不穏な気配
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
嵐の前の静けさということで今回少し長めです。
椿は袋を机の上に置いた。
中から取り出したのは森で仕留めた魔物だ。
だが、ただ数があるだけではない。
男の目がわずかに細められた。
「……ほう」
一つ手に取り、質を確かめる。
指先で重みを測り、刃先をなぞる。
いくつかの素材で、手が止まった。
それでも、表情は変えない。
「……銀貨三枚だ」
短く言い切る。
椿は爪を一つ持ち上げ光にかざした。
ゆっくりと角度を変える。
「……えらい控えめなお値段やね」
男は肩をすくめた。
「そんなもんだ。素人が持ち込む品はな」
「なるほど」
椿は小さく頷き、それからふっと笑った。
「他の商人さんにも見てもろたんやけど」
軽く首を傾げる。
「この倍は出してくれはりましたよ?」
ハッタリだ。
だが、男の指が止まる。
「……どこだ」
「さあ?」
やわらかい声。
「よう分からんまま売るのも惜しゅうて、色々見てもろただけやけど」
男はもう一度素材を取り上げる。
今度は露骨に、値踏みの目だった。
「……数も質も妙だな」
椿は爪を指先で転がす。
「普通はこうはならん」
「……スタンピードでもなきゃな」
空気がわずかに変わったのを感じた。
椿は少しだけ考えるようにしてから、ふっと笑う。
男は舌打ちがやけに響いた。
「……銀貨五枚」
椿は静かに首を横に振る。
「それやったら、やめとくわ」
袋に手をかける。
「……待て」
椿は止まらない。
「ええもんやったら手放すんももったいないやろ」
その一言で、場の流れが変わる。
男の眉がわずかに動いた。
「……銀貨十枚」
椿は、ゆっくりと視線だけ上げる。
「それでも、さっきのお話には届いてへんね」
沈黙。
男の目が鋭くなる。
「……金貨一枚と銀貨三枚」
椿はほんの一瞬だけ考え微笑んだ。
「もう少しだけ、よう見てくれはったら」
やがて——
「……金貨二枚と銅貨二十。それ以上は出せん」
椿は一瞬だけ目を細めてすぐに頷いた。
「よろしいわ」
男が眉をひそめる。
「最初からそのくらいで見てくれはったら、話早かったのに」
男は何も言えない。
椿はそのまま背を向けた。
「おおきに。また来ます」
⸻
外へ出ると、スクナが小さく息を吐いた。
「……最初から分かってたな」
「だいたいは」
椿は軽く肩をすくめる。
「商売やしねえ」
その足でスクナの服を買いに行く。
布がずらりと並ぶ店先で、椿は足を止めた。
「ここ、よさそうやね」
中に入ると、店主の女が顔を上げる。
「いらっしゃ……」
「……ずいぶん賑やかなお連れだね」
椿はにこりと笑った。
「目立ってしもて困ってますの」
女は苦笑しながら布を広げる。
「で、どんなのがいいんだい?」
椿はスクナをちらりと見る。
「動きやすうて、丈夫なん。あんまり目立たへんやつ」
「色は?」
「……黒」
スクナがぽつりと言った。
「似合いそうやね」
「これなんかどうだい」
スクナは黙って受け取った。
「着てみないと分からへんやろ?」
スクナは少しだけ顔をしかめつつ、奥へ引っ込んだ。
その背中を見送りながら、椿はふっと笑う。
「素直やねぇ」
女が吹き出す。
「いい子じゃないか」
「ええ子やよ」
たわいの無い会話をしているが、椿はしっかり値段を詰めていく。
やり取りは軽いが両者は一歩も引かなかった。
やがて、女が声を上げて笑った。
「いやぁ!お姉ちゃん、お上品に見えたけど値切り上手だね!」
腹を抱えて笑う。
「こんな楽しいのは久しぶりだよ!」
そして、奥へ引っ込んだ。
「ちょっと待ってな!」
戻ってきた手には、一着のローブ。
「サービスだ。これ、持ってきな」
広げられたそれは、美しかった。
黒に近い紺。
金糸の繊細な模様。
内側は淡い紫。
足元まで届く長さに、深いフード。
「昔ね、旅人が路銀がないって置いてったんだよ」
「小柄な女なんて滅多にいなくてね、ずっと売れ残り」
椿を見る。
「でも、お姉ちゃんにはちょうどいい」
少し目を細めて笑う。
「その格好、この街じゃ目立つしね」
椿はローブを指先なぞり静かに微笑んだ。
