戦場という宴
どうもはじめまして春と桜です。
あたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
椿は集まった皆を見渡した。
誰もが傷を負い、疲れている。それでも、ここにいる者たちの瞳から戦う意思が消えることはなかった。燃え盛る帝都の外では、未だ敵の気配が蠢いている。世界樹の花々が揺れるたび、夜の闇に淡い光が零れ、その光を浴びた仲間たちの姿が、これから始まる戦いを待ちわびるように浮かび上がっていた。
「コマは結界を、できるところまで維持してな。回復魔法を使える妖とエルフは医療班へ。怪我した皆を、ひとりでも多く助けてあげて」
「分かったの!」
コマが力強く頷く。
椿はその小さな姿を一度見つめ、それから集まった仲間たちへ視線を戻した。守る者、癒やす者、前へ出る者、それぞれが力を尽くせる場所へ向かえばいい。戦場に散らばる命を繋ぎながら、敵を押し返す。そのために必要な役割を、椿はひとつずつ割り振っていった。
「今回の大将は、カザン。思いっきり暴れなさい」
「任せろ!」
カザンが牙を覗かせ、嬉しそうに笑う。
その声に、周囲の空気がわずかに震えた。椿がカザンへ向けて顎を引くと、血の気の多い者たちが次々とその背後へ集まっていく。先ほどまでそれぞれの場所に立っていた者たちが、今度はひとつの戦列を形作っていく。武器を握る手に力が入り、殺気が夜気の中へ滲み出した。
「血の気の多いもんは、カザンについていき。好きなだけ暴れてきたらええわ。守りを得意とするもんは、セデスの元へ。コモンも一緒に、帝都を守ってちょうだい」
「承知した」
「任せてください」
コモンとセデスが応じる。
二人のもとへ向かった者たちが帝都の内側へ散り、守るべき場所を固めていく。攻める者と守る者、その境目がはっきりするほど、戦場へ向けられる力は鋭さを増していった。
そのとき、頭上から低い地鳴りが響いた。
世界樹が動き始める。
帝都を包んでいた無数の蔦が大きく揺れ、絡み合っていた枝がゆっくりとほどけていく。これまで敵の侵入を防ぐために張り巡らされていた蔦が夜空へ伸び、その先端を帝都の外へ向けた。花々が一斉に震え、淡い光が赤く染まった夜空へ舞い上がっていく。
「お爺ちゃんも、もう守るだけやのうてええよ。蔦の防御態勢から、攻撃態勢へ。……たっぷり可愛がってあげてな」
世界樹が、大きく枝を揺らした。
それを見届けた椿は、静かにルシフェルへ目を向ける。すでに彼の周囲には淡い魔力が集まり始めていた。戦場に散る仲間たちの声を拾い、遠く離れた場所へ届けるための魔力が、薄い光となって彼の周囲を巡っている。
「ルシフェルは、みんなを守りながら魔力通信をお願い。戦場におる皆の声を繋いで、共有できるようにしてな。ひとりで大変やろうけど……今回、ルシフェルが要なんよ。うち、頼りにしてるさかい。やってくれる?」
「ああ」
短い返事とともに、魔力の光が広がった。
ひとつ、またひとつと仲間たちの気配を拾い上げ、それぞれの声を繋いでいく。これから始まる戦いでは、離れた場所にいる者同士が互いの状況を知ることができる。その声の繋がりを支えながら、ルシフェルは皆を守る役目まで引き受ける。
椿は最後に、コマの隣へ立つスクナへ視線を向けた。
「スクナは、コマを守ってあげてな」
「……分かった」
スクナが静かに頷く。
その返事を聞いた椿は、ゆっくりとカザンの隣へ歩み寄った。外から轟音が響き、赤く染まった夜空の向こうで世界樹の蔦が蠢いている。カザンの周囲には、すでに戦う者たちが集まっていた。守る者たちも、それぞれの持ち場へ散っている。
椿は月詠をくるりと回し、細めた瞳の奥に艶やかな光を宿した。
帝都の外へ踏み出した瞬間、椿の視界いっぱいに黒が広がった。
地平線の果てまで続く大地を埋め尽くし、幾重にも重なった敵の群れが帝都を包囲している。黒い鎧が、黒い旗が、魔物たちの影が、炎に照らされては揺らめき、まるで夜そのものが海となって押し寄せてきたようだった。遠くで燃え上がる炎がその黒い波間に無数の赤い光を生み、煙に霞む向こう側まで敵の姿が途切れることはない。その圧倒的な光景を前にして、椿の隣に立つカザンの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「……ははっ。なんだこりゃ。随分とまぁ、景気がいいじゃねぇか」
