消えた商隊と七つの印
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
捕らえられた男たちが近衛兵に連れて行かれると、広場には少しずつ祭りの空気が戻っていった。赤い花飾りが風に揺れ、青と金の旗が陽光を受けて鮮やかに翻る。楽師たちの音色も再び響き始め、さっきまで凍りついていた人々の表情にも笑顔が戻っていく。椿はその光景を眺め、ようやく小さく息を吐いた。
「……よかった。せっかくのお祭りやもの。みんなが笑うて帰れるんやったら、それが一番やわ」
スクナは何も言わず、連行されていく男たちを見送った。ルシフェルは押収された武器を手に取り、黒い羽の紋章とは別に刻まれた小さな印へ目を留める。七つの円が重なったような刻印だった。椿も覗き込み、昨日の指令書にあったものと同じだと気付く。
「それ、昨日のんと同じやねぇ」
「そうだ」
ルシフェルが短く答える。レオン王も刻印へ目を落とした途端、僅かに眉を動かした。王は武器を受け取り、近衛兵へ下がるよう命じる。祭りの喧騒から少し離れた場所で、王は刻印を見つめたまま口を開いた。
「この印なら、余も知っている。数年前から王国内で何度か見つかっているが、持ち主も出所も分かっていない」
「今回が初めてやないんやね」
「ああ。だが、これほど露骨に使われたのは初めてだ」
椿は黙って刻印を見つめた。昨日の工作員が持っていた指令書と、今日の襲撃者が使った武器。別々の事件だと思っていたものが、同じ印によって繋がり始めている。王国の中で何年も正体を隠してきた何者かが、今回の騒ぎへ関わっている可能性もあった。
その時、王宮の方角から一人の兵士が駆けてきた。赤い花飾りの向こうから群衆を掻き分け、レオン王の前で膝をつく。顔色は青ざめ、手には王家の紋章が刻まれた封書が握られていた。
「王様、至急ご報告がございます。先ほど国境監視所から届いた報告です」
「何があった」
「今朝、国境を越える予定だった商隊が一つ、姿を消しました」
椿の表情が変わる。
「商隊が?」
「はい。護衛兵も含め、全員です。荷馬車だけが国境の外で発見されました」
「……積み荷は?」
「全て消えています」
風が吹き抜け、赤い花弁が一枚、椿の足元へ落ちた。祭りの音は変わらず続いている。それなのに、先ほどまで明るかった王都がほんの少し遠く感じられた。
レオン王が封書を開く。中から滑り落ちたのは、小さな黒ずんだ金属片だった。七つの円が重なった刻印が、陽の光を受けて鈍く光る。
「……王様」
「ああ」
「これ、祭りが終わるん待ってる場合やないんと違います?」
レオン王は答えなかった。その沈黙が、答えだった。王都での襲撃は終わった。けれど同じ刻印を持つ何者かが、別の場所ですでに動いている。
椿は足元の赤い花弁を拾い上げ、指先でそっと風へ返した。
「ほな、国境へ行きましょか」
国境へ向かう道は、王都の賑わいから離れるにつれて静かになっていった。石畳の街道を進む馬車の窓から見える景色も、色鮮やかな旗や露店から、深い緑の丘と灰色の岩山へ変わっていく。昼を過ぎる頃には空へ薄雲が広がり、遠くの山並みは白く霞んでいた。椿は膝の上に置いた報告書へ目を落としたまま、同じ箇所を何度も読み返している。商隊は六台の荷馬車と二十人ほどの一行で国境へ向かっていたが、予定時刻を過ぎても到着せず、捜索に出た兵士が発見したのは街道脇に残された荷馬車だけだった。
「商隊の人らが消えて、荷物までなくなってる……。盗賊にしては、ちょっと妙やねぇ」
向かいに座るスクナが報告書へ目を落とした。荷馬車には争った形跡がなく、車輪も壊されていない。護衛の武器まで残されている以上、力ずくで奪われたとは考えにくかった。椿は報告書を畳み、窓の外へ視線を戻す。犯人を想像するより、まず現場を見る。今はそれだけで十分だった。
「現場へ行けば分かる」
「そうやねぇ。まずは見てみましょ」
ほどなくして馬車が止まった。街道脇には石造りの国境監視所があり、数人の兵士がその前で待っている。椿が降りると、一人が駆け寄って頭を下げた。案内されて林へ入れば、木々の向こうに六台の荷馬車が並んでいる。荷台の扉は開け放たれ、積み荷だけが綺麗に消えていた。
