エルフの里
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
「……笑ってる場合か」
「焦ったかて出られへんやろ?」
椿は肩を竦めながら周囲を見回した。迷ったという事実そのものより、この森に漂う妙な違和感の方が気になっているらしい。さっきから同じ景色ばかりが続いている。曲がった木も、割れた岩も、絡みついた蔦も、まるで森そのものが侵入者を弄んでいるようだった。
その時だった。
コマが不意に足を止める。
耳をぴんと立て、低く唸りながら森の奥を見つめていた。
「……どうしたん?」
「わふ」
「何か見つけたのか」
コマの視線の先で淡い光がふわりと浮かび上がった。蛍に似ているが違う。小さな光は生き物のように揺れながら森の奥へ進み、途中で立ち止まるとこちらを振り返るように明滅した。
「なんやろねぇ」
「罠かもしれねぇぞ」
「かもしれへんね」
そう言いながら椿は迷いなく歩き出す。スクナは呆れたように眉を顰めたが結局後に続いた。コマは嬉しそうに尾を振りながら先頭を歩いている。まるで最初から疑う気などないらしかった。
光を追って進むにつれ、森の空気が少しずつ変わり始めた。
纏わり付くようだった重苦しさが薄れていく。
耳を澄ませば風の音が聞こえる。
枝葉の擦れる音も戻っていた。
「……なんだこれ」
「通されたんやろねぇ」
椿がそう呟いた瞬間、案内していた光がふっと消えた。同時に周囲へ複数の気配が現れる。木の上。枝の影。地面ではなく頭上から無数の視線を感じた。スクナの手が自然と刀へ伸びる。
「囲まれてるな」
「せやねぇ」
次の瞬間、木々の間から人影が現れた。
長い耳。
整った顔立ち。
森の色に溶け込む衣服。
全員が弓を持っている。
だが誰も矢を番えてはいなかった。
「……白の」
「まさか」
誰かが小さく息を呑む。
張り詰めていた空気が別のものへ変わった。警戒ではない。驚きだった。いや、それ以上の感情だった。彼らの視線は椿でもスクナでもなく、コマへ向けられていた。
「その方とはどこで出会った」
「気ぃ付いたら一緒におったんよ」
前へ出てきた男はコマから目を離さない。金色の瞳には明らかな動揺が浮かんでいた。やがてゆっくりと椿へ視線を向ける。長い年月を生きた者特有の静かな威圧感があった。
「名は」
「一宮椿です」
「……迷い人か」
椿の目がわずかに細まる。
聞き慣れない言葉ではなかった。人喰いも同じようなことを言っていた気がする。だが今は問い返さない。まずは相手の出方を見る方が先だった。
「さっきの光はお前らか」
「そうだ」
「精霊が案内した」
男は短く答えた。
その声には敵意がなかった。むしろどこか納得したような響きすらある。もう一度コマを見ると、小さく息を吐いた。
「……その方が選んだなら問題はないのだろう」
「助けてもろたみたいやねぇ」
「来い」
それだけ言うと男は背を向ける。
スクナは不満そうに眉を顰めた。
どう考えても怪しい。
だがコマはすでに歩き出していた。
「……信用できるのか」
「コマが行く気やしねぇ」
「はぁ……」
スクナは諦めたように息を吐く。
結局、それが一番信用できる判断材料だった。
森の奥へ進むにつれ景色は少しずつ変わっていった。
そして視界が開けた。
「……綺麗やねぇ」
「……」
椿は思わず足を止めた。
森の中に里があった。
枝が屋根になり、根が床になり、蔦が壁になっている。人が森を切り開いたのではない。森そのものが人を受け入れて形を変えたような場所だった。
「里だ」
「そうだ」
前を歩く男が振り返らず答える。
その頃には至る所から視線が集まっていた。木の上。家の窓。枝の影。多くのエルフたちがこちらを見ている。
里へ足を踏み入れてからというもの、エルフたちの視線は絶えずコマへ注がれていた。枝の上から覗く者もいれば、家の窓からそっと様子を窺う者もいる。そのどれもが警戒ではなく、どこか畏敬に近い感情を含んでいた。
「……人気者やねぇ」
「わふ」
コマは満更でもないらしい。ふわりと尾を振り、胸を張るように一歩前へ出る。その姿を見た若いエルフが思わず息を呑み、やがて静かに頭を垂れた。
「白き守り……」
その呟きは波紋のように広がっていく。近くにいた者が頭を下げ、その様子を見た別の者も続いた。誰かが命じたわけではない。ただ自然に、敬意が連なっていく。
「……なんなんやろねぇ」
