帰還
どうもはじめまして春と桜です。
あたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
「オイラ、へーンシンッ!」
月詠の声が弾んだ瞬間、椿の手元から白銀の光が溢れた。光は一瞬で形を変え、現れたのは穂先が三日月のように大きく湾曲した薙刀だった。長く伸びた柄を椿が握り直すと、馬上でも振るいやすい重さと長さへ変わった月詠が、陽光を受けて鋭く輝く。正門へ続く道には敵兵が群がり、帝国を覆う蔦を焼き払おうとした炎が、あちこちで赤々と燃えていた。
「うん、月詠。これなら思いっきり振れるわ」
椿は手綱を握り直し、馬の腹を軽く蹴った。駆け出した馬上から薙刀を大きく振り抜くと、三日月形の刃が横薙ぎに走り、正面から迫っていた敵兵たちをまとめて薙ぎ払う。スクナはその隙を逃さず後方から追いすがる敵を斬り伏せ、ルシフェルも二人の進路を塞ごうとする兵士を魔法で退けた。三人は速度を落とすことなく、燃え盛る炎の向こうにある正門へと突き進んでいく。
「女帝だ!! ヤタガラスの女帝が戻ってきたぞ!!」
「逃すな!! 門へ近づけるな!!」
「止めろ! 絶対に中へ入れるな!!」
敵兵たちの怒号が重なった。数を頼みに次々と押し寄せてくる兵士たちは、椿を取り囲もうとするものの、薙刀の間合いへ入った瞬間に刃に阻まれる。馬上から振るわれる月詠は地上で扱うよりも広い範囲を捉え、椿の周囲へ近づく者を容赦なく退けていった。敵兵たちの間に動揺が広がり、正門へ続いていた隊列が少しずつ崩れていく。
そして、椿たちが正門へ迫ったときだった。
門を塞ぐように絡み合っていた蔦が、大きく揺れた。
世界樹の力を宿した巨大な蔦は、帝国を守るように城壁を覆い、正門まで完全に閉ざしていた。外側では敵が放った炎が葉を照らし、赤い火の粉が舞っている。それでも蔦は燃え落ちることなく、炎を押し返すように枝を広げていた。椿がさらに近づくと、無数に絡み合った蔦が静かに動き始める。
一本。
また一本。
太い蔓が左右へ退き、重なっていた枝葉がゆっくりと開いていく。塞がれていた正門の前に、馬が通れるほどの道が生まれた。まるで、ヤタガラス帝国を守る世界樹が、帰ってきた椿たちを迎え入れるように。
「なっ……!?」
「蔦が避けたぞ!」
「何をしている! 止めろ!!」
敵兵たちが慌てて駆け寄る。だが、彼らが一歩踏み込もうとした瞬間、蔦が大きくうねった。太い枝が地面を叩き、迫った兵士を弾き飛ばす。槍も剣も蔦には届かず、世界樹の力に守られた帝国へ近づくことすら許されない。
椿はその光景を一瞬だけ見つめた。
この蔦は敵を拒み、自分たちには道を開いている。
ならば、迷う必要はなかった。
「……行こ」
椿が手綱を引く。馬が開かれた門へ向かって駆け出し、スクナとルシフェルもすぐ後に続いた。三人が蔦の内側へ入ると、背後で枝葉が音もなく閉じていく。外から聞こえていた怒号と炎の音が遠ざかり、世界樹の蔦に守られた帝都の景色が目の前へ広がった。
「コマ……!」
帝都へ駆け込んだ椿の目に、広場の中央で両手を広げるコマの姿が映った。淡い金色の光が幾重にも重なり、帝都全体を包み込む巨大な結界となって夜空へ伸びている。その向こうには、世界樹の蔦が幾重にも絡み合い、城壁も建物も覆い隠していた。広場には傷を負ったヤタガラスの仲間たちが身を寄せ、互いに肩を支えながら、それでも武器を手放さず立っている。椿は馬から降りると、騒然とした広場を抜け、結界の中心に立つコマへ真っ直ぐ歩み寄った。 「何があったん!? 帝都で何が起きてるんや!」
