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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第二章 エルフの里編

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氷結の剣士

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

 コフリンズが地面を蹴った。


 轟音。


 大地が沈み込み、巨体が砲弾みたいに突っ込んでくる。その速度は常識外れだった。重装騎士とは思えない。いや、重いからこそ速い。重力魔法によって無理やり身体を加速させているのだろう。巨大な剣が唸りを上げながら振り下ろされる。まるで山そのものが落ちてくるみたいだった。


 俺は剣を合わせた。


 ギィィィンッ!!!


 衝撃が両腕を貫く。骨が軋み、足元の地面が砕けた。靴が沈み込み、周囲へ蜘蛛の巣みたいな亀裂が走る。重い。ただの腕力じゃない。剣ごと重力を叩き付けてきている。


「これを耐えるか。エルフにしては上等だ」


 コフリンズが愉快そうに笑う。


 俺は答えない。


 剣を滑らせ、受けた力を横へ流す。そのまま身体を捻り、鎧の脇腹へ斬撃を滑り込ませた。刃が金属を削る音と同時に、白い冷気が弾ける。


 ピシ――ッ。


 鎧へ霜が走った。


 地面が白く染まる。


 周囲の草が凍り付き、葉先へ氷の結晶が咲いた。戦場の熱気を押し退けるように冷気が広がっていく。燃えていた枝葉すら白い霜を纏い、舞い散る火の粉は途中で凍り付いて地面へ落ちた。


「……氷魔法か」

 コフリンズの目が細くなる。


 俺は答えない。


 その代わり、もう一度剣を振った。


 白銀の斬撃が走る。


 空気そのものが凍り付き、軌跡に薄い氷の粒が舞った。剣が閃くたび冷気が広がり、少しずつ戦場の色が奪われていく。赤く燃えていた森は、いつの間にか白銀へ塗り替えられ始めていた。


「寒……っ」

「何だこの冷気……!」


 兵士たちが顔を青くする。


 吐く息が白い。


 指先を押さえながら後退していく者までいる。それでもコフリンズだけは構わず剣を振り抜いた。重力を纏った一撃が森を軋ませる。


 轟ッ!!


 だが俺は止まらない。


 氷の上を滑るように駆ける。正面から打ち合わない。鎧の隙間だけを狙い続ける。肩。脇腹。腿。首元。細かな傷を何度も刻みながら冷気だけを確実に送り込んでいく。


「鬱陶しい戦い方だ」


 ズンッ。


 重力が落ちた。

 空気そのものが押し潰される。

 背後で悲鳴が上がった。


「っ……!」


「息が……!」


 家を守っていたエルフたちが膝をつく。怪我人を抱えていた者がよろめき、子どもを守る母親が苦しそうに顔を歪めた。コフリンズはその光景を見て満足そうに笑う。


「いい顔だ。その顔を見るために戦ってる。安心しろ。殺しはしない」


 兵士たちが下卑た笑いを漏らす。


「エルフは高く売れるからな。女も子どもも金になる」


 胸の奥が静かに冷えた。

 怒りとは少し違う。

 もっと冷たい何かだった。


 剣から零れた冷気が地面を白く染めていく。砕けた氷の結晶が白い霧みたいに舞い続けていた。コフリンズは気付いていない。周囲の兵士たちも気付いていない。


 ただ一人、俺だけが知っていた。

 もう準備は終わっている。


「なんだ、怒ったか?」


 コフリンズが笑う。


 俺は静かに剣を構えた。


「……前にもいたな」

「何?」

「お前みたいなの」


 コフリンズの眉が僅かに動く。

 俺は視線を逸らさない。


「肥えたドブ臭いゴブリン」


 空気が凍った。

 兵士たちが息を呑む。

 コフリンズの顔から笑みが消える。


「……なんだと?」


「重い鎧を着て汗をかくから臭くてたまらないんだ。似てる。腐った臭いがするところまでな」


 怒りで顔が歪む。


 重力が爆ぜた。


 地面が陥没し、木々が悲鳴みたいな音を立てる。だがもう遅い。怒りに任せた呼吸はさらに荒くなっていた。


「ゴブリンズといったか?名前まで似ているな」

「黙れぇ!!!」


 コフリンズが叫んだ次の瞬間


「……っ、ごほ」


 血が飛んだ。


 コフリンズ自身が一番驚いた顔をしている。


 巨大な身体が僅かによろめいた。今まで絶対的な自信を浮かべていた顔から余裕が消える。喉を押さえ、何度か呼吸を繰り返すが上手く吸えないらしい。肩が上下するたび鎧が軋む音が聞こえた。俺は何も言わず、その様子を見ていた。


「……何をした」


 低い声だった。


 先ほどまでの威圧感は薄い。


 俺は剣を構えたまま答えない。


 周囲には白い冷気が漂っている。斬り結ぶたび砕けた氷の結晶が、まだ霧のように戦場を漂っていた。地面は霜に覆われ、草木は白く凍り付いている。兵士たちは寒さに震えながら後退していたが、誰もその意味には気付いていない。


