エルフの里襲撃
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
その日の空は朝から重たかった。
灰色の雲が森を覆い、風もどこか冷たい。木々の葉はざわざわと落ち着かずに揺れ、普段なら聞こえる鳥の囀りも少ない。空気そのものが何かを警戒しているみたいだった。そんな空の下で、訓練場には乾いた木剣の音だけが規則正しく響いている。
「遅い」
「っ……!」
スクナは歯を食いしばりながら踏み込みを変えた。以前より滑らかだ。力任せに叩き込むだけではない。戦士長の呼吸と重心移動を読み、その隙間へ刃を差し込むように動いている。片腕という不利を埋めるために磨いてきた技術が、少しずつ形になり始めていた。
木剣が激しくぶつかる。
乾いた衝撃音が森へ響いた。
その直後、スクナの姿が半歩だけ消える。
「……ほう」
戦士長の目がわずかに細められた。
低く潜り込んだスクナが、そのまま斜め下から木剣を振り抜く。以前なら簡単に流されていた軌道だ。だが今は違う。戦士長は咄嗟に木剣を滑らせ、防御へ回らざるを得なかった。重い音が響き、周囲のエルフたちが一斉にざわつく。
「今の押したぞ!」
「戦士長が受けに回った!」
「スクナ、めちゃくちゃ強くなってるじゃないか!」
驚きの声が広がる。里でも戦士長へまともに食らいつける者は少ない。若いエルフたちは目を丸くしながら何度も見比べていた。スクナは荒い息を吐きながら口元を歪める。確かな手応えがあった。
「……っし」
その瞬間だった。
ぼっ、と紅い尾が現れる。
訓練場へ沈黙が落ちた。
焔みたいに揺らめく紅い尾が、スクナの背後でゆらりと揺れる。本人よりも先に周囲が気付いた。尾は誇らしげに揺れている。まるで主人の感情を隠す気などないみたいだった。
スクナの顔が引き攣る。
反射的に尾を押さえようとした、その瞬間だった。
ゴッ!!
「ッッッ!?」
「隙だらけだ」
頭へ木剣が落ちた。
周囲が一瞬静まり、それから盛大な笑い声が爆発する。スクナは頭を押さえながら蹲った。せっかく格好つけていた空気が一瞬で吹き飛んでいる。戦士長だけは真顔のままだった。
その少し離れた木陰では、椿が月詠を膝へ抱えながら静かに訓練を眺めていた。朝の光を受けた黒髪が風に揺れる。その周囲では精霊たちが楽しそうにはしゃいでいる。
ぽふっ。
「あつっ!?」
「またやられてはる」
「なんで私ばっかりなんですか!?」
火の精霊がマフィの額へ飛びつき、訓練場に笑いが広がる。いつもの里の光景だった。
その穏やかな空気を切り裂くように、突如として鐘の音が里中へ響き渡った。
ガンッ!!
ガンッ!!
ガンッ!!
笑い声が消える。
誰もが反射的に顔を上げた。エルフたちの表情から色が抜ける。戦士長は即座に森の入口へ視線を向け、マフィの顔も強張った。訓練場を吹き抜ける風まで重くなった気がした。
「……警鐘か」「結界だ」「誰かが接触している」
ざわめきが広がる。
その時、森の奥から里長が姿を現した。
普段の穏やかな空気はない。
「結界に接触反応があります。総員、戦闘準備。子どもたちを避難させなさい」
里長の声が響いた瞬間、里全体が動き出した。戦士たちは武器を掴み、弓兵は高所へ走り、魔法陣が次々と展開される。子どもたちは大人たちに連れられながら避難を始めた。さっきまで平和だった空気が嘘みたいに消えていく。
ゴォォォォォォンッ!!!
次の瞬間、森全体が揺れた。
遠くで巨大な何かが結界へ叩きつけられる。空気が軋み、木々が大きく震えた。鳥たちが一斉に飛び立ち、森そのものが悲鳴を上げたようだった。
「魔導具か!? 結界破壊用だ!!」
戦士長の鋭い声が森へ響いた。
その瞬間、枝葉を揺らしていた風がぴたりと止まる。里長の表情はさらに険しさを増し、深い皺が刻まれた。誰も口には出さなかったが、その場にいた全員が同じ予感を抱いていた。
「まずいな……」
次の瞬間だった。
パリンッ!!!
