馳せる想い
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
「捕まえた」
黒刀が鳴いた。
押し返しているはずなのに何かがおかしい。刀のほうが勝手に前へ出ようとしてやがる。喰わせろ。斬れ。もっとだ。刃の奥でそんな飢えが脈打っていた。
「……っ、暴れんなよ」
歯を食いしばる。左腕がある感覚にもまだ慣れねぇ。踏み込むたび身体が僅かに左へ流れるし、肩も腰も噛み合わない。ずっと無かったものが急に戻ってきたんだ。気持ち悪ぃくらい感覚が狂っている。それでも今は構っている暇なんてなかった。
暗部の長が細剣を引き、静かに距離を取る。その目が初めて黒刀へ向いた。まるで珍しい魔物でも見るみたいな目だった。
次の瞬間、男が消えた。半身で受け流そうとした瞬間、左肩がほんの僅かに遅れる。ギィンッ!! 細剣が黒刀を滑り、火花が散った。崩れた重心へ蹴りが飛び込み、腹の奥まで衝撃が突き刺さる。肺の空気が全部吐き出され、身体が地面を削りながら吹き飛んだ。
「っ、チッ……」
「その腕、まだ馴染んでいないみたい」
「うるせぇよ」
血を吐き捨てる。腹の奥が焼けるように痛い。それでも笑いが漏れた。ようやく分かってきたからだ。左腕の重さ。筋肉の動き。踏み込みの癖。まだ完全じゃないが、身体は少しずつ馴染み始めている。
轟ッ!!
炎が森を赤く染めた。熱風が吹き荒れ、木々が悲鳴を上げる。だが止まらねぇ。黒刀で炎を裂き、そのまま一直線に突っ込む。踏み込みはまだズレる。それでもさっきより速い。
「ちょろちょろ逃げ回ってんじゃねぇぞ」
黒刀が唸る。ギィィンッ!! 細剣とぶつかり衝撃が腕を走った。だが今度は押し負けない。男の眉がわずかに動く。その反応が妙に愉快だった。
「なんだよ。さっきまでの余裕、どこ行った?」
「獣人風情が」
「それしか言えねぇのか?」
「……」
「芸のねぇ野郎だな」
男が消える。背後。だが今は分かる。殺気が流れる方向も、空気の揺れも、全部だ。
「見えてんだよ」
振り向きざまに黒刀を振り抜く。轟ッ!! 地面が裂け、男が咄嗟に飛び退いた。その頬が浅く裂ける。初めてだった。あの野郎の顔から余裕が消えたのは。
「やっと人間らしい顔したじゃねぇか」
その瞬間黒刀がまた暴れだした。
ぐらり、と左肩が引かれる。まるで刀のほうが勝手に獲物へ飛び掛かろうとしているみたいだった。腕ごと持っていかれそうになる。まだだ。まだ完全には従ってねぇ。刀が勝手に斬撃を放とうとするのを無理やり押さえ込む。左腕が脈打つたび、熱い魔力が血管の中を暴れ回った。
「言うこと聞けっつってんだろ……!」
「……暴走しているみたいだね」
「うるせぇ」
黒刀を睨みつける。離さない。放さない。これは俺の力だ。誰かのもんじゃねぇ。左腕が焼ける。骨の奥まで熱が走る。それでも握る力を緩めなかった。
ドクン。
黒刀が震えた。
ドクン。
さらに魔力が荒れる。周囲の木々が軋み、地面へ亀裂が走る。兵士たちが怯えたように後退した。黒い魔力が嵐みたいに吹き荒れる中、スクナだけは一歩も引かない。
「聞け……俺に!! 従えェェェッ!!!」
バァァァァンッ!!!!
黒い魔力が爆ぜた。
衝撃波が土を吹き飛ばし、木々を大きく揺らす。枝葉が舞い上がり、近くにいた兵士たちは悲鳴を上げながら転がった。暴れていた黒刀は、その瞬間だけぴたりと静まる。まるで獰猛な獣が主人を認めたみたいに。
ドクン。
ドクン。
刀と俺の鼓動が重なった。
荒く息を吐く。
男の顔が険しくなる。
「馬鹿な……」
「次はテメェだ」
地面を蹴る。
今までより速い。
いや違う。
世界が遅い。
景色が流れる。風の音が聞こえる。男の呼吸も、筋肉の動きも、細剣を握る指先の力加減まで見える。暗部の長の目が大きく見開かれた。
黒刀を横薙ぎに振るう。
ギィィィンッ!!!