「がっ……!?」


 再び血を吐いた。


 今度は量が多い。


 コフリンズの目が大きく見開かれる。


 肺の奥で何かが起きている。そんな顔だった。喉を押さえ、必死に息を吸おうとしている。だが吸うたび苦しそうに顔が歪む。ようやく違和感を覚え始めたらしい。


「苦しいか。気づかなかったのか?俺の氷を吸い込み続けてたことに」


 コフリンズの顔色が変わった。


 怒りではない。


 理解した者の顔だった。


 戦いの最中、俺は何度も氷を砕いてきた。斬撃がぶつかるたび舞い上がった氷の粒。空気へ溶け込んだ白い冷気。あいつは重力を振り回しながら荒い呼吸を繰り返していた。その度に少しずつ、少しずつ、自分から氷を肺へ取り込んでいたんだ。


「っ、てめ……そんな荒い呼吸するからだ」


 コフリンズが一歩後退る。

 だが遅い。

 もう間に合わない。


 俺は静かに地面を蹴った。


 氷の上を滑るように身体が走る。視界の端で兵士たちが何か叫んでいた。コフリンズも剣を持ち上げようとしている。だが動きが鈍い。肺を侵された身体は、もう戦闘に耐えられる状態じゃなかった。


「な――」


 最後まで言わせない。


 俺の剣が鎧を貫いた。


 鈍い手応えが腕へ伝わる。分厚い鉄を突き破り、その奥の肉を裂き、骨へ届く。コフリンズの巨体が止まった。目だけが信じられないものを見るように見開かれている。


「が……ぁっ!!」


 絶叫が響く。

 俺は剣を押し込んだまま魔力を流し込んだ。

 氷は血管を走る。傷口から侵入した冷気が全身へ広がり、内側から肉体を凍らせていく。鎧の隙間から白い霜が滲み始めた。コフリンズの身体が震える。恐怖で震えているのか、寒さで震えているのか、もう本人にも分からないだろう。


「ま、待っ……」


 その言葉に価値はなかった。


 エルフの子どもたちを値踏みしていた時、お前は止まらなかった。


 だから俺も止まらない。


 コフリンズの巨体が大きく震えた。


 さっきまで重力を振り撒き、森そのものを踏み潰そうとしていた男が、今は喉を押さえながら必死に空気を求めている。だが何度口を開いても肺は応えない。吸おうとするほど冷気は奥へ沈み込み、凍り付いた身体は主人の命令を聞かなくなっていく。首筋を這う白い霜は胸元へ広がり、鎧の隙間から零れた冷気が夕暮れの光を受けて淡く揺れていた。


「ぁ……が……っ!!」


 目が見開かれる。そこに残っていた怒りはもう消えていた。憎悪も傲慢さも、見下すような余裕もない。ただ恐怖だけだった。自分が死ぬのだと、今この瞬間、確実に終わるのだと、ようやく理解した者の目だった。


 巨体が一歩下がろうとする。だが動かない。足は凍り付き、肺は凍り付き、全身を巡る血は氷へ変わりつつある。力を振り絞るほど身体の内側から軋む音が響き、表面へ細かな亀裂が浮かび上がっていった。


 俺はそんな姿を冷たく見下ろす。


「臭い口を閉じろ」


 バキッ。


 乾いた音が森へ響く。


 それは鎧の砕ける音ではない。命が終わる音だった。傷口から流し込まれた氷の魔力が一気に全身を駆け巡り、内側から凍り付いた肉体を砕いていく。血管が裂け、骨が軋み、白い霜が蜘蛛の巣のように全身へ広がった。巨大な身体の表面へ無数の亀裂が走り、その隙間から冷気が溢れ出す。


 コフリンズの膝が落ちた。


 重い音が大地を揺らす。続いて上体が傾き、山のような巨体がゆっくりと崩れ始めた。纏わり付いていた氷が砕け、無数の結晶が宙へ舞う。赤く染まった氷片は夕陽を受けて鈍く輝き、まるで血で出来た宝石みたいに静かに地面へ降り注いだ。


「騎士団長が……!」

「殺された……!」


 兵士たちは青ざめたまま立ち尽くしている。信じられなかったのだろう。圧倒的だった騎士団長。絶対に負けないと思っていた男。森を蹂躙し、エルフたちを震え上がらせていた巨漢が、今はただ冷たい骸となって横たわっている。


 掠れた声を最後に戦場へ静寂が落ちた。風が吹き、白い霜がさらさらと流れていく。漂っていた冷気も少しずつ薄れ始めていた。


 俺は剣を引き抜く。


 凍り付いた血が砕け、赤い氷片となって足元へ転がる。その向こうから歓声が聞こえた。最初は小さかった声が一人、二人と増え、やがて大きな波になる。生き残った者たちの声。守られた子どもたちの声。絶望の底で希望を見つけたエルフたちの声だった。


 俺は振り返らない。


 歓声を浴びるつもりもない。ただ静かに剣へ付いた血を払い、鞘へ収める。夕暮れの風が頬を撫で、白い吐息が空へ溶けていく。


「さあ、後片付けをしよう」

作者のお気に入りの話です。毒舌っぷりがいい味出してますよね~。

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