その声を聞いた途端、カザンの背後からも堪えきれない笑いが漏れた。誰も怯えてはいない。これほどの数を目の前にしてなお、その瞳には待ち焦がれていた宴を前にしたような熱が灯っている。武器を握る手に力が入り、肩が震え、口元には獰猛な笑みが浮かぶ。彼らにとって、この戦場は思う存分暴れられる最高の舞台だった。
カザンはゆっくりと首を回し、肩を鳴らした。
その仕草ひとつで、纏う空気が変わる。
普段の豪快さとは違う、もっと古く、もっと荒々しい気配が滲み出していく。酒を浴びるように呑み、笑いながら鬼たちを従えた、かつての大江山の鬼。その姿を手本に己を磨いてきたカザンにとって、目の前の光景は胸の奥に眠る鬼を呼び起こすに十分すぎるものだった。
「久しぶりだぜ……こんなに楽しそうな戦場はよぉ」
カザンが笑った。
その笑みは、もう止められない。
腰を落とし、地面を踏み締めた瞬間、土煙が大きく舞い上がる。次の瞬間には巨体が地面を蹴り抜き、敵陣へ向かって一直線に飛び込んでいた。正面から押し寄せた敵が刃を振り上げるより早く、その懐へ潜り込んだカザンの一撃が鎧ごと身体を弾き飛ばし、吹き飛んだ敵が後方の兵を巻き込みながら群れの中へ消えていく。
「おらぁぁぁッ!!」
咆哮とともにカザンは止まらない。
振り下ろされた剣を身を捻ってかわし、その勢いのまま肩から敵へ突っ込むと、二人まとめて地面へ叩き伏せ、立ち上がるより早く次の敵へ身体を翻した。振り抜いた腕が敵の武器を弾き、返す動きで放たれた一撃がその身体を大きく後方へ飛ばす。そのまま倒れた敵を踏み越え、押し寄せる敵陣へ笑いながら突っ込んでいく姿は、戦場に放たれた鬼そのものだった。
その背中へ、仲間たちが続く。
「行けぇぇぇッ!!」
鬨の声が夜空を震わせた。
剣が閃き、槍が唸り、魔法の光が幾筋もの軌跡を描いて敵陣へ突き刺さる。血の気の多い者たちは敵の数を見るほどに笑みを深くし、互いに肩をぶつけながら前へ前へと押し進んでいく。誰が一番多く倒すかを競うような勢いで敵陣へ食らいつき、カザンが切り拓いた道をさらに広げていった。
帝都を取り囲んでいた巨大な包囲網に、ひと筋の亀裂が走った。
その瞬間、空が鳴った。
轟音とともに世界樹の蔦が夜空から降り注ぎ、敵の頭上へ一斉に叩き込まれる。大地を抉るほどの勢いで伸びた蔦が敵を絡め取り、そのまま空高く放り上げ、別の蔦が横薙ぎに戦場を走って敵の群れをまとめて吹き飛ばしていく。咲き誇る花々が激しい動きに揺れ、花弁が炎の赤と月明かりの銀を纏いながら戦場へ舞い散った。
美しい。
あまりにも美しく、あまりにも苛烈だった。
蔦が敵を裂き、仲間たちがその隙間へ斬り込み、魔法が夜空を駆け抜ける。そのすべてがひとつの音楽のように重なり、戦場そのものが巨大な楽曲となって鳴り響いていた。
『左翼、敵が増えた』
ルシフェルの声が、皆の耳へ届く。
『カザンの前方に、強い反応がある』
「上等だァッ!」
カザンが笑い、さらに速度を上げた。
「強ぇ奴なら、俺がもらう!」
敵の群れが一斉にカザンへ向かって押し寄せる。
その波へ、カザンは真正面から飛び込んだ。
巨大な身体が敵の中へ沈み、その直後、内側から何人もの敵が弾け飛ぶ。カザンの咆哮が響き渡り、武器がぶつかり、魔力が爆ぜ、敵陣の中心に次々と大きな波紋が生まれていく。笑い声を響かせながら、その鬼は敵の只中を駆け回っていた。
椿は、その光景を少し離れた場所から眺めていた。白い袴の裾を夜風に揺らしながら、ただ静かに戦場を見つめている。カザンの笑い声が響き、剣戟が重なり、魔法が夜空を駆け、世界樹の蔦が大地を震わせる。無数の音がぶつかり合いながら、ひとつの旋律となって夜を満たしていた。
「ほんま、楽しそうに暴れはるわぁ」
その声には、呆れよりも愉悦が滲んでいた。あんなにも楽しそうにされては、こちらまで血が騒ぐ。椿は口元に浮かんだ笑みを深めると、ゆっくりと前へ歩き出した。
「そんなに楽しそうにされたら……うちも、混ざりとうなるやないの」
その一歩に呼応するように、夜風が吹き抜ける。白い裾が大きく翻り、眼前の敵陣を埋め尽くす闇が一瞬だけ揺らいだ。その向こうでは、カザンが敵を薙ぎ倒しながら、また豪快に笑っている。世界樹が吼え、仲間たちの声が重なり、戦場の旋律はさらに激しくなっていく。
椿はその音を全身で感じながら、三日月の薙刀を軽く肩へ担いだ。
「ねぇ、月詠……うちらも、思いっきり楽しみましょか」
月詠がニヤリと笑った気がした。
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