ポンパドゥール王国再び
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
白銀の光がほどけた。次の瞬間、椿たちはポンパドゥール王国の王都、その外れにある林の中へ立っていた。夜の風が木々を抜け、深い緑の葉を揺らしている。その向こうには、明日の建国祭を控えた王都が広がっていた。青と金の旗が街路を彩り、赤い布飾りが建物の間を渡り、遠くの広場ではまだ祭りの準備を続ける人々の声が聞こえてくる。穏やかな夜だった。だからこそ、その中へ血を落とそうとしている者たちの存在が、ひどく場違いに思えた。
「……明日の正午か」
スクナが指令書へ視線を落とした。そこには襲撃の時刻、標的、使用する武器、そして襲撃後に残す偽の檄文についてまで記されている。椿は紙を折り直し、懐へしまった。今すぐ王宮へ駆け込んで警備を変えることもできる。けれど、それでは敵が計画を変える可能性がある。今回必要なのは、敵を追うことではない。敵が自分から姿を現す場所を、そのまま残して待つことだった。
「ほな、王様に知らせに行こか。明日の予定は、できるだけ変えん方がええと思う。敵さんが狙ろてる場所を変えてしもたら、別のところで騒ぎを起こされるかもしれへんし、せっかく教えてもろたんやもの。こっちで待たせてもらいまひょ」
「危険だ」
「そらそうやねぇ。でも、知らんところで襲われるよりは、ずっとええやろ?」
「……俺が近くにいる」
「分かってるよ。頼りにしてる」
スクナはそれ以上何も言わなかった。椿の判断に納得したというより、自分が守ればいいと考えたらしい。ルシフェルもまた指令書へ目を落としたまま、淡々と口を開く。彼は王都の構造も王宮への道もすでに知っている。三人にとって、この国は未知の土地ではない。以前訪れた時に見た街並みが、祭りの準備によって少しだけ華やかに姿を変えているだけだった。
「王宮へ行く。警備を増やすなら、表には出さない方がいい」
「うちもそう思う。王様にお願いしてみよ」
王都へ入ると、祭り前夜の賑わいが三人を包んだ。店先には色とりどりの飾りが並び、子どもたちは小さな旗を振りながら走り、大人たちは明日の料理や酒を運んでいる。橙色の灯りが石畳を照らし、その上へ赤や青の影が揺れていた。椿は歩きながら、何度か足を止めそうになる。こんなにも楽しみにしている人々がいるのだ。敵の都合で、その笑顔を奪わせるつもりはなかった。
王宮へ到着すると、以前と同じように門衛が三人を迎えた。夜分の突然の訪問ではあったが、椿たちの顔を知る者がいたため、確認に長い時間は掛からなかった。ほどなくして案内された謁見の間には、レオン王が待っていた。王は椿の顔を見るなり、普段とは違う緊張を感じ取ったらしい。椿は挨拶を済ませると、すぐに指令書を差し出した。
「夜分に堪忍なぁ。ちょっと急いで知らせたいことがありまして」
「何があった」
「明日の建国祭で、王様の馬車を襲う計画が立てられてます。しかも、ヤタガラス帝国の印を付けた武器を使うそうですわ。襲った後は獣人の仕業に見せて、うちの国が王国を襲わせたように仕立てるつもりみたいです」
レオン王の表情が変わった。指令書を受け取った手が止まり、青い瞳が一つ一つの文字を追っていく。椿は急かさず、その様子を見守った。隣ではスクナが腕を組み、ルシフェルは黙って室内の気配を探っている。王宮という場所でさえ、どこまで安全なのかはまだ分からない。だからこそ、余計な人間を集める必要はなかった。
「これは、合衆国の仕業か」
「そこまでは断言できへんよ。ただ、うちらが捕まえた男は旧バルガム帝国軍の暗号を使うてました。それに、この指令書にはヤタガラスの名を利用する計画がはっきり書かれてます。分かってることは、それだけです」
「なるほどな」