「俺に聞くな」
スクナは居心地悪そうに眉を顰めた。
視線を集めている本人はというと、自分が褒められていることだけは理解しているらしく、ますます得意そうな顔をしている。椿は思わず笑いながら頭を撫でた。
するとコマはさらに胸を張る。なんとも可愛らしい子だ。
「嫌われてへんだけ、ええことやね」
「わふっ」
案内された先は里の中心にある大樹の根元だった。巨大な幹は見上げても頂が見えず、枝葉の隙間から零れる木漏れ日が地面へ揺れる模様を描いている。風は涼しく、森の匂いが心地よい。ここへ来るまで張り詰めていた緊張が少しずつ解けていくようだった。
「ここで休むといい」
「ありがとうございます」
椿は素直に腰を下ろした。
疲れがなかったわけではない。怪我は治りかけているとはいえ、連日の戦いと逃走で身体は悲鳴を上げている。隣ではスクナも木の根へ背を預け、ようやく警戒を少しだけ緩めていた。
「一宮椿と言ったな」
「はい」
「迷い人だそうだな」
エルフの男は興味深そうに椿を見ていた。
敵意はない。ただ純粋な好奇心だった。長命種らしい落ち着いた雰囲気があり、どこか本を読む学者のようにも見える。
だからこそ、その次の言葉には少し驚いた。
「千年ほど生きているが、実際に見るのは初めてだ」
「千年ですか」
「エルフは長命だからな」
さらりと言われても実感が湧かない。
百年ですら想像できないのに、その十倍である。椿は苦笑しながら肩を竦めた。
「ほな、お互い珍しいもん見てるんやねぇ」
「そうかもしれんな」
男が僅かに口元を緩めた、その時だった。
ぐぅぅぅぅぅぅ。
盛大な音が辺りへ響いた。
風が止まったような沈黙。
視線が一斉に集まる。
「……」
「……」
犯人はもちろんコマだった。
本人は何事もなかったような顔で座っている。むしろ不思議そうですらある。どうして皆こちらを見るのか分からない、と言いたげだった。
「ふふっ」
「ほんま正直やねぇ」
椿が笑うと、コマは嬉しそうに尾を振った。
その様子を見たエルフたちも堪えきれなかったらしい。あちこちから小さな笑い声が漏れる。張り詰めていた空気が一気に柔らかくなった。
「食事を用意しよう」
「助かります」
しばらくして運ばれてきた料理は実に質素だった。香ばしく焼かれた魚。色鮮やかな果実。葉に包まれた温かな料理。それだけなのに、不思議と食欲をそそる香りが漂ってくる。
「いただきます」
「わふ」
椿は魚を口へ運び、小さく目を細めた。
余計な味付けはされていない。けれど素材そのものの旨味が強く、疲れた身体へ優しく染み渡る。森で暮らす者たちらしい素朴な味だった。
「……やさしい味やねぇ」
「口に合ったなら良かった」
一方その頃、コマは別の戦いを始めていた。
あまりにも自然に食べ物が消えていくので、一瞬誰も止められなかった。
「おい、待て。それツバキの分だろ」
スクナが慌てて皿を引き寄せる。
するとコマもじりじりと前進した。耳は立ち、瞳は真剣そのものだ。神獣としての威厳などどこにもない。ただの食いしん坊だった。
「コマ、待ちなさい」
「わふ」
「待ってへんやん」
椿の言葉に反応したのか、一応止まる。
だが視線は皿から一瞬たりとも外れない。
今にも飛び掛かりそうだった。
「ええよ、食べ」
「よくねぇだろ」
「うちは後で食べるし」
コマはぴたりと動きを止めた。
そして椿を見る。
本当に食べていいのか確認しているらしい。
賢いのか賢くないのか分からなかった。
「ええよ?」
「わふっ!」
許可が出た瞬間だった。
尾がぶんぶん振られ、再び食事へ突撃する。あまりの勢いにエルフたちも目を丸くしていた。
スクナは額を押さえながら深々とため息を吐く。
「……ほんとに分かってんのか、こいつ」
「分かってるんやろ?」
椿が頭を撫でる。
コマは満足そうに目を細めた。
どうやら本人の中では完璧に筋が通っているらしい。スクナはしばらく黙ってその様子を見ていたが、やがて観念したように自分の皿を椿の前へ押しやった。
木漏れ日が揺れる。
穏やかな風が吹く。
久しぶりに血の匂いも追手の気配もない時間だった。
椿はその小さな優しさに気付きながらも、何も言わず微笑むだけにした。
少し長くなってしまうので本日は3話投稿です!
2話目は18時投稿です!
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