↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第四章 革命編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
104/112

ヤタガラス帝国へ

どうもはじめまして春と桜です。

あたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

「……誰か、いてはる」


 椿の声が暗い通路へ落ちると、奥からかすかな呻き声が返ってきた。四人は足音を抑えながら進み、やがて魔石の光が届かない壁際に、一人の男が倒れているのを見つけた。上等な衣服は泥にまみれ、背中で縛られた両手には縄が食い込んでいる。男は椿たちの姿を認めるなり、死人でも見たような顔をしていた先ほどまでの怯えを捨て、助けを求めるように身体を起こした。


「助けてくれ! 頼む、ここから出してくれ! 金なら払う、いくらでも払うぞ! 俺は名の通った商人だ。こんなところで殺されてたまるか!」


 男の声が地下室に響き渡った。椿はすぐには答えず、その姿をじっと見つめる。助けを求める人間にしては、ずいぶんと口調が強い。それだけ追い詰められているのだろうと考えながら、椿は男の前にしゃがみ込んだ。背後ではスクナが周囲を警戒し、ルシフェルは巨大な転移装置から目を離さない。


「まず落ち着いて。ここで何があったんか、話してもらえる?」


「何があったも何も、あいつらに襲われたんだ! 護衛も荷物も全部奪われた! 魔石まで持っていきやがったんだぞ! 頼む、俺をここから出してくれ。金ならある。荷物だって好きなものをくれてやる。それに、獣人が欲しいなら――そうだ、面のいい若い男を何人か用意してやる。奴隷商人に話を通せば、もっと条件のいい奴だって手に入る!」


 その瞬間、椿の横を白い閃きが走った。次に聞こえたのは、刀の切っ先が男の首元へ触れる小さな音だった。スクナがいつ抜いたのか、椿にも分からなかった。男は目を見開き、喉を鳴らす。普段なら感情を表へ出さないスクナの瞳に、隠しようのない怒りが宿っていた。


「……今の言葉、もう一度言ってみろ」


「な、何を……」


「獣人を売ると言ったな」


「だって獣人は奴隷だろう!珍しいことじゃない! 俺は助けてもらう代わりに、金になるものを渡すと言っているだけだ!」


「黙れ」


 低く落ちた声に、男の顔が強張った。スクナは刀を引かなかったが、それ以上言葉を重ねることもしなかった。椿は男とスクナを交互に見て、静かに息を吐く。この世界では獣人を奴隷として扱うことが珍しくない。だからこそ、男には自分の言葉がなぜこれほどまでに怒りを買ったのか、本気で理解できていないのだろう。


 椿にとっても、今さらその価値観へ驚いている場合ではなかった。必要なのは、この男が何をしていたのかを知ることだ。椿は男の目を真っ直ぐ見据え、声を落として尋ねた。


「……あんた、商隊を率いてここまで来たんやね?」


「ああ、そうだ。クリムゾンで革命が起きたせいで、奴隷だった獣人が大勢逃げ出した。俺たちはそいつらを追っていたんだ」


「逃げた獣人を、売るために?」


「そうだ。それが何だ? 主人のもとから逃げた奴隷を捕まえて、買い手に渡す。それだけの話だろう」


 男は本当に何の疑問も抱いていなかった。むしろ、自分が被害を受けたことこそ問題だと言わんばかりに眉を吊り上げている。椿はその様子を見て、それ以上その価値観を問いただすことはしなかった。今ここで男と議論をしたところで、逃げた獣人たちの居場所が分かるわけではない。


「それで、どこまで追ってきたん?」


「西の森までだ。かなりの数がいた。十人や二十人じゃない。もっとだ」


「その獣人たちは、今どこに?」


「知らん。俺たちが追いついた時には、もう姿がなかった。そのあと突然、あいつらに襲われたんだ」


 男の言葉に、椿は地下室を見渡した。奪われた魔石。積み上げられた荷物。黒い羽の紋章を刻まれた武器。そして、七つの円が刻まれた巨大な装置。目の前にあるものは多い。それでも、それぞれが何のためにここへ集められたのかまでは分からない。


「……この装置は?」


「知らん! 俺が知るわけないだろう! あいつらが荷物を奪って、ここへ運び込んでいたんだ!」


 男の答えに、椿は小さく頷いた。少なくとも、この男自身も装置の正体を知らないらしい。ならば、ここで無理に答えを出す必要はなかった。椿は立ち上がり、入口の方へ目を向ける。


「この人、外で待ってもろてる兵士さんに引き渡そ」


「……分かった」


 スクナが刀を収めた。男はほっとしたように息を吐いたが、その安堵は長く続かなかった。スクナが縄を確認しながら立ち上がると、男はようやく自分がどう扱われるのかを察したように顔を曇らせる。椿はそんな男を見下ろし、少しだけ表情を和らげた。


「心配せんでも、殺したりはせえへんよ。あんたには、話してもらわなあかんことがまだあるから」


 男を連れて隠し扉を抜けると、林の中にはポンパドゥール王国の兵士たちが残っていた。商人の身柄を引き渡し、ここまでの経緯を簡潔に伝えると、兵士たちは男を拘束したまま王都へ戻る準備を始める。男は最後まで自分の財産や身分を持ち出して抗議していたが、今度は誰も相手にしなかった。


