牙を剥く奴隷
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
領主の背後で、巨大な魔法陣がゆっくりと回転していた。黒い光が空を染める。空気は重く、呼吸をするだけで肺へ泥が流れ込んでくるみたいだった。その中で、領主だけが愉しそうに笑っている。
「実に美しい光景だ。悲鳴、怒号、絶望……命が壊れる瞬間というのは、どうしてこう心を満たしてくれるんだろうな」
焼け落ちた里を見渡しながら恍惚とした声を落とす。兵たちですら顔を強張らせていたが、領主は構わない。その目はただ椿だけを見ていた。血塗れの着物、乱れた黒髪、怒りを隠さない瞳。その全てを愛でるように見つめている。
「怒ってなお、その美しさが崩れないとは……素晴らしい。気が変わった。奴隷として売るには惜しい。私の十一番目の側妃にしてやろう」
ぞわり、と嫌悪感が背筋を撫でた。空気が静まり返る。誰も言葉を失う。その瞬間だった。
ズドンッ!!
領主のすぐ横を黒い斬撃が掠め飛ぶ。馬車が真っ二つに裂け、後方の兵ごと吹き飛んだ。木片と悲鳴が宙へ舞う中、スクナが黒刀を肩へ担いだまま立っている。
「勝手に決めてんじゃねぇよ。そいつはモノじゃねぇ。テメェみてぇなのが勝手に値踏みしていい相手でもねぇよ」
低い声だった。スクナは一歩前へ出る。椿と領主の間へ割り込むように立ち、黒刀がぎちりと鳴いた。殺気が肌を刺すほど濃い。
「なるほど。随分と大事にしているらしいな」「当たり前だろ。誰がお前なんかに渡すかよ」
その言葉に椿の目がほんの少しだけ揺れる。だが領主はむしろ楽しそうだった。笑みを深めながらスクナを眺める。
「いい目だ。奴隷のくせにまだ牙を抜かれていない」「……今すぐ、その口縫い合わせてやろうか」
黒刀からどろりと黒い魔力が漏れ出した。スクナの目から温度が消える。空気が張り詰める。あと一歩でぶつかる。そんな緊張が戦場を包み込んだ。
「……今すぐ、その口縫い合わせてやろうか」
低い声だった。怒鳴りもしない。ただ本気でそうするつもりだと分かる声音だった。その瞬間、後方で結界が大きく軋む。ビシッ、と嫌な音が森へ響き、全員の視線がそちらへ向いた。白銀の結界へ黒い魔力が絶え間なく叩きつけられ、コマの小さな身体がぐらりと揺れる。
「っ……ぅ……!」
「コマ!」
「だいじょうぶなの……! ツバキは気にしちゃだめなの! コマが守るの! みんな傷つけさせないの!」
額から汗が零れる。小さな両手は震えていた。それでも下ろさない。神聖な光はむしろ強さを増し、瀕死のエルフや子どもたちを優しく包み込んでいた。森いっぱいへ広がる白銀の光は、まるで夜明けそのものみたいだった。
「神獣が人型を取るとはな……ますます興味深い」
領主のねっとりとした視線がコマへ向く。その瞬間、スクナが一歩前へ出た。黒刀がぎちりと鳴き、膨れ上がった殺気が空気を震わせる。紅い瞳は獲物を狙う獣そのものだった。
「見んな。次そっち見たら目ん玉抉り出す」
「弱い犬ほど良く吠える」
「俺は負ける気ねぇから言ってんだよ」
領主の笑みが少しだけ深くなる。同時に巨大な魔法陣が空へ広がった。無数の黒槍が現れ、空を埋め尽くしていく。兵士たちが顔色を変えるほどの数だった。まるで夜空そのものが落ちてくるようだった。
「では、見せてもらおうか」
黒槍が一斉に降り注ぐ。轟音と共に空気が裂け、視界が黒で埋め尽くされた。だがスクナは止まらない。地面を蹴り、黒刀を振り上げる。刀身から放たれた斬撃は巨大な牙のように空を裂き、降り注ぐ槍をまとめて噛み砕いた。
「降らせりゃ勝てると思ってんなら舐めすぎだろ」
轟ッ!! 黒槍が次々と空中で爆散する。暴風が森を揺らし、兵士たちは思わず腕で顔を庇った。スクナはそのまま空を睨み、獰猛に口元を歪める。黒刀が閃くたび巨大な斬撃が走り、黒槍は片端から叩き落とされていった。
「その程度で潰せるなら、俺はとっくに死んでる」
兵士たちが息を呑む。信じられなかったのだろう。領主の魔法を真正面から斬り伏せる存在など見たことがない。だが領主だけは楽しそうだった。まるで珍しい玩具でも見つけた子どものように目を輝かせている。
「はは……いい。鎖付きの奴隷がここまで牙を剥くとは」
「だろ? 躾失敗して残念だったな」
挑発するように笑うスクナの隣を、椿が静かに通り過ぎた。血で汚れた着物の裾が風に揺れる。月詠は淡い光を纏い、静かに震えていた。椿はただ真っ直ぐ領主を見上げる。
「ほな、そろそろうちらのお相手してもらおか」
姿が消える。次の瞬間には領主の目前だった。月詠が横薙ぎに振り抜かれ、黒い障壁と激突する。耳を裂くような金属音が響き渡り、森中が震えた。領主の目が初めてわずかに見開かれる。
「……これは驚いた」
「避けへんのやね」
「避ける必要がないのでな」
「なるほど」
椿は小さく頷く。次の瞬間、月詠から放たれた斬撃が爆ぜた。バキィィィンッ!! 黒い障壁へ大きな亀裂が走る。領主の笑みが初めて止まった。障壁はすぐ修復される。だが遅れて領主の頬から一筋の血が流れ落ちた。
「領主様が……傷を……!?」
「嘘だろ……」
ぽたり、と血が地面へ落ちる。戦場から音が消えた。兵士もエルフも、誰もがその光景を見つめている。無敵だと思われていた男が、確かに傷付いた。その事実が重く戦場へ落ちた。
「避ける必要、ありましたやろ?」
椿は月詠を構えたまま微笑みもしない。ただ凍えるような瞳で領主を見据えていた。張り詰めた緊張が森を包み込み、次に動くのが誰なのか、誰も息をすることさえ忘れていた。
書き溜めはありますが、暫くは様子を見ながら1日1話から2話を目安に投稿しようと思っています!
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