白銀の神獣
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
離れていた兵ごと地面が裂けて、鮮血が空へ吹き上がる。絶叫が森へ響いた。
白銀の斬撃は止まらない。刃が閃くたび兵の胴が裂け、首が飛び、後方の兵までまとめて吹き飛ばされていく。木々が揺れ、大地が抉れ、それでも椿の歩みだけは静かだった。まるで散歩でもしているみたいな足取りで、血の雨の中を歩いていく。
「はは……素晴らしい。本当に素晴らしい。これほど暴れてなお、その美しさが崩れんとは。いい、その目がいい。その怒りがいい。檻へ入れる前から壊れてしまう女は面白くないんだよ。泣き叫び、諦め、絶望していく過程に価値がある。君ならきっと期待に応えてくれる。ああ、実に愉しみだ」
領主は馬上から恍惚とした目で椿を見つめていた。
兵が死ぬたび機嫌が良くなっている。
部下が斬り殺されているのに怒りもない。
ただ珍しい宝石でも眺めるみたいな目だった。
その視線だけで背筋が粟立つ。
「領主様……!」
「お、おやめください!!」
「巻き込まれます!!」
兵たちが青ざめる。
だが領主は聞いていなかった。
巨大な魔法陣が足元から浮かび上がる。
空気が軋む。
森中の木々が震え始める。
膨れ上がる魔力だけで息苦しいほどだった。
「構わんよ。どうせ駒だ。多少減ったところで困らない。それより価値ある物を手に入れる方が大事だろう? だから壊れず残れよ。せっかくの商品なんだ。価値が下がるのは困る」
愉快そうに笑った次の瞬間だった。
黒い魔力が津波みたいに解き放たれる。森が悲鳴を上げた。大地が捲れ上がり、木々が根こそぎ吹き飛ぶ。兵もエルフも区別なく呑み込みながら、破滅そのものみたいな黒が迫ってきた。避けきれない。誰もがそう思った、その時だった。
白い光が溢れた。
優しく、温かく、まるで春の日差しみたいな光だった。暴れていた黒い魔力が壁へぶつかったように弾かれる。半透明の結界が広がり、瀕死のエルフたちも、泣き叫ぶ子どもたちも、傷ついた戦士たちも、その全てを包み込むように白銀の光が森いっぱいへ広がっていた。
「……コマ、なの?」
椿が振り返る。
そこに立っていたのは四、五歳ほどの小さな少女だった。雪みたいな白銀の髪。淡く透き通る瞳。幼い顔立ちなのに息を呑むほど整っている。神聖な気配が森いっぱいに満ちていた。
少女は小さな両手を広げたまま必死に結界を支えている。額には汗が滲み、腕は震えていた。それでも下げない。誰一人傷つけさせまいとするみたいに踏ん張っていた。
「ツバキ!! ツバキは気にせず戦うの!! ここはコマが守るの!! みんな傷つけさせないの!! だから前だけ見て!!」
その声を聞いた瞬間だった。
椿の脳裏へ幼い獣人の少女が浮かぶ。傷だらけだった小さな命。震えながら助けを求めていた姿。泣きながら生きたいと言った声。コマの姿が重なり、胸の奥で何かが静かに熱を帯びた。
守りたいと思っていた命が、今は誰かを守るために立っている。小さな背中なのに不思議と頼もしかった。けれど感傷へ浸る暇はない。戦場はまだ終わっていなかった。
だが感傷へ浸る暇はなかった。
「どけェェェッ!! 邪魔だァ!!」
森の奥から怒号が響いた。
次の瞬間、兵たちがまとめて吹き飛ぶ。何人もの身体が宙を舞い、木へ叩きつけられた。地面を削りながら一直線に突っ込んできた黒い影が、椿の前で止まる。血塗れの狼獣人。紅い尾を揺らし、黒刀を握り締めたスクナだった。
「……スクナ!」
「ツバキ!!無事か!! 怪我してねぇか!!」
荒い息を吐きながら周囲を睨む。返り血で顔は真っ赤だったが、その目だけは真っ直ぐ椿を探していた。椿が無事だと分かった瞬間、ほんの僅かに肩の力が抜ける。だが次の瞬間には再び兵へ牙を剥いた。
黒刀が唸る。
振るわれた一撃で兵たちがまとめて吹き飛んだ。悲鳴が響く。地面が裂ける。それでも押し寄せてくる兵を見て、スクナは盛大に舌打ちした。
「チッ……多すぎんだろ。どっから湧いてきやがる」
「うちも同じこと思うてたわぁ」
「笑い事じゃねぇ」
そう言いながらも、椿の声を聞いたせいか少しだけ表情が和らぐ。
その時、スクナの視線が結界へ向く。
白銀の少女が、小さな身体で必死に両手を広げていた。汗で前髪が張り付き、腕は震えている。それでも結界は揺るがない。スクナは数秒固まったまま瞬きを繰り返した。
「……は?」
「コマやよ」
「いや意味分かんねぇよ。どこをどう見たらコマなんだよ」
「コマはコマなの!」
「喋った!?」
コマがむぅっと頬を膨らませる。
その反応まで見慣れたものだったせいで、余計に混乱した。スクナは頭を抱えたくなる。だが今は戦場だ。理解を放り投げるように首を振り、黒刀を構え直した。
「……後で聞く」
「それがええわ」
椿も月詠を握り直す。
その様子を、領主は馬上から愉快そうに眺めていた。兵が何人死のうと気にも留めていない。興味深そうに目を細めながら、今度はコマを見つめている。その視線は人へ向けるものではなかった。珍しい品を見つけた商人みたいな目だった。
「なるほど。やはり神獣か。精霊に愛されし女だけでも十分価値があるというのに、まさか神獣まで従えているとはな。今日は実に運がいい。これほどの収穫は久しぶりだ」
ねっとりとした声だった。
周囲の空気まで汚れる気がする。コマがびくりと肩を震わせた。椿の目から笑みが消える。月詠も不快そうに低く震えた。
「うち、あんたみたいなん大嫌いやわ」
「光栄だ」
「褒めてへんのやけど」
「だが安心しろ。壊さない程度には大切に扱ってやる。神獣もお前も、泣き顔になるまで時間を掛けてな」
兵たちですら顔をしかめた。だが領主だけは本気だった。
本気でそれを慈悲だと思っている。
だからこそ気味が悪い。
スクナの尾が逆立つ。
椿の周囲では精霊たちが怒るみたいに荒れ狂い始めた。
「なぁツバキ」
「なんやろ」
「あのクソ野郎、ぶん殴っていいか」
「奇遇やねぇ。うちも同じこと考えてた」
ぴたりと呼吸が合う。
背中合わせになる。
何度も死地を越えてきた相棒だからこそ分かる距離感だった。
コマが結界の中から大きく頷く。
「やっつけるの!!」
領主が笑う。
空へ巨大な魔法陣が広がった。
森中の魔力を吸い上げるみたいに黒い光が渦を巻く。空気が重くなる。兵たちでさえ顔色を変えて距離を取った。それほど危険な魔法なのだろう。
けれど椿もスクナも退かなかった。
「さあ」
領主が両手を広げる。
まるで舞台の幕を上げる役者みたいな仕草だった。
「どこまで壊れず耐えられる?」
椿は静かに月詠を構える。
その隣でスクナも黒刀を肩へ担いだ。
そして二人は、同じタイミングで笑った。
「試してみはる?」
「後悔させてやるよ」
ここのシーン書いててすごい楽しかったです。
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