蹂躙せよ
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
「ますます欲しくなった」
その一言を合図に兵たちが再び雪崩れ込んできた。
「捕らえろ!!」
「囲め!!」
「逃がすな!!」
怒号が森を揺らす。剣戟と悲鳴が重なり、辛うじて保たれていた均衡が一気に崩れていった。椿は月詠を引き絞り、迫る兵へ矢を放つ。轟ッ!! 風を纏った矢が兵ごと木々を吹き飛ばした。だが倒しても終わらない。前からも横からも次々と兵が押し寄せ、後方では魔法兵たちが詠唱を始めている。森は完全に戦場だった。
「西側が押されてます!!」
「回復班急げ!!」
「子どもたちを奥へ運べ!!」
あちこちで怒鳴り声が飛ぶ。エルフたちも必死に食らいついていた。だが数が違う。倒しても倒しても押し寄せてくる。疲労は積み重なり、傷は増え、守るべき者は後ろにいる。
その時だった。
横から兵が飛び込んでくる。
椿が反応するより早く、マフィの剣が閃いた。血飛沫が舞い、兵の身体が崩れ落ちる。マフィは肩で息をしながらも椿の前へ立った。
「ツバキさん!! 後ろ!!」
「……助かるわ」
振り向きざまに弦を引く。矢が一直線に兵たちを貫き、そのまま後方まで吹き飛ばした。だが次の瞬間、ゴォォォッ!! 爆炎が上がる。崩れた家の向こうから子どもの泣き声が聞こえた。兵たちは笑っていた。
「逃がすな!!」
「耳の長いガキは高く売れるぞ!!」
「女も残せ!!」
椿の目が、すっと冷える。
空気が変わった。怒りではない。
もっと静かな何かだった。
その時だった。領主がゆっくり片手を上げる。
空が唸る。灰色の雲の奥で巨大な雷光が渦を巻いていた。大気そのものが震え始める。森を照らす光が明滅し、嫌な静寂が落ちた。
「っ……まずい」
「マフィさん?」
「あれ、雷魔法か……!?」
「うそだろ……」
エルフたちの顔色が変わる。領主だけが愉快そうに笑っていた。まるで退屈な宴へ余興を加えるみたいに。
「少し数を減らしてやろう」
次の瞬間だった。
空が裂けた。
ゴォォォォォォッ!!!
黒い雷が里へ落ちる。
家々が吹き飛び、木々が裂け、大地が爆ぜた。兵もエルフも関係ない。ただ触れたもの全てが焼き尽くされていく。
「ぎゃぁぁぁぁぁッ!!」
「熱い!!」
「助けてぇぇぇ!!」
悲鳴が響く。焦げた臭い。焼けた血の臭い。
一瞬で地獄になった。
椿も咄嗟に身を引く。だが間に合わない。
「ツバキさんッ!!」
マフィが飛び込んできた。椿を突き飛ばす。
轟ッ!!!!
