狩るものと狩られるもの
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
街の門を抜けた瞬間、空気が変わった。石畳の匂いが消え、代わりに土と草の香りが鼻をくすぐる。人の気配は遠ざかり、森のざわめきだけが耳に残る。椿は肩の力を抜きながら周囲へ視線を巡らせた。
「……外は外で、ええ空気してはりますね」
「気ぃ抜くな」
「分かってますよ」
「そのために来たんやしね」
前を歩くコマの耳がぴくりと動く。白い尻尾が一度だけ揺れた。スクナは森の奥を睨みながら歩いている。街中よりずっと警戒しているのが分かった。
「そうや、ひとつ聞いてもよろしい?」
「なんだ」
「さっきの情報屋さんのことやけど」
「よう知ってはりましたね」
スクナは少しだけ眉をひそめる。だが歩みは止めない。落ち葉を踏む音だけがしばらく続く。やがて小さく息を吐いた。
「昔いたところでな、ああいう連中の話くらいは耳に入る」
椿は横目でスクナを見る。聞けば話してくれるが、聞かれたくないことも多そうだった。それは何となく分かった。
「仲間内いうやつやろか」
「そんな綺麗なもんじゃねぇ」
「奴隷商人や裏の連中が使う情報屋だ。長く生きてる奴はだいたい決まってる」
なるほど、と椿は頷く。それ以上は聞かない。スクナもそれ以上は話さなかった。二人の間に少しだけ静かな時間が流れる。
「便利やねぇ、そういう知識は」
「……使い方次第だ」
その時だった。コマが低く唸る。ぴたりと足を止め、森の奥を睨んだ。白い毛が僅かに逆立っている。
「……来はるね」
「分かるのか」
「わふっ」
森の空気が変わる。鳥の声が消えた。風さえも止まったように感じる。嫌な静けさだった。
「どっからやろねぇ」
「全部だ」
スクナが短剣へ手を添える。同時に椿も弓を握った。コマは椿の少し前へ出る。いつでも飛び出せる姿勢だった。
「来るぞ」
「わふっ!」
草むらが爆ぜた。右から一体。左から二体。正面からさらに三体。歪んだ人型の魔物が一斉に飛び出してくる。牙を剥き出しにしながら真っ先に椿を狙っていた。
「油断するな」
椿はすでに弓を引いていた。放たれた矢が一体目の喉を貫く。魔物は悲鳴すら上げられず倒れた。だが残りは止まらない。
「コマ!」
「わふっ!」
白い影が地面を蹴る。低く潜り込み、二体目の喉へ噛みついた。そのまま引き裂かれた魔物が血を撒き散らしながら倒れる。残る魔物はさらに距離を詰めてきた。
「おおきに」
「わう!」
椿は半歩引く。飛び込んできた魔物の腕を流し、そのまま体勢を崩させる。そこへスクナの短剣が迷いなく突き刺さった。
「終わりやね」
「……いや」
スクナの視線は森の奥へ向いていた。椿も気付く。気配が増えている。一体や二体ではない。
「まだおる?」
「ああ」
「わふ……」
木の上。茂みの奥。岩陰。あちこちから殺気が集まってくる。数は十を超えていた。囲まれているのは誰の目にも明らかだった。
椿は笑う。だが指先は弓を強く握っていた。コマの耳も伏せられている。ここからが本番だった。
「行くで」
「わふっ!」
森が揺れる。次の瞬間、魔物の群れが雪崩れ込んできた。その数約十体。さらに後ろにもいる。一体一体は弱いが群れになると話は別だった。
「思ったより多いな」
矢が飛び一体が倒れる。さらに一体。三体目も地面へ崩れ落ちるが減った気がしない。
「キリがあらへん」
「押されるぞ!」
スクナが短剣を振るい血が舞う。かなりの数を倒しているが、次から次へと魔物が押し寄せてくる。
「っ!」
「ツバキ!」
死角から魔物が飛び掛かる。避けきれない。そう思った瞬間、コマが横から体当たりした。魔物が吹き飛び、椿の髪だけを掠めていく。
「助かったわ」
「わふ!」
コマは再び群れへ飛び込む。小さな身体で必死に時間を稼ぐ。だが今度はコマ自身が囲まれてしまった。
「コマ!」
「ぐるるるる……!」
コマは必死に避けながら耐えていた。
「チッ!」
「スクナ!」
スクナが飛び込み、短剣が閃く。魔物の首が二つ同時に飛んだ。さらに蹴り飛ばし、コマの前へ立ちはだかる。
「下がってろ」
「わう!」
その時だった。
ドン。
ドン。
ドン。
太鼓のような重い音が響く。
「……来るで」
「親玉か」
魔物達が一斉に後退する。まるで道を開けるようだった。木々の奥から巨大な影が姿を現す。
「でかいな」
今までの倍近い大きさだった。筋肉が異様に膨れ上がっている。黄色い瞳だけが理性を残したように光っていた。
「気ぃ付けろ」
「もちろんやよ」
親玉が地面を蹴る。速い。椿は反射的に矢を放つ。
「っ!?」
「避けたか!」
矢が空を切る。次の瞬間、巨大な腕が振り下ろされた。スクナが割り込む。
ドゴォォォン!!
