第七話 公開監査
第七話 公開監査
迷宮都市オウラムの中央広場には、朝から人が溢れていた。
灰色の空。
湿った石畳。
立ち並ぶ露店。
焼いた肉の匂いと、濡れた革鎧の臭気が入り混じる。冒険者、商人、娼婦、荷運び人。誰もがざわついていた。
「公開裁判だってよ」
「監査官の?」
「とうとう消されるんじゃねぇか」
広場中央には、巨大な木造壇上が組まれていた。
ギルド旗。
憲兵。
魔導拡声器。
完全に見世物だった。
ミーシャは群衆の中で拳を握る。
「最低……」
その隣で、エドガー・レインは無表情だった。
黒衣は相変わらず地味で、疲れた目も変わらない。
まるで自分の裁判へ来た人間に見えなかった。
「緊張しないんですか……?」
「別に」
「別にって……!」
ミーシャの声は震えていた。
怖いのだ。
この広場全体が敵みたいだった。
壇上へ上がった男が両手を広げる。
ギルド長バルトロ・フォン・グランドル。
豪奢な紫外套。
金刺繍。
脂ぎった笑み。
「諸君!」
拡声魔導具が声を増幅する。
ざわめきが静まった。
「本日、我々は重大な裏切りを裁かなければならない!」
大げさな口調。
芝居じみた動き。
バルトロはエドガーを指差した。
「王都より来た特別監査官エドガー・レイン! この男は監査の名を騙り、ギルド機密を外部へ流そうとしていた!」
群衆がざわつく。
「スパイだって?」
「マジかよ」
「だから最近ゴタゴタしてたのか」
ミーシャが顔を上げた。
「嘘よ……!」
「さらに!」
バルトロの声が広場へ響く。
「彼は善良な商人を脅迫し、冒険者たちの活動を妨害した! その結果、多くの現場が混乱している!」
群衆の中から怒声が飛ぶ。
「そうだ!」
「最近手続き遅すぎんだよ!」
「現場知らねぇ役人が!」
空気が荒れる。
エドガーは静かに壇上へ上がった。
雨が降り始めていた。
細い雨粒が黒衣を濡らす。
バルトロが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「何か言い訳はあるかね?」
沈黙。
群衆がエドガーを見る。
彼はゆっくり口を開いた。
「公開監査を開始します」
バルトロの笑みが固まる。
「……は?」
「あなたが望んだ公開形式です」
エドガーは懐へ手を入れた。
周囲の憲兵が警戒する。
だが彼が取り出したのは武器ではない。
一冊の古びた帳簿だった。
「なんだそれは」
「監査記録です」
エドガーの瞳が青白く光る。
【因果の算盤】
空気が震えた。
カチ。
カチ。
カチ。
静かな珠の音。
次の瞬間。
広場上空へ、巨大な光が広がった。
「なっ……!?」
群衆がどよめく。
青白い帳簿。
巨大だった。
まるで空そのものへ数字が刻まれていくように、膨大な記録が浮かび上がる。
輸送記録。
接待費。
装備調達。
死亡率。
魔石流通。
全てが空中に展開されていた。
ミーシャが息を呑む。
「……すごい」
バルトロの顔色が変わる。
「き、貴様!」
「公開形式なので、見やすくしました」
エドガーは淡々としていた。
雨が光へ当たり、無数の青粒となって落ちていく。
「まず、新人死亡率について」
数字が切り替わる。
グラフ。
装備重量。
損耗率。
「粗悪防具流通後、死亡率三一%増加」
群衆がざわつく。
「なに……?」
「そんなに死んでたのか」
エドガーの声は静かだった。
「調達鉄材五トン消失。売却利益はギルド上層部へ流入」
バルトロが怒鳴る。
「でたらめだ!」
「では次」
数字が変わる。
高級料亭《白金の枝亭》。
接待費。
エルフ酒三十本。
「これは高純度魔石密輸記録です」
観衆が息を呑む。
「迷宮結界用魔石が横流しされた結果、第三階層結界に欠陥発生。新人死亡率増加」
雨が強くなる。
誰も喋らない。
エドガーは続ける。
「なお、密輸利益の一部は――」
光の帳簿が切り替わった。
豪邸図面。
宝飾品。
愛人名義口座。
「……愛人用別宅建築費へ流用されています」
広場が静まり返る。
バルトロの顔から血の気が引いた。
「き、貴様……!」
「違いますか?」
静かな声。
怒鳴りもしない。
責めもしない。
ただ。
数字を並べていく。
「遺族補償金削減後、同時期に建材購入費増加」
ミーシャが唇を噛む。
広場の隅で、誰かが泣いていた。
新人を亡くした母親だった。
「うちの子の金で……?」
バルトロが叫ぶ。
「証拠にならん!」
「なります」
エドガーは即答した。
「全て正式帳簿ですので」
群衆がざわめく。
「本物なのか……」
「ギルド長が……?」
「嘘だろ……」
バルトロが後退る。
脂汗が首を伝っていた。
「お、お前たち! こんなものに騙されるな!」
だがもう遅かった。
冒険者たちの目が変わっている。
怒り。
困惑。
そして理解。
最近死んだ仲間。
壊れた防具。
補償金未払い。
全部繋がっていく。
エドガーは静かに帳簿を閉じた。
巨大な光がゆっくり消える。
雨音だけが広場へ残った。
「公開監査を終了します」
その声は小さい。
だが広場全体へ、妙にはっきり響いた。
バルトロが震える。
「……貴様ぁ……!」
エドガーは彼を見た。
死んだ魚みたいな目で。
「なお」
最後に一言だけ付け加える。
「まだ半分です」
その瞬間。
広場中が凍りついた。