「こちらです。発見した時から、ほとんど触れていません」
「争った跡は?」
「ありません。護衛の武器も、そのまま残っています」
椿は荷馬車の周囲をゆっくり歩いた。泥の上には商隊の足跡が幾つも残っているものの、血痕も争った跡もない。途中から別の足跡が混ざり、林の奥へ続いている。椿は一台の荷台へ手を掛け、内部を覗き込んだ。木箱の隙間には白い粉が僅かに残っていた。
「これ、何の荷物やったん?」
「鉱石と薬品、それから魔石です。特に魔石は高価な品なので、護衛も厳重だったはずです」
椿は粉へ触れず、そっと匂いを確かめた。甘く焦げたような臭いが鼻を掠める。昨日の工作員から見つかったものと同じ臭いだった。椿の目が細くなる。王都で起きた襲撃と、ここで消えた商隊。その二つを結ぶものが、また一つ見つかった。
「魔石は、全部持っていかれたん?」
「はい。六台に分けて積んでいました」
「ほな、荷物を運び出すために商隊を止めたんやろか」
スクナが林の奥へ顔を向けた。街道とは反対側へ続く足跡が一本だけ残っている。椿もそれに気付き、兵士へ目配せした。足跡を追うと、林の中ほどで突然途切れていた。土が荒れた様子も、別の方向へ向かった形跡もない。まるで、そこから先だけ人の存在が消えたようだった。
「……変やねぇ」
「転移した可能性がある」
「やっぱり魔法かぁ」
椿は足跡が消えた場所へ近付いた。落ち葉の間に、小さな金属片が埋もれている。拾い上げれば、黒ずんだ表面に七つの円が重なった刻印が浮かんでいた。
「これ、持って帰った方がええねぇ」
金属片を布へ包んだ、その時だった。
林の奥から、低く乾いた音が響いた。スクナが即座に剣へ手を添え、兵士たちも身構える。だが、人の気配はない。聞こえてくるのは、岩か金属を擦るような不気味な音だけだった。
「……向こうや」
椿が歩き出す。木々を抜けると、崖の下へ続く細い道が現れた。道端には黒い布の切れ端が落ち、その端には赤い蝋が付着している。さらに奥へ進むと、岩壁の一部だけが不自然に暗く沈んでいた。スクナが手を掛けると、岩に見えたものが重い音を立てて開いた。
隠し扉の向こうには、消えた商隊の荷物が積み上げられていた。王国の商標が残る木箱には、大量の魔石が詰め込まれている。その隣には武器を収めた箱が並び、黒い羽の紋章を刻んだ刃が薄暗い空間の中で鈍く光っていた。けれど、そこに商隊の人間は一人もいない。
そして、さらに奥。
人の背丈ほどもある黒い金属製の装置が置かれていた。中央には、七つの円が重なった刻印がある。内部では紫色の魔力が渦を巻き、周囲に積まれた魔石から淡い光が吸い込まれていた。
「……なんや、これ」
ルシフェルが装置へ近付き、手をかざす。紫色の光が一瞬だけ強くなり、彼の銀髪を淡く照らした。魔力の流れを確かめるように目を細めたあと、静かに手を下ろす。
「ツバキ。これは魔石を運ぶための道具じゃない」
「……何かを動かすためのもん?」
「ああ。かなり大きな魔力を蓄えている」
椿は答えず、装置を見つめた。王都で使われた武器、消えた商隊、奪われた魔石、そしてこの装置。まだ全てを繋ぐ答えは見えない。それでも、この場所がただの隠し倉庫ではないことだけは分かる。誰かがここで、魔石を使って何かを始めようとしている。
その時だった。
暗い通路の奥から、金属が擦れる音が響いた。
一度。
そして、もう一度。
椿の表情から柔らかな色が消える。スクナが一歩前へ出て、ルシフェルも静かに魔力を纏った。兵士たちが息を潜める中、今度ははっきりと聞こえた。
鎖の音だった。
「……誰か、いてはる」
椿は月詠へ手を添えた。
「行こか」
四人は魔石の青白い光が届かない通路へ足を踏み入れた。背後で隠し扉がゆっくり閉まり、祭りの喧騒は完全に途絶える。残ったのは、暗闇の奥で繰り返される鎖の音と、その先にいる何者かの微かな息遣いだけだった。
新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!
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