落雷が直撃した。
「――ッ!!」
吹き飛ばされたマフィが瓦礫へ叩きつけられる。片腕は焼け爛れ、腹部は大きく裂けていた。血が溢れる。呼吸も弱い。それでもマフィは無理やり顔を上げた。
「ツ、バキさん……無事?……にげて……」
そこで力が抜けた。椿の中で何かが切れた。
『……ユルサナイ』
月詠がびりびりと震えた。
精霊たちが集まる。風が唸る。炎が揺れる。
水が震える。空気そのものが悲鳴を上げていた。
領主は焼け落ちる里を眺めながら満足そうに目を細めた。雷に裂かれた木々が倒れ、あちこちから悲鳴が上がっている。焦げた臭いと血の臭いが混ざり、熱風が頬を撫でた。それでも男だけは楽しそうだった。
「その顔だ。やはり美しいな。大切なものを壊された者の顔というのは実に芸術的だ。怒っているか? 憎いか? ならもっと見せてくれ。君の絶望を。君ほどの力を持つ者が崩れていく様は、何より価値がある」
椿は返事をしない。
足元にはマフィが倒れていた。まだ温もりが残っている。けれどその温もりは少しずつ失われていた。胸の奥で何かが静かに沈んでいく。
「……ほんまに立派なお人やねぇ。こんな状況でもよう笑うてられる。うちには真似できひんわ。人が傷付く姿見て喜べるんも、子どもの泣き声で機嫌ようなれるんも、きっと特別な才能なんやろねぇ。羨ましいわぁ」
兵士たちの顔が引き攣った。
領主の眉がぴくりと動く。椿は相変わらず穏やかに微笑んでいた。
「貴様……皮肉のつもりか?」
「やだわぁ。うち、感心してるだけですよ。普通のお人にはできひんことや思いますもん。心を捨てるんも大変やろし、情を捨てるんも難しい。せやのに、そこまで綺麗さっぱり捨てはったんやから大したもんや思います。ほんま、よう努力しはったんやろなぁ」
領主の笑みが消えていた。周囲の兵士たちも無意識に後退る。精霊たちが椿の周囲へ集まり、風がざわめき始める。月詠が淡く輝き、大気そのものが震えていた。
「せやけど、うちの仲間を傷付けて、それでも笑うてられるんやったら話は別や。そこまで頑張って嫌われに来はったんやし、うちも期待に応えんと失礼やろ?」
月詠へ魔力が集まる。
風が唸る。
精霊たちが歓喜するみたいに踊る。
椿は静かに弦を引いた。
「……堪忍袋、きれたわ」
矢が放たれた瞬間、世界が白く染まった。
轟音が遅れてやって来る。暴風が森を薙ぎ払い、兵士たちは悲鳴すら上げられないまま吹き飛ばされた。地面が抉れ、木々が根こそぎ宙へ舞う。放たれたのはたった一射。それなのに戦場そのものがひっくり返ったみたいだった。
「なっ……!?」
「何だあれは!!」
「人間の撃つ矢じゃ――」
言い終わる前に第二射が放たれる。
風が咆哮した。
矢が通った軌道だけ森が消えた。兵士も馬も木々も関係ない。ただ一直線に薙ぎ払われる。巻き上がった土煙の向こうで、兵士たちの隊列が完全に崩壊していた。
椿は静かに歩いていく。
さっきまで怒鳴り声を上げていた女とは思えないほど静かだった。
「どないしましたん。さっきまでよう喋ってはったのに。耳の長い子ぉは高う売れる言うてはりましたやろ。逃がすな言うてはりましたやろ。うち、ちゃんと聞いてましたえ。せやのに皆さん揃うて後ろ向きやなんて、えらい寂しい話どすなぁ」
兵士たちが震える。その笑顔が怖かった。
怒鳴られた方がまだマシだった。
目の前の女は笑っている。
なのに背筋が凍る。
「ば、化け物……」
「化け物ぉ?」
椿が首を傾げる。
さらりと黒髪が揺れた。
月詠が楽しそうに風を鳴らす。
「やだわぁ。うち、人間ですよ?皆さんが大好きな人間やのに」
兵士たちは後退る。
誰も前へ出ようとしない。
それでも領主だけは笑っていた。
いや。
笑おうとしていた。
額には汗が滲み始めている。
「なるほど……なるほど。面白い。本当に面白い。そこまでの力を隠していたとはな。ますます欲しくなった。その力も、その精霊も、その弓も、全部だ。捕らえろ!! 何人死んでも構わん!!」
怒号が響く。
兵士たちが悲鳴混じりに突撃してくる。
命令だから。
逆らえばもっと酷い目に遭うから。
それでも足は震えていた。
椿はそんな姿を見て小さく息を吐く。
「……可哀想に」