レオン王は椅子へ深く腰掛けた。怒りを露わにすることもなく、指令書を机へ置く。王として何をすべきかを考えているのだろう。椿もまた、王の判断を待った。ここで自分の考えを押し通す必要はない。友好国のことを決めるのは、あくまでこの国の王なのだから。
「祭りを中止するべきか」
「うちは、せん方がええと思います」
「理由は?」
「中止したら、敵さんは計画を変えはるでしょう。王様を狙ろてはるんやったら、祭りがなくても別の機会を探さはる。せやったら、明日の予定はそのままにして、見えへんところへ兵を置いた方が捕まえやすいんやない?」
「囮にするつもりか」
「そういう言い方をすると物騒やねぇ。祭りを楽しんでもらいながら、悪い人だけ捕まえてもらうんよ」
椿が穏やかに笑うと、レオン王は小さく息を吐いた。危険な提案であることは理解している。それでも、敵の計画を完全に把握している今なら、ただ怯えて予定を変えるよりも確実に対処できる。何より、襲撃を防ぐだけでは足りない。ヤタガラス帝国の名を使って王国を襲おうとした証拠を、その場で押さえる必要がある。
「分かった。建国祭は予定どおり行う。ただし、王宮と近衛には最低限の者だけへ伝える」
「それがええと思う。誰が敵さんと繋がってるか、まだ分からへんもの」
「私の身辺警護はどうする」
「うちとスクナがつく。ルシフェルには、離れたところから全体を見てもらうつもりや」
「それなら安心だな」
「油断はせんといてな。敵さんも、うちらがここへ来たことまでは知らんはずや。そこだけは利用させてもらいまひょ」
王は頷いた。話は決まった。表向きは何も変わらない。明日の正午、王は予定どおり馬車へ乗り、建国祭の会場へ向かう。そこへ現れた襲撃者を待ち構え、武器と偽の檄文を押さえる。そうすれば、ヤタガラス帝国へ罪を着せるための計画そのものを、王国側の証拠として残せる。
謁見の間を出ると、廊下の窓から王都が見えた。夜空の下、祭りの灯りだけが明るく浮かんでいる。青い旗が風に揺れ、その下を人々が行き交っていた。椿はしばらくその景色を眺め、ふっと口元を緩める。自分の国ではない。それでも、ここで暮らす人々が明日の朝を笑って迎えられるようにすることくらいはできる。
「椿」
「ん?」
「明日は危険だ」
「知ってるよ」
「それでも行くのか」
「行くよ」
椿は振り返った。黒い髪が肩から滑り、月明かりを受けて艶やかな光を返す。その表情に迷いはなかった。自分の名を使われたからでも、友好国だからでもない。目の前にある平穏を壊そうとしている者がいるなら、止める。それだけだった。
「せっかくの建国祭やもの。みんな楽しみにしてはるんやろ? ほな、その楽しみを邪魔するんは無粋やわ。明日はうちらも混ぜてもろて、悪い人だけ見つけたらええ」
「祭りを楽しむ余裕があるのか」
「そらあるよ。戦う前から怖がってたら、もったいないやろ?」
スクナは呆れたように息を吐いたが、否定はしなかった。ルシフェルは窓の外を見ながら、静かに目を細める。明日の舞台はすでに整っている。華やかな旗、笑い声、王の馬車。そして、その全てを利用して国同士を争わせようとする者たち。椿はその企みを胸の内へ収めるように、静かに月詠へ触れた。
「ほな、明日に備えて休もか。朝になったら、何も知らん顔して祭りへ行こ」
王都の夜は静かに更けていった。灯りが一つずつ消えていく中、明日の祭りを待つ街にはまだ穏やかな気配が残っている。敵は、自分たちの計画が完全に成功すると信じている。けれどその舞台にはすでに、計画を知っている女帝と、その背を預けられる二人が立っていた。明日の正午、華やかな建国祭の真ん中で、偽物の刃が本物の国へ届く前に、その手を叩き落とす。
新連載!【メデューサの子孫】を始めました!
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