無自覚な想い
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
椿は小さく頷いた。
焚き火がぱちりと音を立てる。揺れる橙色の光がそれぞれの横顔を照らしていた。里の夜は静かで、木々のざわめきだけが遠くで響いている。椿は膝を抱えながら火を見つめ、ふと思い出したように顔を上げた。
「……そうや」
「スクナって、どんな魔法使わはるの?」
「髪、綺麗な緋色やし……やっぱり火とかやろか」
何気ない問いだった。
興味本位の、ただの会話のひとつ。けれどその瞬間、空気がわずかに止まる。焚き火の音だけが妙にはっきり耳へ届いた。スクナは少しだけ視線を伏せる。
「……使えねぇよ」
短い返事だった。
普段より少し固い声。椿はその変化に気付いたが、それ以上は聞かなかった。ただ小さく頷くだけだ。
「そうなんやね」
沈黙が落ちる。
無理に踏み込まない。その優しさに助けられることもある。だが今夜は別の声がその静寂を破った。
「獣人は本来、魔法との親和性が高い種族だ」
「理屈より先に感覚で扱う」
エルフは焚き火を見つめたまま続ける。
淡々とした口調だった。だがその内容は容赦がない。まるで事実だけを切り取って並べているようだった。
「耳と尾は、そのための器官でもある」
「魔力を受け取り、巡らせ、外へ流す」
「それを失えば扱えなくなるのは当然だ」
火が小さく揺れる。
スクナの指先がわずかに握り込まれる。聞き慣れた話だった。何度も突き付けられてきた現実だった。それでも慣れることはない。
「……分かってる」
「流れを断たれた状態では、どれだけ感覚が優れていても意味はない」
「……だから使えねぇって言ってんだろ」
「事実だ」
静かな応酬だった。
怒鳴り声はない。だが火花のような緊張があった。焚き火の温かさとは反対に、その場の空気だけが少し冷えていく。
「現状、お前は魔法を扱えない」
「……だが」
「獣人の中には覚醒する個体もいる」
スクナの目がわずかに動く。
先日の戦いを思い出していた。感情に呼応するように現れた紅い焔の尾。理屈では説明できない力だった。
「失われた感覚を補い、別の形で魔力と繋がる例も確認されている」
「極めて稀だがな」
それだけ言ってエルフは口を閉じた。
火の弾ける音が戻ってくる。誰もすぐには何も言わない。夜の静けさがゆっくりと隙間を埋めていった。
「……綺麗な色やもんね」
「似合わんまま終わるには、もったいないわ」
椿の声は柔らかかった。
励ますわけでもない。慰めるわけでもない。ただ思ったことを口にしただけだった。それなのにスクナは返事ができなかった。
焚き火の向こうで紅い尾が小さく揺れる。
その色だけが夜の闇に鮮やかだった。
案内された家は巨大な樹をそのまま削り出したような造りだった。扉を開けた瞬間、優しい木の香りが鼻をくすぐる。長い年月を生きた木だけが持つ落ち着いた匂いだった。床も壁もほんのり温かく、光の粒が天井近くを漂っている。
「……ええ匂いやねえ」
「落ち着くわ」
椿はゆっくり息を吸い込む。
どこか懐かしいような感覚だった。異世界へ来てからずっと張り詰めていた心が少しだけ緩む。
「奥の布団も使え」
「森の奥に湯場がある」
「疲れはそこで落とすといい」
エルフは必要なことだけを告げる。
相変わらず無駄がない。だが気遣いは感じられた。
「……ええの?」
「客人だ」
短く答え、エルフは静かに去っていく。
残された椿は布団へ触れた。指先がふわりと沈む。思わず笑みが零れるほど柔らかかった。
「ほな、お言葉に甘えて行こかな」
「……俺も行く」
「護衛だ」
「一人で行かせるわけにはいかねぇ」
「……過保護やねえ」
「違ぇよ」
椿はくすりと笑う。
否定するわりに、こういう時だけ妙に頑固だ。スクナは視線を逸らしたまま黙っている。
湯場は森の奥にあった。
石に囲まれた湯から白い湯気が立ち上る。夜空には無数の星が瞬き、揺れる水面へ映り込んでいた。まるで空をそのまま閉じ込めたような光景だった。
「……綺麗やね」
椿の呟きが夜へ溶ける。
スクナは視線を逸らし、少し離れた場所へ立った。
「……ここで見張ってる」
「ありがとうね」
椿が湯へ浸かる。
じんわりと身体の力が抜けていく。傷も疲れも溶けていくようだった。水面に揺れる星を眺めながら、小さく息を吐く。
「……あったか」
森は静かだった。
だからこそ草の揺れる音がはっきり聞こえた。
「……誰だ」
スクナが振り向く。
そこにいたのはコマだった。
白い身体が一直線に椿へ向かう。
「おい、待て!」
止めようと踏み出した足が滑る。
同時に椿もコマへ手を伸ばしていた。ぶつかる。身体が傾く。気付いた時には後ろから抱き留める形になっていた。
湯が大きく跳ねる。
距離が近い。
近すぎる。
「……」
視線の置き場に困る。
目を逸らそうとして、脇腹に残る傷跡が目に入った。薄く残る無数の傷。椿が歩いてきた時間を物語る傷だった。
「……悪い」
慌てて身体を離す。
ほんの一瞬だったはずなのに心臓だけがやたらとうるさい。
椿はそんな様子を見て、ふっと微笑んだ。
「大丈夫やよ」
それからコマを抱き上げる。
濡れるのも構わず胸へ抱き寄せ、頭を優しく撫でた。
「コマ、あかんよ」
「毛あるし、みんなも使う場所やから」
叱られているはずなのにコマは嬉しそうだった。
尻尾をぶんぶん振り回しながら顔を擦り付けている。椿は困ったように笑うばかりだった。
「……外で待ってる」
スクナはそれだけ言って背を向ける。
これ以上そこにいるのは無理だった。
外へ出ても鼓動はなかなか落ち着かない。頭に残るのは一瞬の温もりだった。訳が分からず小さく舌打ちする。
「……なんだよ」
腕の中ではコマが満足そうに丸くなっていた。
夜風が頬を撫でる。それでも熱はなかなか引かなかった。
部屋へ戻る頃には夜も更けていた。椿は布団へ身体を沈める。柔らかな感触に思わず笑みが零れた。コマも当然のように隣へ潜り込む。
「……ふかふかやね」
「わふ」
「……あったか」
コマは目を細める。
撫でられるたびに気持ち良さそうな声を漏らしていた。
「……どうしたん?」
「別に」
戻ってきたスクナは落ち着かない様子だった。
顔を背けたまま座り込む。椿は少しだけ不思議そうに見たが、それ以上は聞かなかった。
「先寝るね」
「……ああ」
灯りが静かに揺れる。
椿は目を閉じた。コマも寄り添うように丸くなる。穏やかな寝息が聞こえ始めるまで、そう時間は掛からなかった。
スクナだけがしばらく眠れなかった。
暗闇を見つめる。頭から離れない光景がある。振り払おうとしても浮かんでくる。
「……くそ」
小さく吐き捨てる。
考えるな。
考えても仕方ない。
「……寝よ」
無理やり目を閉じた。
森の夜は静かだった。揺れる木々の音だけが遠くで響いている。その優しい音に包まれながら、やがて全員の意識は静かな眠りへ沈んでいった。
こちらで第一章完結とさせていただきたいと思います!
第二章からは修行から里襲来編と続きますので引き続き応援よろしくお願いします!
毎日20時更新です!
ブックマーク 評価 応援よろしくお願いします!




