白銀の雨
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
そして心臓を真横から貫いた。領主の身体が大きく跳ねて、口から血が溢れ、目が見開かれたまま固まった。
絶対の強者として君臨していた男が、血溜まりの中へ沈んでいる。
その現実を誰も受け止めきれずにいた。
椿は静かに月詠を下ろす。
白銀の刃から、赤い血がぽたりと滴った。
その横でスクナが黒刀を肩へ担ぎ、生き残った兵たちを冷え切った目で見渡す。
「……逃げられると思うなよ」
残っている兵はもう数十人ほどしかいない。
誰もが血塗れで、腰が引けていた。
次の瞬間。
ズドンッ!! と黒い斬撃が森を裂く。
逃げようとした兵たちがまとめて吹き飛び、血飛沫が舞った。
スクナは止まらない。
黒刀が振るわれるたび、兵が斬り伏せられていく。悲鳴も、肉の裂ける音も、まるで遠くの出来事みたいだった。
そこにあるのは、ただ一方的な蹂躙。
やがて最後のひとりが崩れ落ち、森へ静寂が戻った。
風だけが、焼けた木々を揺らしている。
その頃になってようやく、遠くから足音が近づいてきた。
「無事か!!」
戦士長だった。
背には血塗れの里長を背負い、後ろからは傷だらけのエルフたちが続いている。
だが、森へ足を踏み入れた瞬間全員の足が止まった。
焼け焦げた森。積み重なる死体。血に染まった地面。
そして、その中心で静かに立つ椿。
戦士長が周囲を見渡し、息を呑む。
「……お前らだけで、やったのか」
スクナが黒刀を肩へ担いだまま鼻で笑った。
「主にツバキがな」
その瞬間だった。
ぐらり、と結界が揺れる。
「っ……ぁ……」
コマがその場へ膝をついた。
白銀の髪がさらりと落ち、小さな肩が苦しそうに上下している。それでも、両手だけは決して下げない。
椿の顔色が変わった。
「コマ!!」
すぐに駆け寄り、その小さな身体を抱き支える。
コマの身体は熱かった。
何度も血を吐いたせいで、口元も白い服も赤く染まっている。
「もうええ、もう十分やよ……!」
椿の声が震える。
けれどコマは、苦しそうに息をしながらも首を横へ振った。
「や、なの……」
ぎゅ、と椿の袖を掴む。
涙の滲んだ瞳が、まっすぐ椿を見上げていた。
「ツバキの大事……いっぱい傷ついてるの……」
その声に、椿が息を呑む。
振り返れば、そこには倒れたエルフたちの姿があった。
腹部から血を流し続けるマフィ。子どもを庇ったまま動かない母親。焼けた皮膚。苦しそうな呻き声。泣き声。壊れた里。
コマは荒い呼吸を繰り返しながら、それでも小さく笑った。
「……まだ、がんばれるの」
その言葉と同時に雨が降り始めた。
優しい雨だった。
白銀に淡く輝く雨粒が、焼け焦げた森へ静かに降り注いでいく。
誰もが息を呑んだ。
雨が傷へ触れた瞬間、裂けた皮膚がゆっくり塞がり始めた。
止まらなかった血が止まり、折れた骨が戻り、苦しそうだった呼吸が穏やかになっていく。
マフィの焼け爛れた腕が元へ戻り、腹部の傷が閉じていく。
青白かった顔へ、少しずつ血色が戻った。
戦士長も。
里長も。
倒れていた子どもたちも。
次々に癒えていく。
神話の時代にしか存在しないはずの奇跡。
誰もが言葉を失い、ただ白銀の雨を見上げていた。
まるで世界そのものが、傷ついた命を優しく抱きしめているようだった。
その中心で。
椿はコマを抱きしめる。
壊れ物に触れるみたいに、優しく。
「……ほんまに、頑張り屋さんやねぇ」
コマは眠たそうに目を細め、安心したみたいに椿へ擦り寄った。
「えへへ……コマ、守れたの……」
「……神獣」
戦士長が、震える声を漏らした。
その呟きをきっかけに、エルフたちの視線が一斉にコマへ集まる。
白銀の髪を雨に濡らしながら、小さな身体で必死に治癒を維持している幼い少女。その姿は、神聖という言葉ですら足りなかった。
里長が、ゆっくり膝をつく。
「……感謝します」
深く頭を垂れる。
その姿に続くように、周囲のエルフたちも次々と膝を折っていった。
助かった子どもを抱き締めて泣く母親。震える声で礼を言う老人。涙を流しながら何度も頭を下げる若い戦士たち。
白銀の雨の中、感謝の声だけが静かに広がっていく。
コマは困ったように椿を見上げた。
「な、なんかいっぱい頭さげてるの……」
椿は思わず小さく笑い、濡れた白銀の髪を優しく撫でる。
「そらそうやよ。コマが、みんな助けたんやから」
その言葉に、コマがぱちぱちと瞬きをした。
「……コマ、えらい?」
「うん。めちゃくちゃ偉い」
ぱぁっ、と嬉しそうに笑い、コマが椿へ擦り寄る。
その様子を見ていたスクナが、黒刀を肩へ担ぎながら小さく鼻を鳴らした。
「……頑張りすぎなんだよ、お前ら」
ぶっきらぼうな声だった。
けれど、その金色の瞳からは、もう張り詰めていた殺気が消えている。
勝った。
間違いなく、自分たちはこの里を守り切ったのだ。
誰もが、思った、その時。
ぐちゃり。
その音は、あまりにも不快な音だった。積み重なった死体の山が、ゆっくり蠢く。
エルフたちの表情が凍りついた。
その中から、半身を焼かれた魔導士が這い出してくる。
片目は潰れ、皮膚は焼け爛れ、口から血を溢れさせながら、それでも狂ったように笑っていた。
「は、はは……」
濁った目が、椿たちを睨む。
震える指先が、ゆっくり空へ向けられた次の瞬間。
膨大な魔力が渦を巻き始める。
空気が軋み、空そのものが悲鳴を上げた。
戦士長の顔色が、一瞬で消える。
「まさか……やめろ!!」
だが魔導士は止まらない。
血を吐きながら、喉を裂くように絶叫した。
「死ねェェェェェェッ!!!!」
空が、割れた。巨大な魔法陣が幾重にも展開され、その奥から黒く燃える隕石群が姿を現す。
里を消し飛ばせるほど巨大だった。
絶望的
誰もが理解する。里ごと終わる。子どもたちが泣き出した。
エルフたちも武器を握ったまま、空を見上げて顔を強張らせている。
怖い。
それでも、誰ひとり逃げなかった。
戦士長が叫ぶ。
「最後まで諦めるな!! 子どもたちを守れ!!」
その声に、震えながらもエルフたちが前へ出る。
絶望が、空を覆い尽くす。
「……うるせぇな」
スクナが、一歩前へ出た。
黒刀を肩へ担ぎ、金色の瞳で空を睨み上げる。
「……しなせねぇよ」
書き溜めはありますが、暫くは様子を見ながら1日1話から2話を目安に投稿しようと思っています!
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