「……ええもん、いただいてしもたね」
スクナが戻ってくる。
黒の上下。無駄がなくよく似合っていた。
赤い髪がやけに映える。
椿は一瞬だけ見て——
「……あら」
小さく笑う。
「思ったよりだいぶええやないの」
スクナが顔をしかめる。
「なんだその反応」
「別に?」
くすりと笑う。
「似合ってはる言うてるだけやよ」
店主も腕を組んで頷いた。
「男前だねぇ」
スクナは何も言えない。
コマがくるくる回る。
「コマも気に入ったみたいやね」
椿はそのままローブを肩にかける。
布がすとんと落ちる。
深い紺が、静かに馴染む。
金糸が、わずかに光を拾う。
フードを軽く引き上げる。
影が、目元を落とした。
女がにやりと笑う。
「ほらね。やっぱり似合う」
「……目立たんようになった?」
「逆に目を引くね」
椿は楽しそうに笑って店を後にした。
夕暮れの光が石畳をなぞる。影が足元に長く伸びた。
ローブの裾がふわりと揺れた。深い紺が夜に馴染んでいく。
途中、露店で簡単な地図を一枚買った。
少し歩いたところで、スクナが言う。
「地図は信用ならねぇぞ」
椿は軽く頷いた。
「せやね。鵜呑みにはせえへんよ」
前を見たまま続ける。
「目安くらいにはなるやろしね」
しばらく歩いて見つけた食堂の扉を押すと、熱がふわりと押し返してきた。
焼けた肉の香りに、酒の匂いが混ざる。
奥の席に腰を下ろし椿はスクナを見た。
「何、食べたい?」
「……肉」
椿は軽く頷いた。
「ええね」
店員に目を向ける。
「お肉、しっかりめでお願いできます?」
しばらくして皿が運ばれてきた。
肉。パン。スープ。どれも量が多かった。
スクナはすぐに手を伸ばした。
一口。
また一口。
だんだん早くなる。
椿は水をそっと寄せた。
「慌てたら、喉に詰まりますよ」
スクナは止まらない。
そのまま飲み込んで——
「……っ、うっ」
椿はすぐに水を差し出す。
「ほら」
背に手を添える。ゆっくり撫でる。
「全く」
少しだけ息をつき笑った。
「そんなに急がんでも、ご飯は逃げませんよ」
もう一度背を撫でる。
スクナは水を受け取り一気に飲み干した。
照明に顔が照らされてやけに赤く見える。
「……無理はしてない」
椿は目を細めた。
「そういうことにしとこか」
ぽん、と軽く背を撫でて手を離す。
コマが羨ましそうにこちらを見つめていた。
椿はその視線に気づきコマの頭を撫でた。
宿へ戻る道、灯りが石畳に滲み、揺れる火が影を長く引き延ばしていた。
椿の足がわずかに緩んだ。視線だけが動く。
「……付けられてるね」
「何人かいるな」
「複数やね。昼間から丁寧に距離を置いてついて来てはる。露骨やなかったけど」
コマが低く唸る。椿はその頭に指先を落とした。
「大丈夫。今はまだ来えへんよ」
そのまま宿へ入る。ぬるい空気がまとわりつき、灯りが細く揺れていた。廊下に人の影はない。
部屋に入り窓、鍵、扉を順に確かめた。椿は扉に耳を当てる。静かなのに妙に胸騒ぎがする。
「——出るよ」
その一言が、場を切り替えた。
スクナが顔を上げる。
「今からか?」
「夜更けに」
「……追われるぞ」
「追われる前に、消えるんやよ」
荷を手に取った。
「森は危ねぇ」
「知ってる」
椿はわずかに笑った。
「せやけど、ここにおるよりはましやろ」
短い沈黙のあと、スクナが短剣を握る。
「……分かった」
コマが静かに立ち上がった。
⸻
夜が深まる。街の灯りがひとつずつ落ちていった。
扉を開けるが音は残らない。
廊下には人の気配はなく灯りだけが揺れていた。
外へ出ると冷たい空気が肌に触れる。通りは静まり返り、影は動かない。さっきまでの視線が嘘みたいに消えていた。
「……ほんまに夜逃げやねえ」
椿の声が静かに落ちた。
西側の崩れた壁を越える。
街の灯りが背に遠ざかっていく。
森の闇が口を開けていた。
胸騒ぎが消えない。
毎日20時更新です!
どうですか?みなさん楽しんでくれてますか??
初めての投稿なので不安がいっぱいですが、楽しんでいただけてると信じています笑
次回から戦闘シーン続きます!お楽しみに!
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