモンが固まる。


「えっ、皆さま気づいておられませんでした……!?」


「誰も名前呼ばんかったしな」


「そんなぁ!?」


 コマがけらけら笑う。


「コモンなのー!」


「なんか急に距離近くないですか!?」


 老人――世界樹が腹を揺らして笑う。


「ふぉっふぉっふぉ!!」


「おもしろい子らじゃのぅ!」


 その時。


 世界樹の視線が、静かに椿へ向いた。

 空気が変わる。

 椿の周囲を漂っていた精霊たちが、ふわりと集まった。


「……お主」


「どこの生まれかの?」


 枝葉がさらさらと鳴る。


「その言葉、その出で立ち……山城国の生まれか?」


 椿の目が僅かに揺れた。


「……知ってはるん?」


 世界樹は懐かしそうに笑う。


「ふぉっふぉ」


「遠い昔、扶桑とは友でのぅ」


「酒を酌み交わし、何度も語り合ったものじゃ」


「もしかすると、お主好みの都かもしれないのぉ」


 巨木が脈打った。次の瞬間。




 ザァァァァァァァァァァッ!!!!!!




 空を覆っていた膨大な水が、一斉に動き出す。


 巨大な滝みたいに、空中の海すべてが世界樹の周囲に空いた巨大な穴へ吸い込まれていく。都全体を包んでいた水が渦を巻き、空そのものが崩れ落ちているみたいだった。


「っ……!」


 コマが思わず椿へ抱きつきスクナが腕で顔を庇う。

 白い飛沫が嵐みたいに吹き荒れた。


 そして。

 隠されていたものが、ゆっくり姿を現していく。

 最初に見えたのは、赤だった。


 長い石段の先に立つ、無数の鳥居。

 黒い瓦から水が滴り落ちて夕陽を受けて鈍く光る。

 さらに、水が引いていく。

 現れたのは、巨大な都だった。


 何層にも重なる和風の街並み。朱塗りの橋。水路。石灯籠。五重塔。白壁の屋敷。提灯の吊られた長い通り。山の斜面へ沿うように建てられた建物が、都全体を埋め尽くしている。


「――……っ」


 誰も声を出せなかった。

 鳥肌が立つ。その光景はあまりにも美しすぎた。

 まるで、神話そのものだった。


 湖へ吸い込まれた水は、底なしだった穴を満たし、やがて鏡のような静かな巨大な湖へ変わっていく。水面へ映る都の灯りが、ゆらゆらと揺れていた。


 世界樹の声が、静かに響く。


「――目覚める時が来た」


 枝が大きく揺れる。


「――世が変わる時じゃ」

書き溜めはありますが、暫くは様子を見ながら1日1話から2話を目安に投稿しようと思っています!


毎日20時更新です!


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