残酷な結末と狛犬の名前
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
短剣が迷いなく喉元へ突き込まれた。
男の目が見開かれる。
「……ぁ、ぁ……ッ」
声にならない音が漏れ、そのまま力尽きた。
椿は息一つ乱さず、地面へ視線を落とす。そこには、さっき下ろした獣人の少女が横たわっていた。苦しそうだった呼吸は、さらに浅くなっている。小さな身体が熱に浮かされるように震え、喉の奥で浅い息が絡んでいた。
見れば分かった。
もう長くない。
椿は静かにしゃがみ込み、そっと少女を抱き上げた。
――熱い。
抱えた瞬間、腕の中へじわりと熱が伝わってくる。壊れてしまいそうなくらい細い身体だった。少女はうっすら目を開けた。ぼやけた瞳が、ゆっくり椿を見る。
「……ぁ……」
唇が震えている。
「……こわ、いよぉ……」
椿は少女の乱れた髪をそっと撫でた。
「もう怖いことなんてあらへんよ」
穏やかな声だった。
「誰も、追いかけてきぃひんから。もう無理して逃げんでもええ」
少女の目から、涙がぽろりと零れる。ぽた、ぽた、と。熱に浮かされた頬を、小さな涙が流れていく。震える指が、弱々しく椿の着物を掴んだ。
「……や、だ……」
小さな喉がひくりと震える。
「しにたく……なぃ……」
掠れた声だった。
それでも、その言葉だけははっきり聞こえた。
「……いきたいよォ……」
涙が止まらなかった。
怖かったのだ。苦しかったのだ。
それでも、まだ生きたかった。
椿の目が、ほんの少しだけ揺れる。
椿は小さな身体を包み込むように抱きしめた。
「……大丈夫」
静かな声だった。
「一人やないよ。ちゃんと、ここにおるから」
狛犬も少女のそばへ寄り、小さく鼻を鳴らす。
「くぅん……」
少女の指先が、わずかに狛犬の毛を掴んだ。
「……あった、か……」
「わふっ」
狛犬は安心させるみたいに尻尾を揺らす。
少女の呼吸が、少しずつ弱くなる。小さな手が、ぎゅっと椿の着物を握った。
「……あったか、い……」
その声は、あまりにも小さかった。
椿は何も言わない。
ただ、静かに髪を撫で続ける。
やがて。
少女の身体から、ふっと力が抜けた。
その瞬間だった。
胸元から、淡い光がひと筋こぼれる。蛍火のような、小さな光。それは空へ昇るでもなく、ふわり、ふわりと漂った。
狛犬がじっとその光を見つめている。
「くぅ……」
椿もまた、黙って見送っていた。
やがて光は、風へ溶けるように消えていく。
森は静かだった。
少女の手が、ゆっくり椿の袖から滑り落ちる。
椿はしばらく動かなかった。ただ、小さな身体を抱いたまま、静かに目を伏せていた。狛犬も鳴かない。ただ、寄り添うように椿の隣へ座っている。
しばらくして。
椿は静かに立ち上がった。
腕の中の少女は、もう動かない。
それでも落としてしまわないように、椿はそっと抱き寄せた。
背後には、転がったままの男たちの死体。血の匂い。濁った空気。椿はそちらを一瞥して、静かに踵を返した。
「……こんな場所、嫌やよねぇ」
小さく呟き、歩き出す。
狛犬も「わふ」と小さく鳴いて、黙って隣を歩いていた。
森の奥へ進むにつれ、空気が少しずつ変わっていく。風が柔らかい。木漏れ日が揺れ、葉擦れの音が静かに響いていた。
やがて小さな花が咲く場所へ辿り着いた。
白や薄紫の花が、陽の光を受けて揺れていた。
椿はその場へ静かにしゃがみ込む。
「……ここなら、ええかな」
返事はない。
けれど、狛犬が小さく鳴いた。
「わふっ」
椿は少女をそっと地面へ寝かせる。それから、静かに土を掘り始めた。爪が汚れるのも気にしない。柔らかな土を、少しずつ。少しずつ。
やがて、小さな身体を眠らせるには十分な穴ができた。
椿は少女を抱き上げた。乱れた髪を整え、土の上へそっと横たえる。
「……もう、逃げんでもええからね。次は、ちゃんと優しいとこへ行き」
狛犬が少女の頬へ鼻先を寄せる。
「くぅん……」
椿はそっと土をかけていく。白い花びらが風で揺れ、一枚、少女の髪へ落ちた。
全部を埋め終えたあと、椿はしばらくその場を動かなかった。
静かに手を合わせる。
狛犬も向かいに座り、じっと墓を見つめていた。
風が吹くたび小さな花が揺れる。
椿はしばらく墓の前に立っていた。
ふと横を見ると狛犬が、すぐそばにいた。
いつの間にか距離が縮まっている。
「……ついて来はるつもり?」
問いかけると、狛犬が小さく鳴いた。
「わふっ」
そのまま当然みたいに椿の隣へ並ぶ。
椿はほんの少しだけ目を細めた。
「仕方のない子やねぇ。そんな堂々と居座られたら、追い出されへんやないの」
狛犬は嬉しそうに尻尾を振る。
「わふぅ♪」
そう呟いてから、椿はふと思い出したように視線を落とす。
神社で見た、あの石の姿。古びた狛犬。
「……コマ」
ぽつりと名を落とした。
「狛犬やったんやろ。ほな、そのままでええね」
白い獣――コマの耳がぴくりと動く。
気に入ったらしい。
「わふっ!」
椿はわずかに笑い、そのまま踵を返した。
少し歩けば、また血の匂いが濃くなった。木々の隙間から、倒れた男たちの姿が見える。さっきまで騒がしかった場所とは思えないほど静かだった。
椿はその光景を一瞥する。
表情は変わらない。
ただ、目だけが冷えていた。
「……人を物みたいに扱うから、こうなるんよ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
コマが低く鼻を鳴らした。
「ぐるる……」
椿は男の一人の前へしゃがみ込み、懐を探る。革袋。中には硬いパンと干し肉、それから貨幣が入っていた。
指先で一枚摘み、軽く眺める。
「……銅、かしら」
さらにもう一枚。こちらは少し重い。
「こっちは銀やねぇ」
奥からは鈍く光る金貨も出てきた。
「よう持ってはること」
男たち全員から集めると、金貨が二枚、銀貨が十枚ほど。銅貨もそれなりにある。この世界の価値はまだ分からない。けれど、しばらく食べるには困らなさそうだった。
袋ごと肩へかける。
別の男の側には、小ぶりの弓と矢筒が落ちていた。
椿は弓を拾い上げ、軽く弦を引く。
張りは悪くない。指へ馴染む感覚に、ほんのわずか目を細めた。
幼い頃から引いてきた弓だ。
身体のほうが、どう扱うか覚えている。
「……悪うないなぁ」
矢筒を背へ回し、状態の良い短剣を帯へ差し替える。
「使えるもんは、遠慮のう使わせてもらいます」
コマが隣で「わふっ」と鳴いた。
椿は小さく笑う。
「ほんま、ちゃっかりしてはるねぇ」
それ以上は言わない。
椿は立ち上がり、森の奥へ視線を向けた。
その奥にはまだ嫌な気配が残っている。
椿は静かに目を細めた。
「……ほんま、穏やかやない世界やねぇ」
書き溜めはありますが、暫くは様子を見ながら1日1話から2話を目安に投稿しようと思っています!
応援よろしくお願いします!




