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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第二章 エルフの里編

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井の中の蛙

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

 森の西側は地獄のようであった。


 焼け落ちた木々から黒煙が立ち昇り、血の匂いが湿った風に混じる。地面は何度も魔法で抉られ、踏みしめるたび泥と血が靴裏へまとわりついた。悲鳴も怒号も絶えない。戦場そのものが獣みたいに唸っている。


 その中をスクナは駆けていた。


 剣が閃くと兵士の首が飛ぶ。返す刃で二人目を斬り伏せ、そのまま前へ踏み込む。呼吸は荒いが、身体は驚くほど軽かった。


 戦士長との訓練が脳裏を過る。何度も叩き潰された。何度も地面へ転がされた。だが、その全てが無駄ではなかった。今なら分かる。以前の自分とは違う。


「ば、化け物だ!!」

「近付くな!!」

「囲め!!」


 兵士たちの声に怯えが混じる。


 スクナは鼻で笑った。


 剣を振るい続ける。獣人風情と見下していた連中の顔が恐怖で歪むのを見るたび、胸の奥が少しだけ冷えた。


「……ようやく見つけた」


 唐突なことに驚くが、はっきり耳へ届いた。

 本能的にスクナの足が止まる。

 獣が天敵の気配を察知した時のように、全身の毛が逆立つ。流れていた血の熱が一瞬で冷える。風が吹き、黒煙がゆっくり流れた。


 その向こうに男が立っていた。


 黒衣に細身の剣。痩せた身体。

 まるで影が人の形を取ったみたいだった。


 そこにいる、いるはずなのに、奇妙なほどに存在感が薄い。


「俺の部下が世話になったな。お前には随分と迷惑を掛けられた」


 鎖。檻。奴隷商。

 泣き叫ぶ獣人たち。切り落とされた左腕。忘れたくても忘れられない。嫌悪の記憶。


 スクナの目が細くなる。

「……てめぇらか」


 スクナが低く唸る。


 男は否定しなかった。


 むしろ僅かに目を細めただけだった。その反応が余計に気味が悪い。普通なら怒る。あるいは嘲る。だが男にはそういう感情の揺れが見えなかった。


「覚えていてくれたなら話は早い。私も君のことはよく覚えているよ。あの商会には期待していたんだが、随分と派手に壊してくれたからね」


 穏やかな声だった。


 雑談でもするみたいな口調だった。


 だが、その内容だけが異様だった。


 人の人生を壊したことも、獣人を売り買いしたことも、まるで壊れた荷車の話でもしているみたいに軽い。


「期待してた、だと?」


「そうだよ。あれだけ優秀な商品を集めるのは簡単じゃない。君たち獣人は丈夫だから助かるんだ。多少壊れても売り物になる」


 男は本当に不思議そうだった。

 なぜ怒っているのか分からない。

 そんな顔だった。


 その瞬間、スクナの背後で尾がぶわりと膨らむ。

 紅い焔がゆらりと揺れた。

 男の視線が尾へ向く。

 初めて興味を持ったように。


「それか」


 ぽつりと呟く。


「報告にあった覚醒個体というのは」


 風が吹く。

 戦場の喧騒が遠く聞こえた。


 それなのに二人の周囲だけ妙に静かだった。

 兵士たちも近付こうとしない。

 本能で理解しているのだ。

 ここへ入れば死ぬ。


「てめぇに関係ねぇだろ」

「関係はあるよ。上から回収命令が出ている」


 男が剣を抜く。

 たったそれだけなのに首筋へ刃を当てられているような殺気だ。


「生きたまま捕らえろと言われているんだ。できれば大人しくしてくれると助かるんだけど」


「断る」

「そう言うと思った」


 男が微笑んだ、その瞬間だった。

 スクナの視界から男の姿が消えて反射的に剣を振るう。


 ギィィンッ!!


 耳障りな金属音が響いた。

 受け止めたはずなのに身体ごと押し込まれる。地面が削れ、両足が土へ沈んだ。


 男は片手だった。まるで力んでいる様子もない。


「悪くない反応だ」


 次の瞬間、脇腹に熱が走った。遅れて激痛が襲う。

 いつ斬られたのか分からない。血が噴き出す。

 スクナは大きく後退した。

 男は元いた場所へ立っている。まるで最初から動いていなかったように。


「っ……」


 戦士長ですら動きは追えた。

 だが、こいつは違う。見失ったのではない。

 最初から視界に入らなかったのだ。


「君は強いよ」


 男が静かに言う。褒めているようにも聞こえた。

 だが目は笑っていない。


「少なくとも、この辺境では上位だろうね。でも残念ながら、それだけだ」

 男が一歩踏み出す度に、ゾクリ、と全身が粟立った。

 まるで巨大な魔物へ睨まれたみたいだった。

「世界は広い。君が思っているよりずっとね」


「世界は広い。君が思っているよりずっとね」


 男の声は穏やかだった。


 まるで世間話でもするような口調だったが、その一言には絶対的な事実を告げる冷たさがあった。


 スクナは血の混じる唾を吐き捨てる。

 脇腹から流れる血が地面を濡らしていた。

 だが目だけは死んでいない。

 男はそんな様子を見ても何も感じていないようだった。


「君くらいの実力者なら、この辺りではそう多くないだろう。戦士としても十分優秀だ。実際、私の部下たちは随分苦労させられた」


 褒め言葉のはずだった。

 けれどそこには敬意がない。

 珍しい獣を観察する学者のような声だった。


「だが、それだけだ」


 男が一歩前へ出る。

 たったそれだけで空気が変わった。

 戦場の喧騒が遠のき、兵士たちでさえ無意識に距離を取っていた。


 近くにいるだけで本能が警鐘を鳴らしているのだ。


「君が強くなった気でいるのも無理はない。奴隷商人程度なら倒せるだろう。並の兵士なら相手にもならない。だが残念ながら、君が見てきた世界はあまりにも狭い」


 男の姿が揺らぎゾクリ、と背筋が粟立つ。

 スクナは反射で身体を捻った。


 直後。


 ザンッ!!


 肩から胸元にかけて深い傷が走る。

 鮮血が舞った。


「ぐっ……!」


 吹き飛ばされながらも、なんとか着地する。


「例えば戦士長。彼は強いね」


 男は淡々と続ける。


「だが私なら十秒掛からない」


 その姿だけが異様に静かだった。


「そして私より強い者は、この国だけでも何人もいる」


 スクナの拳へ力が入る。

 認めたくない。だが身体は理解していた。

 さっきから一度も勝てる未来が見えない。

 男はそんなスクナを見下ろした。


「だから言っただろう」


 その瞳に初めて僅かな愉悦が浮かぶ。


「世界は広い、と」


 次の瞬間。


 男の魔力が溢れた。ドクン、と空気そのものが脈打つ。


 森が揺れて木々が軋む。

 近くにいた兵士たちが思わず顔を青くする。

 スクナは歯を食いしばった。


 本能が叫んでいる。

 逃げろ、と。


 だが逃げられない。

 後ろには守るべき里がある。

 仲間がいる。だから剣を握る。

 震える指で、なお強く。

 男はそれを見て小さく笑った。


「そういう目は嫌いじゃないんだよね」


スクナかっこいい…

スクナ推しはどのくらいいますか?「ノ」


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