ほんま、嫌になる
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
白銀の雨だけが、静かに降り続いていた。
焼け焦げた森を濡らし、血に染まった地面を優しく洗い流していく。
さっきまで空を埋め尽くしていた絶望は跡形もなく消え失せ、残ったのは、まるで神話の終わりみたいな静けさだった。
戦士長も、里長も、エルフたちも。ただ呆然と椿を見つめている。
やがて、ぽつりと震えた声が落ちた。
「……た、助かった……?」
その瞬間だった。
「う、うわあああぁぁっ!!」
張り詰めていたものが一気に切れたみたいに、エルフたちがその場へ崩れ落ちる。
子どもを抱き締めて泣き出す母親。
武器を落とし、地面へ座り込む戦士。
助かったことが信じられず、何度も空へ感謝を呟く老人。焼けた森へ、安堵の泣き声が広がっていく。
「生きてる……っ!」
「もう駄目だと思ったのに……!」
マフィも目元を拭いながら、大きく息を吐いた。
「ほんと、とんでもないことしてくれましたね……」
「せやけど、間に合ったやろ?」
「……はい。ギリギリで」
そう言って、マフィはふっと笑う。
隣ではスクナが黒刀を肩へ担ぎながら鼻を鳴らしていた。全身血塗れで、腕からも腹からも血が流れていたが、降り続ける白銀の雨がその傷へ触れるたび、裂けた皮膚がゆっくり塞がり始めていた。
「……疲れた」
「珍しい、スクナが弱音吐いてはる」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「うちやねぇ」
椿がくすりと笑うと、スクナも呆れたみたいに口元を歪める。
「まぁ……悪くねぇ暴れ方だったけどな」
コマが椿の袖をぎゅっと掴んだ。
「ツバキ、いっぱい守れたの!」
「うん。コマも、ほんまよう頑張ったねぇ」
白銀の髪を優しく撫でると、コマは嬉しそうに擦り寄った。
その様子を見ていた里長が、ゆっくり前へ歩み出る。傷だらけだった身体は白銀の雨によって癒えている。それでも、その表情には疲労と消えない恐怖が残っていた。里長は静かに膝をついた。
「……ありがとう、ございます」
「貴女方がいてくださらなければ、我々は本当に滅んでおりました」
その姿に続くように、周囲のエルフたちも次々と頭を下げていく。
「ありがとう……!」
「助けてくれて、本当に……!」
「ツバキたちがいてくれてよかった……!」
椿は静かに目を伏せた。
守れた。助けられた。
その実感が、じわりと胸へ広がっていく。
あんな光景を、もう二度と見たくない。
泣きながら家族を抱き締める子どもも。居場所を失って俯く人たちも。傷つけられて、それでも耐えるしかない命も。そんなもの、もうたくさんだった。
椿はゆっくり顔を上げる。白銀の雨が、黒髪を静かに濡らしていた。
「……ほんま、嫌になるねぇ」
穏やかな声だった。穏やかなのに、その場の誰もが息を呑む。
「なんで踏み躙られる側ばっかり泣かなあかんのやろか」
椿は、焼けた森を見渡した。
「うちな、ここ好きやったんよ。マフィのご飯も好きやし、子どもらの笑っとる声も好きやったし、みんなでわちゃわちゃしとる時間も好きやった」
マフィが、少し目を見開く。
「せやのに、気ぃついたら、こんなボロボロや」
白銀の雨が静かに揺れる。椿は小さく息を吐き、それから少しだけ困ったみたいに笑った。
「……もう、泣き寝入りさせへん」
エルフたちが息を呑む。
椿は、はんなりと微笑んだ。けれど、その瞳の奥には夜みたいに静かな怒りが燃えている。
「誰かに怯えながら生きんでもええ場所をうちが、作る。ちゃんと笑えて、ここに居てもええんやって思える場所を」
マフィが、目を潤ませながら笑う。
「そんなこと言われたら……期待するしかないじゃないですか」
「はっ。どうせやるならデカくやれよ」
戦士長も、小さく口元を緩める。
「……まったく、とんでもない娘だ」
その時だった。
――グルルルル……
森の奥から、低い唸り声が響く。エルフたちの表情が一気に強張った。
結界は、もうない。人間たちに壊され、戦いの余波で完全に崩れ落ちた里には、血の匂いと膨大な魔力だけが残っている。
暗闇の奥で、無数の目がぎらついていた。スクナが黒刀を握り直し、舌打ちする。
「ちっ……地龍の群れかよ」
戦士長が歯を食いしばる。
「今の里では防ぎ切れん……!」
焼け落ちた家々。崩れた防壁。失われた結界。もう、この里は限界だった。
里長が苦しそうに目を伏せる。
「……ここを、捨てます」
その言葉に、エルフたちが息を呑んだ。長く守ってきた故郷を捨てる。その重さが、痛いほど伝わってくる。
里長が、はっとしたように顔を上げる。
「……祠です」
「何?」
戦士長が振り返る。里長は慌てたように額へ手を当てた。
「す、すみません……! 動揺していて、完全に頭から抜け落ちていました……!」
「こんな時に忘れるなよ……!」
「申し訳ありません……!」
里長は気まずそうに咳払いした。
「……ずっと昔に作られた、人間に襲われた際に使う転移用魔法陣があります。もし壊れていなければ、避難できます」
エルフたちの顔に、細いけれど確かな希望が灯った。
「案内します!」
里長を先頭に、一行は急いで森の奥へ走り出す。
崩れた木々を越え、焼け焦げた道を抜け、その先に現れたのは、古びた石造りの祠だった。
スクナが眉を寄せる。
「ここは…」
黒刀を持つ腕が脈打った。
祠の奥へ飛び込むと、薄暗い石の空間の中央で、巨大な魔法陣が淡く光を放っていた。
「……残ってる」
マフィが安堵したように息を漏らす。
里長も、ほっと肩の力を抜いた。
「使えます……!」
その瞬間だった。
ギャアアアアアッ!!
祠の外から地龍の咆哮が響く。巨体が木々をなぎ倒し、地面が大きく揺れた。もう時間がない。
戦士長が振り返り、エルフたちへ怒鳴る。
「子どもから入れ!! 急げ!!」
泣きながら母親へしがみつく子どもたちが、次々と魔法陣へ乗せられていく。
その光景を見ながら、椿は静かに祠の外を振り返った。焼け焦げた森。崩れた家々。ついさっきまで笑い声が響いていた場所が、もう見る影もない。
コマがそっと椿の袖を掴む。
「ツバキ……」
「……悔しい」
ぽつりと零れた声は静かだった。
「やっと守れた思たのに、帰る場所まで奪われるなんて」
里長が苦しそうに頭を下げる。
「申し訳、ありません……」
「なんで謝るん?」
椿は、はんなりと笑った。けれど、その瞳の奥だけは静かに冷えている。
「悪いのは、全部奪った側やろ」
その瞬間、祠の空気が静まり返る。
椿は焼け落ちた里を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「……せやから、奪われへん場所を作る。付き合ってくれるやろ?」
「今さら聞くなよ」
スクナが笑った。
魔法陣が眩く輝き始める。白銀の光が祠を包み込み、エルフたちが思わず目を閉じた。
最後に椿は、一度だけ焼け落ちた里を振り返る。
「……次は、誰も泣かせへん」
白銀の光が弾け
次の瞬間、一行の姿は古きエルフの都へと消えていた。
今回はいただいた意見を参考に、挑戦でいつもより1000文字ほど多く書いてみました!
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