空が割れた。
硝子を砕いたような甲高い音が響き渡り、里を覆っていた結界に巨大な亀裂が走る。無数の光の欠片が雨のように降り注ぎ、森中を淡く照らしながら消えていった。守りが破られた。その事実だけが重く胸へ沈んでいく。
「進めぇぇぇぇぇッ!! エルフどもを逃がすな!! 白い獣を捕らえろ!!」
大量の兵士が雪崩れ込む。
視界の果てまで埋め尽くす軍勢が森へ流れ込んでくる。鎧の擦れる音が重なり、軍旗が不気味に翻り、無数の軍馬が地を鳴らす。その振動はまるで大地そのものが唸っているようだった。長らく戦と無縁だった里の者たちは、その光景だけで血の気を失った。
「……多すぎる」
マフィの声は掠れていた。
一万。
それは戦いではなく蹂躙のための数だ。
さらに後方には巨大な鉄檻が何台も並んでいる。捕獲用であることは一目瞭然だった。最初から略奪と奴隷狩りが目的なのだと分かる。森の空気が冷えていく。
軍勢の中央部
一頭の軍馬がゆっくりと前へ出る。
豪奢な鎧に金糸で縁取られた外套。太い指には幾つもの宝石が光っていた。
男は馬上から里を見下ろしている。
まるで畑の作物でも眺めるような目だった。
領主だ。
自分の勝利を一片も疑っていない者の目がゆっくりと椿を捉える。
黒髪に白い肌。異国の装束。
戦火と血煙の中にあっても、その姿だけは不思議なほど艶やかだった。
「ほう……白い獣だけではなかったか。随分と美しい女だな。あれほどの上玉なら高く売れるだろうし、手元へ置くのも悪くない」
ぞわり、と空気が粘つく。
「さあ、狩りの時間だ。女と子どもはなるべく傷付けるな。特にあの黒髪の女は丁重に扱え。白い獣も生け捕りだ。使い物にならなくなったら価値が落ちる」
兵士たちの怒号が森へ響き渡る。
子どもたちの顔から血の気が引いた。母親たちは震える腕で我が子を抱き締める。弓兵たちは歯を食いしばりながら弦を引いた。長く穏やかだった森が、瞬く間に戦場へ塗り替えられていく。
椿は静かに月詠を握った。
『ツバキ……』
先ほどまで無邪気にはしゃいでいた月詠の声は低い。
周囲を漂っていた精霊たちも異変を感じ取っていた。風は止み、火は揺らがず、水は静かに宙へ浮かんでいる。まるで怒りを押し殺しながら、何かを待っているようだ。
「スクナ、死なんといてね」
「……お前もな」
短いやり取りだが、それで十分だった。
スクナは静かに剣を抜く。椿は月詠を構える。言葉以上に互いを理解している空気がそこにはあった。背中を預けることに迷いはない。
次の瞬間。
轟ッ!!
椿の矢が放たれる。
風の精霊たちが一斉に集まり、咆哮する暴風となって兵士たちへ襲い掛かった。先頭を走っていた兵士たちがまとめて吹き飛び、木々を薙ぎ倒しながら大地を転がっていく。土煙が舞い上がり、悲鳴が響く。
だが止まらない。
敵は次々に押し寄せて、混乱は瞬く間に広がり、長く平和だった里を呑み込んでいった。
その時だった。
「きゃああああっ!! 離してぇっ!!」
幼いエルフの悲鳴が響き椿が振り向いた。
血を流して倒れる大人たち。その前で兵士が幼いエルフを乱暴に抱え上げていた。
「暴れるな!! 上玉だぞ!! 丁重に運べ!!」
その光景を目の当たりにした椿の顔からは笑みが消え、空気そのものが凍り付いた。
「……何してはるん?」
その場にいた誰もが、本能的に息を呑んだ。
ズドンッ!!!
兵士の上半身が消し飛ぶ。暴力そのものだった。
圧縮された風の刃が兵士たちをまとめて引き裂き、血飛沫が赤い雨となって舞い散る。幼いエルフだけを避け、周囲の敵だけを正確に切り裂いていた。その精密さが余計に恐ろしい。
椿はただ静かに月詠を引いている。
その周囲では精霊たちが荒れ狂っていた。
森そのものが怒っているようだ。
そして馬上の領主は、その姿を見て愉しそうに目を細める。
「……なるほどな。ますます欲しくなった」
欲望に濁った笑みがゆっくりと深くなった。
お待たせしました!いよいよエルフの里襲撃編です。
ここからは戦争がしばらく続きます。
引き続きよろしくお願いします!
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