 椿はその背中を見送ったあと、再び地下へ続く入口へ視線を戻した。商人が追っていた獣人たちの行方は分からない。七つの円の者たちが彼らを捕らえたのか、それとも別の場所へ移したのかも、今はまだ判断できなかった。


 ただ、巨大な装置が残されている。


 そして、装置を動かすために使われたと思われる大量の魔石も。


「……ルシフェル」


「何だ」


「この装置、もう一度調べてもらえる?」


「ああ」


 ルシフェルが装置の前へ戻り、手をかざす。紫色の魔力が薄暗い地下室を淡く照らし、刻印の七つの円が浮かび上がった。椿はその光を見つめながら、先ほどの商人の言葉を思い返す。革命によって逃げ出した獣人たち。その後を追っていた商隊。そして、奪われた魔石。


 何かが起きている。


 けれど、それが何なのかはまだ分からない。


「……急いで探さなあかんな」


「獣人を?」


「うん」


 椿は小さく頷いた。彼らがどこへ消えたのか、その答えはまだどこにもない。それでも、奴隷として生きることを強いられ、ようやく逃げ出した者たちが、再び誰かの手に落ちているのなら放っておけなかった。かつて東へ来るよう呼び掛けた言葉が、今になって胸の奥へ静かに蘇る。


もし彼らが東を目指しているのなら、その先にあるのはヤタガラス帝国だ。


 まずは戻らなければならない。


 椿はそう考え、月詠へ手を添えた。


「ほな、ヤタガラスへ戻ろ」


 白銀の光が椿たちの身体を包み込む。見慣れた転移の感覚が全身を駆け抜け、目の前の景色が淡く滲んだ。けれど、次の瞬間だった。


 光が大きく揺らいだ。


 身体が引き込まれる感覚が突然途切れ、代わりに空間そのものが軋むような音を立てる。白銀の光が弾け、三人の足元へ淡い光の粒が散った。椿は思わず一歩後ろへ下がった。


「……え?」


「転移が止められた」


 ルシフェルの声が落ちる。


 彼はすぐに魔力を探るように周囲へ視線を走らせた。椿も月詠から手を離さず、もう一度だけ転移を試みる。だが、結果は同じだった。発動したはずの魔法は途中で何かに弾かれ、ヤタガラスへ繋がるはずだった道だけが、まるで閉ざされたように消えてしまう。


「もう一回、できへんの?」


「無理だ。何かが転移を妨害している」


「……何かって、分かる?」


「まだ分からない」


 椿は黙った。


 ただの魔力不足ではない。術式の失敗でもない。明確に、外から転移そのものを阻害されている。


 その事実が、胸の奥へ冷たく沈んだ。


「……ヤタガラスに、何かあったんやろか」


 椿の呟きに、すぐ答える者はいなかった。巨大な転移装置は沈黙したまま、先ほどまで渦巻いていた紫の光だけが、わずかな残滓となって装置の奥に揺らめいている。帰還のために使おうとした転移は、何かに阻まれてしまった。その理由も、向こうで何が起きているのかも、今の椿たちには分からない。だからこそ、ここで立ち止まっているわけにはいかなかった。


「……急いで戻らなあかん」


「転移が使えないなら、どうする?」


 スクナの問いに、椿は答えず踵を返した。地下室を出て地上へ戻ると、林の中には襲われた商隊の荷馬車が残されていた。荷台は空になり、車輪には泥がこびりついている。その前では、主人を失った馬たちが繋がれたまま、落ち着かない様子で地面を踏んでいた。椿は足を止め、その馬たちを眺めてから、少し離れた場所で近衛兵に囲まれている商人へ視線を向けた。


「なぁ、あの馬、借りてもええ?」


「馬を……?」


 商人が怪訝そうに眉を寄せる。椿は頷き、荷馬車を指差した。


「ヤタガラスまで戻らなあかんのよ。転移が使えへんかったから、歩いて帰るには遠すぎるし」


「待て。あれは俺の馬だぞ」


「せやから、助けた分のお礼にしてくれへん?」


「……勝手なことを」


 商人は不満そうに顔を歪めた。だが、椿たちに助けられなければ、この地下室から生きて出られなかったことも事実だった。しばらく黙り込んだ末、男は諦めたように息を吐く。


「……分かった。好きにしろ」


「おおきに。これで貸し借りなしやね」


 椿はそれだけ告げると、商人の返事を待たずに馬のもとへ向かった。近衛兵が繋がれていた縄を外し、椿へ手綱を渡す。椿は馬の首筋を軽く撫で、その背へ身を預けた。続いてスクナとルシフェルもそれぞれ馬へ跨がり、三人が揃う。椿は手綱を握り直すと、東の空へ目を向けた。


「……行こか」


 三頭の馬が一斉に駆け出した。

新連載!【メデューサの子孫】を始めました!

よければそちらもご覧ください!


ブックマーク 評価 応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。