地面が砕けスクナの足が沈む。それでも倒れない。
「ぐっ……!」
「スクナ!」
押される。純粋な力で負けている。だがスクナは離れない。椿へ届かせないためだけに踏み止まる。
「まだだ!」
親玉がさらに力を込める。地面が悲鳴を上げる。
「……なるほどねぇ」
「何か見えたか」
椿の視線が親玉の脚へ向く。右足だけ僅かに引きずっていた。古傷だった。そこだけ動きが鈍い。
「コマ!」
「わふっ!」
コマが右側へ回り込む。親玉の視線がそちらへ向いた。重心が流れる。ほんの一瞬だけ隙が生まれる。
「今や!」
「任せろ!」
スクナが踏み込む。短剣が右脚を深く裂いた。青黒い血が噴き出す。親玉が怒り狂ったように咆哮した。
「そこや!」
椿が弓を引く。呼吸を止める。世界が静かになる。狙うのは片目だけだった。
ヒュンッ!
矢が突き刺さる。
「ギャアアアアアアアッ!!」
親玉が暴れる。木が折れる。岩が砕ける。地面が抉れる。まるで嵐だった。
「まだや!」
「しぶといな!」
椿はすでに二本目を番えていた。親玉は片目を失ってなお暴れ続ける。だが動きはさっきよりずっと読みやすい。
「ほな、終わらせましょか」
矢が走る。
もう片方の目を貫く。
巨体が膝をつく。
その瞬間だった。
「終わりだ」
スクナが飛ぶ。狼みたいな目だった。短剣が喉を裂く。さらに踏み込む。心臓を貫く。
鮮血が噴き出す。
巨体が揺れる。
ゆっくり。
ゆっくりと。
山みたいな身体が地面へ崩れ落ちた。
「終わったな」
「わふっ!」
「……ええ運動やったわ」
森に静寂が戻る。けれど三人とも肩で息をしていた。楽な戦いではなかった。だからこそ、生き残った実感があった。
「ほな、仕事の時間やね」
「……剥ぎ取りか」
「稼がなあかんしねぇ」
椿は袖をまくり、親玉の死体の前へしゃがみ込む。スクナは小さくため息を吐きながら短剣を拭った。コマは尻尾を振りながら二人の周りを回る。
「慣れてはるね」
「昔な」
スクナの手付きは明らかに慣れていた。
「これなら結構になるんやない?」
「そこそこだろ」
袋はみるみる重くなっていく。椿は満足そうに持ち上げた。銀貨数枚どころでは済まないだろう。
「……服、買いに行こか」
「は?」
「服やよ」
スクナが眉をひそめる。だが椿は気にしない。血まみれの服を指差した。
「真っ赤っかやし」
「別にいい」
「よくあらへん」
椿はくすりと笑う。コマもわふっと鳴いた。二対一だった。
「似合うもん選んだげる」
「……余計なお世話だ」
そう言いながらも、本気で拒否はしなかった。椿は満足そうに頷く。
「ほな帰りましょか」
「わふっ!」
夕暮れの森を三人は歩き出した。袋は重い。けれど足取りは軽かった。冒険者としての最初の稼ぎとしては、十分すぎる成果だった。
書き溜めはありますが、暫くは様子を見ながら1日1話から2話を目安に投稿しようと思っています!
次回のタイトルは「不穏な気配」です。
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