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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第二章 エルフの里編

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新しい仲間と悪意の予感

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。


「ツバキさん! その弓、本当に喋ってるんですか!?」


 真っ先に駆け寄ってきたのは、まだ十歳にも満たないくらいのエルフの少女だった。


 陽の光を受けた金色の髪がさらさらと揺れ、その瞳は好奇心でいっぱいに輝いている。月詠を抱えた椿の前まで来ると、背伸びをするようにして白銀の弓を見上げた。


 その声をきっかけに、遠巻きに様子を窺っていた子どもたちまで集まり始める。


「どんな声なの!?」

「怖くないの!?」

「その弓、ほんとに喋ってるの!?」

「なんでツバキだけ聞こえるの!?」


 一気に飛んできた質問に、椿は思わず目をぱちぱちさせた。


 森の中で暮らすエルフの子どもたちは人懐っこい。特に珍しいものを見つけた時の行動力は大人顔負けだった。気付けば椿の周囲には小さな輪が出来上がり、皆が期待に満ちた目で見上げている。


「ちょぉ待ってぇ。順番に聞いてくれへんかったら、うちも何から答えたらええか分からへんよぉ」


『ニギヤカ!!』


 ぱき、と月詠が嬉しそうに鳴った。


 頭の奥へ響いた声は、まるで祭りではしゃぐ子どもそのものだ。楽しそうな感情がそのまま伝わってきて、椿の口元が緩む。


 弓を持っているというより、小さな子どもを抱えているような気分だった。


「ふふっ、あんたほんま楽しそうやねぇ」


「また喋った!?」

「今なんて言ったの!?」

「絶対なんか言ったやろ!?」


 子どもたちがさらに身を乗り出す。


 椿は少し困ったように笑いながらも、その勢いが嫌ではなかった。むしろ久しぶりに感じる賑やかさが心地良い。


「秘密ぅ。教えたら調子乗ってしまいそうやし」


 途端に子どもたちから不満そうな声が上がる。


 その様子を見ていたマフィは額へ手を当て、小さくため息を吐いた。


 昨日まで里中が警戒していた旅人が、たった半日で子どもたちの中心になっている。理解が追いついていないのだろう。


「……なぜ、こんな短時間で懐かれているんですか。普通ならもう少し距離を取られるものなんですが」


「うちにもよう分からへんよぉ。気ぃ付いたら囲まれてしもたんやもん」


 苦笑しながら視線を落とす。


 すると、一人の男の子が月詠を食い入るように見つめていた。


 憧れ。


 羨望。


 そんな感情が隠しきれず顔に出ている。


「弓、好きなん?」

「えっ……あ、うん!」

「いつか使ってみたいん?」


 その問いに、男の子の顔がぱっと明るくなる。

「使いたい! 父さんみたいに格好良く撃ってみたい!」


 その言葉に椿は優しく笑った。

 昔の自分も似たような顔をしていた気がしたからだ。


「ほな、まずは姿勢からやねぇ。弓いうんは腕力より立ち方の方が大事なんよ。肩に力入れすぎたらあかんし、こうして背筋を伸ばしてな」


 その場へしゃがみ込み、そっと背中へ手を添える。

 ふわりと流れた黒髪が肩を滑り落ちた。

 男の子は少し緊張しながらも言われた通り姿勢を整えていく。


「こ、こう?」

「そうそう。上手いやん。筋も悪うないよ」


 褒められた瞬間、男の子の耳が嬉しそうにぴくりと動いた。


 周囲で見ていた子どもたちからも歓声が上がる。

 その様子を少し離れた場所から見ていた若いエルフたちは、いつの間にか警戒を忘れていた。

 目の前にいるのは子どもと同じ目線で笑う、ごく自然な女性だった。


「すげぇ!」

「もう一回見たい!」

「風のやつ格好よかった!」


「なんや、人気者になってしもたねぇ」


『ニンキモノ!!』


 ぱぁん!と月詠が誇らしげに鳴る。


 その音に子どもたちがまた笑った。警戒していた視線は消え、代わりに好奇心と親しみが広がっている。椿自身も気付かないうちに、里の空気へ溶け込み始めていた。


 やがて訓練は終わり、夕暮れが森を茜色に染めていく。


 木々の隙間から差し込む光は柔らかく、葉の一枚一枚を金色に輝かせていた。訓練場にいたエルフたちも、それぞれ家路へついていく。子どもたちは最後まで月詠へ手を振りながら帰っていった。


「今日はよう動いたわぁ」

『ツバキ、ツヨカッタ!!』


 ぱぁん、と機嫌良く弦が鳴る。


 椿は思わずくすりと笑い、白銀の弓身をそっと撫でた。月詠は満足そうに微かに震え、精霊たちもその周囲を楽しげに漂っている。


「ありがとうさん。ほな、そろそろお返ししよか」


 そう言って里長へ弓を差し出した瞬間だった。


 パキン!!