「敵がいっぱい来たの! 急に空に大きな光の絵が出てきて、そこから敵がどんどん降ってきたの! カザンとセデスがいっぱい倒してくれたし、ヤタガラスのみんなも戦ってくれたの! 誰も逃げなかったの! みんなで帝都を守ったの! でも、敵がすごく強くて……倒しても、また転移してきたの!」
コマの声を聞きながら、椿は広場を見渡した。石畳には戦いの跡が残り、あちこちに血が落ちている。それでも、そこにいる誰一人として帝都を捨てようとはしていなかった。傷を負った者は仲間に支えられ、動ける者は武器を握り直し、次に何が起きても迎え撃てるよう身構えている。そんな彼らを覆うように、金色の結界が静かに脈打っていた。
「それで……この結界は?」
「コマが張ったの! この結界の中には、もう敵を転移させられないようにしたの! だから今は、敵が来てないの! でもね……この結界、ずっとは持たないの。帝都全部を守ってるから、コマが力を使い続けないといけないの……。長くは、続けられないの」
小さな身体に込められた力に呼応して、結界が淡く揺らめいた。金色の光がコマの頬を照らすたび、その顔には疲労が滲み、細い肩がかすかに震えている。椿はそこで、ようやく先ほど自分たちの転移が阻まれた理由へ思い至った。帝都へ帰ろうとした瞬間、何かに押し返されたように転移の術式が崩れた。
「……ルシフェル」
「ああ」
ルシフェルが結界を見上げた。その声には、納得したような響きがあった。敵の転移を防ぐために帝都全体を閉ざしているのなら、外から帝都へ転移することもできない。椿たちが帰還を試みた際に感じた、空間そのものに拒まれるような感覚とも辻褄が合う。ルシフェルはそれ以上を語らず、ただ結界を維持するコマへ視線を向けた。
コマは俯いていた。
結界の向こうには、傷ついた仲間たちがいる。自分なら、その傷を癒やせる。手を伸ばせば助けられるのに、今ここを離れるわけにはいかない。結界が消えれば、再び敵が帝都へ転移してくる。それが分かっているからこそ、コマは涙を堪えながら、ただひたすらに力を注ぎ続けていた。
「コマ……みんなを治してあげたいの。怪我してる人、いっぱいいるのに……回復してあげたいのに……ここを離れたら、また敵が来ちゃうの……」
ぽろりと、一粒の涙が落ちた。
椿はそれを見つめたまま、しばらく何も言わなかった。やがてゆっくりとコマの前へ膝をつき、その小さな顔と視線を合わせる。指先を伸ばし、涙の跡をそっと拭う。その仕草は優しく、それでいて、どこか女帝らしい静かな余裕を帯びていた。
「……コマ」
椿は微笑んだ。
「よう頑張ったねぇ。もう大丈夫。ここまで帝都を守ってくれたんやもん……あとは、うちに任せて」
コマの瞳が大きく揺れた。
椿はゆっくり立ち上がると、月詠へ手を添えた。銀色の光が指先から淡く零れ、長い黒髪を夜風がさらう。傷ついた仲間たちの視線が、ひとつ、またひとつと椿へ集まっていく。帰還を待っていた帝都の中心で、女帝は静かに笑った。
「みんな、よう耐えたなぁ」
その瞬間、椿の纏う空気が変わった。
柔らかな笑みを残したまま、瞳がまっすぐ前を射抜く。世界樹の蔦に守られた帝都の中心で、ヤタガラスの女帝が帰還した。今まで帝都を守り続けた者たちの前に立ち、椿は静かに一歩を踏み出した。
新連載!【メデューサの子孫】を始めました!
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