「ぐっ……!」
「軽ぃな」
「何だと」
「そんな細っこい剣で、よくイキれたもんだ」
細剣が軋む。男の腕が沈む。押し負けている。
さっきまで俺を圧倒していたはずの男が、今は押し返すことすらできていなかった。
轟ッ!!
炎が放たれる。
灼熱が目の前を埋め尽くす。だが止まらない。黒刀を振るう。炎ごと真っ二つに裂いた。赤い火の海が左右へ割れ、その向こうで男の目が驚愕に染まる。
「な――」
「テメェみてぇな奴、一番嫌いなんだよ」
黒刀が唸る。
初めてだった。
あの余裕しかなかった顔から焦りが見えたのは。
「弱ぇ奴いたぶって、自分は安全な場所から眺めてるだけの馬面」
「黙れ!」
「図星か?」
男の顔が歪む。
その瞬間だった。
黒刀が吠えた。
バキィィンッ!!!
細剣が砕け散る。
黒い刃が防御ごと叩き割った。砕けた破片が宙へ舞う。男の目が見開かれる。信じられないものを見る顔だった。
「っ――」
「終わりだ」
黒刀が腹を貫く。
肉を裂き、骨を砕き、背中まで突き抜けた。男の口から血が溢れる。スクナは胸ぐらを掴み、無理やり顔を引き寄せた。
「テメェみてぇな腐った野郎がよ」
黒い魔力が刀から流れ込む。
骨が鳴った。血管が裂け、悲鳴すらまともに出せない。
「ぐ、ぁ……っ」
「今まで笑ってた分」
「……」
「今度はテメェが苦しめ」
低く吐き捨てる。黒刀を引き抜いた。
血飛沫が舞い、男の身体が崩れた。
膝をつき、地面へ倒れ込む。
黒い魔力が全身を蝕み続けていた。
もう立てない。
もう助からない。
それだけは誰の目にも明らかだった。
スクナは振り返ることなく歩き出す。
その時だった。
遠くで、爆ぜるような音が響いた。
戦場の空気が変わる。
嫌な予感が背筋を駆け上がった。
胸の奥がざわつく。
理由なんか分からない。だが分かる。何かが起きた。
脳裏へ浮かぶ。黒髪。柔らかな笑顔。いつも前を向く細い背中。
「……ッ、ツバキ!!」
気付けば叫んでいた。
今は他の何もいらない。
あいつのところへ行かなきゃならない。
絶対に、何があっても。
スクナは地面を蹴った。
炎の向こうへ。
悲鳴の聞こえる方へ。
ただ一人の女のもとへ向かって、全力で駆け出した。
――――
………あったかい、お水の中だった。
ふわぁ、ってしてた。ゆらゆら。ぽかぽか。なんだか眠たくて、とっても気持ちいいの。遠くでりんりん鈴の音がしてた。
わたしはずぅっと昔から、いろんなところにいた気がするの。おっきな門の前にいたこと。石になってたこと。ガォーってお顔で立ってたこと。いっぱい、いっぱいあった。
怖いものを追い払って、悪いものが来たら追い返して、ずっとみんなを守ってた。でもね。
ツバキは特別だった。
「おはようさん」
毎日お社に来てくれたの。笑って、お話して、おてて合わせて。みーんなツバキのこと大好きだった。だから、あの日も守ったの。暗いのが来てツバキが危なかったから。せーので力を合わせて守ったの。
わたしはね、みんなよりちょっとだけ力が強かったの。だから一緒について行けたの。
神様は、
『この浮気者め』
って笑ってたけど。
わたしはツバキを守るって決めてたもん。ずぅっと、ずぅっと前から。ツバキが痛いのイヤ。苦しいのもっとイヤ。だから守るの。ツバキも。ツバキが大事にしてるものも。ぜーんぶ、わたしが守るの。
……だから。
早く起きなきゃ。
ツバキを守らないと。
なんだか呼ばれてる気がするの。
つばき。
つばき。
……ツバキ。
書き溜めはありますが、暫くは様子を見ながら1日1話から2話を目安に投稿しようと思っています!
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