 鋭い音が訓練場へ響き渡る。


 同時に突風が巻き起こり、椿の黒髪が大きく舞い上がった。周囲の葉が一斉にざわめき、精霊たちまで慌てたように飛び回る。


「……っ!?」


 椿が目を丸くする。

 月詠が明らかに拒絶していた。


『ヤダ!!』

「……あら」

『ツバキ、ハナス、ヤダ!!』


 ぱぁん! ぱぁん!


 駄々をこねる子どもみたいに弦が鳴り続ける。


 訓練場に残っていたエルフたちが騒然となった。マフィですら言葉を失い、若い戦士たちは何度も目を擦っている。


「月詠が……怒ってる?」

「いや、怒ってるというか……」

「拗ねてる?」


 誰もこんな光景を見たことがなかった。


 何百年もの間、里長以外に心を開かなかった弓だ。それが今では、返されるのを全力で拒否している。


「そんな嫌なん?」

『ヤダ!!』


 即答された椿がとうとう吹き出す。

「ふふっ、えらい懐かれてしもたねぇ」


 やがて里長は静かに息を吐いた。


「……そこまで拒むなら仕方ありません」

「里長!?」

 マフィが思わず声を上げる。


 だが里長は首を横へ振った。


「月詠自身が選んだのです。ならば、その意思を尊重するべきでしょう」


 訓練場が静まり返る。里の宝とも呼べる弓だ。

 それを迷い人へ譲る。普通ならあり得ない決断だった。


「ええの?」

「構いません」


 里長の声は穏やかだった。


「私は長く月詠を見てきました。ですが、あれほど感情を表に出した姿は初めてです」


『ツバキノ!!』


「はいはい」


 椿が優しく撫でると、月詠は満足そうに小さく鳴った。


 その光景を見ていた若いエルフたちからも、少しずつ笑い声が漏れ始める。


「なんなんだ、あれ」

「完全に飼い主見つけた犬だろ」

「弓なんだが……」


 スクナも腕を組んだまま呆れた顔をしていた。


「……意味分かんねぇ」

「スクナも仲良うしたらええのに」

『ヤダ!!』

「なんでやねん」


 夕暮れの森は静かで、木々の葉を揺らす風も優しい。エルフたちの表情から警戒は消え、里には久しぶりの賑やかな笑い声が広がっていた。


 だから誰も気付かなかった。

 森の外で、悪意が動き始めていたことに。

 夜の帳が落ち始めた頃。


 森から遠く離れた街の一角で、一人の男が報告書へ目を通していた。


 薄暗い執務室だった。


 窓の外では雨が降り始めている。机の上に置かれたランプだけが揺れ、その光が男の顔へ不気味な陰影を落としていた。


「白い獣、だと?」

 机の前には数人の部下が跪いていた。

 誰も顔を上げない。


「はっ……! 尋常ではない治癒能力を確認しております。また、獣人の青年と黒髪の女を中心とした集団と行動しているとの報告も」


 男は指先で机を叩く。

 乾いた音だけが部屋へ響いた。


 白い獣。


 常識外れの治癒能力。

 そして迷い人らしき女。

 それらの単語が頭の中でゆっくり繋がっていく。


「……面白い」


 男の口元が歪む。

 その目に浮かんだのは単純な興味ではない。禍々しいほどの強欲。


「伝承に語られる神獣へ至る可能性があるな」


 部屋の空気が変わり部下たちが息を呑んだ。


 神獣。


 それは王ですら欲しがる存在。

 手に入れた者は莫大な富と権力を得るとされている。


 男はゆっくり立ち上がった。

 窓へ歩み寄り、雨の降る夜空を見上げる。


「森を探れ」

逆らうことは許されない。


「必ず見つけ出せ。そして白い獣は傷一つ付けるな」

 その視線の先には、すでに獲物しか映っていなかった。


「生きたまま連れてこい」


 窓を打つ雨音だけが、静かに響いていた。


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