その声は兵士たちへ向けたものだった。
月詠が光る。精霊たちが踊る。風が集まり始める。
「上に立つお人は選ばなあきまへん。あんさんらみたいに命張る人がおるから国は回るんやろに。その命を使い潰して遊んでるお方のために死ぬなんて、割に合わへんよなぁ」
椿の周囲へ風が集まる。
渦になる。
兵士たちの顔色が変わる。
本能が警鐘を鳴らしていた。
逃げろと。
「せやけど安心しはって」
椿は微笑む。
どこまでも美しく。
どこまでも冷たく。
「その方だけは、ちゃんと連れて帰したげます」
領主の笑みが止まった。
初めてだった。
その目に恐怖が浮かんだのは。
「うちが責任持って地獄まで送り届けますさかい」
月詠が鳴いた。
そして第三射が放たれた。
白銀の光が一直線に戦場を貫いた。
後方へ陣取っていた兵士たちごと馬が吹き飛び、爆ぜるように土煙が舞い上がる。悲鳴が重なり、逃げ惑う声が広がった。矢が通った場所だけ大地が抉れ、まるで巨大な爪で引き裂かれたみたいな傷跡が残る。それでも椿は止まらなかった。
月詠を背へ流す。
腰の短剣を抜く。
そのまま前へ踏み込んだ。
「ひっ……!」
「く、来るぞ!」
「止めろ! 囲め!! 囲めぇ!!」
椿の姿が掻き消える。
次の瞬間には最前列へ入り込んでいた。
首筋へ銀線が走る。
兵の喉が裂けた。 返す刃で隣の兵の首が飛ぶ。
噴き上がった血が夕陽を浴びて赤く煌めいた。椿は止まらない。そのまま身体を流すように回転し、三人目の腹を裂く。四人目の胸を貫く。舞うような足運びだった。せやのに、通った後には死体だけが残っていく。
「逃げはるん? 狩りのお時間やったんと違いました? うち、皆さん腕に覚えがあるんや思てましたのに。まさか追いかけるんは好きでも、追いかけられるんは苦手やったなんて、知らんかったわぁ」
兵たちの顔が引き攣る。
一歩。椿が歩く。
血で濡れた足袋が土を踏む。
それだけで誰も近寄れなかった。
返り血で着物は赤く染まっている。黒髪も乱れていた。それなのに妙に美しかった。まるで怒れる神話の姫君でも見ているようだった。
「ほら、頑張りなはれ。数だけが取り柄やのに、へばるんは早いんとちゃいます? うちが期待しすぎたんやろか?」
くすり。
椿が笑う。
兵士たちが後ずさる。
誰かが錯乱したように魔法を放った。
無数の魔法が殺到する。
だが椿は止まらない。
身体を僅かに傾けて躱して斬る。
ただそれを繰り返した。
兵たちの顔から血の気が失せていく。
そして。
――バキンッ。
ついに短剣が折れた。
度重なる斬撃に耐えきれず、刃が途中から砕け散る。
一瞬だけ空気が止まった。
兵たちの目へ希望が宿る。
武器が壊れた。
今なら勝てる。
今なら殺せる。
誰もがそう思った。
「武器が折れたぞ!!」
「今だ!!」
「やれぇぇぇぇ!!」
怒号が上がる。
兵士たちが一斉に踏み込んだ。
『ツバキ、オイラ、ツカッテ』
淡い光が溢れる。
背へ流していた月詠が震えた。
白銀の魔力が弓身を包み込み、その輪郭がゆっくりとほどけていく。木が光へ変わり、弦が銀糸へ変わり、やがて一振りの美しい短刀が椿の手へ収まった。細く流れる刃紋は水面みたいに揺らぎ、その美しさに兵たちは思わず息を呑む。
「な、なんだそれ……」
「武器が変わった……!?」
「精霊武具だと……!?」
ざわめきが広がる。
椿は新しい刃を見つめた。驚くほど手へ馴染む。
最初から自分の一部だったみたいに自然だった。
「……あら。えらい綺麗やないの、月詠。うちよりべっぴんさんになってしもたんと違う?」
『オイラ、キレイ!! ツバキ、ホメタ!! オイラ、ガンバル!!』
月詠が嬉しそうに震えた、その瞬間暴風が森を駆け抜ける。
精霊たちが一斉に集まり、白銀の光が椿を包み込んだ。兵たちは思わず足を止める。目の前に立っているのは、本当に人間なのか。誰もがそう思わずにはいられなかった。
椿は短刀を軽く振る。
それだけだった。
ズガァァァァァンッ!!!!
白銀の斬撃が戦場を切り裂いた。
さあここから盛り上がっていきますよ!
金、土、日、連続2話投稿です!
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