第十七話 神へ返す武器
「盛大に、ですか」
思金は、嫌そうな顔をした。
「はい」
諸葛亮は、何でもないことのように答えた。
「どれほど盛大にできます?」
「まず、その前に聞かせてください」
「何でしょう」
「何をするつもりです?」
諸葛亮は、運ばれていく青銅の矛を見た。
長い。
重い。
美しい。
だが。
戦うための武器として見るならば、すでに使いづらいものだった。
「神へ返すのでしょう?」
「ええ」
「ならば、返しましょう」
「……それだけですか?」
「それだけですよ」
「嘘ですね」
「最近、皆さん私を疑いすぎではありませんか?」
「原因を考えてください」
思金はため息をついた。
「確かに、古い武器を神へ捧げることはあります。ですが、国中から集めるとなれば話が違う」
「難しい?」
「当然です」
「なぜ?」
「なぜって……」
思金は、一本の矛を指した。
「あれをただの武器だと思っていますか?」
「いいえ」
諸葛亮は即答した。
思金が少し驚く。
「家の力」
「……」
「一族の歴史」
「……」
「祖先から受け継いだ証」
諸葛亮は矛を見る。
「そのようなものでしょう」
「分かっているではありませんか」
「ですから、集める価値がある」
思金の目が細くなった。
「……孔明殿」
「はい」
「今、とても嫌なことを考えましたね」
「心外です」
「では説明してください」
諸葛亮は少し考えた。
「思金殿」
「はい」
「もし戦になった時」
青銅の矛を指す。
「あれを持つ者は、誰の命令を聞きます?」
「……」
思金は答えなかった。
諸葛亮が続ける。
「卑弥呼様ですか」
「必ずしも」
「その家の長ですか」
「……おそらく」
「では」
諸葛亮は穏やかに言った。
「これは武器であると同時に、命令する力でもある」
思金は黙った。
「それを」
諸葛亮は祭祀の場を見る。
「女王のもとで、神へ返す」
「……」
「悪い顔をしています」
「しておりません」
「しています」
「まだ何もしておりませんよ」
「考えています」
「考えるのは自由でしょう」
「あなたの場合、自由にしてはいけない気がしてきました」
諸葛亮が笑った。
「ひどいですね」
◇
「嫌です」
卑弥呼は言った。
即答だった。
「やっぱり」
思金が呟く。
「何がやっぱりです?」
「いえ」
卑弥呼は諸葛亮を見る。
「孔明」
「はい」
「皆から武器を取り上げるつもりですか」
「いいえ」
「でも、集めるのでしょう?」
「捧げたい者からは」
「同じです」
「違いますよ」
卑弥呼は納得していない。
諸葛亮は、少し考えた。
「では」
「はい」
「卑弥呼様がお決めください」
「……何を?」
「これは、誰の祭りです?」
「神の」
「誰が祈ります?」
「私が」
「ならば」
諸葛亮は頭を下げる。
「どのような祭りにするかも、あなたがお決めになるべきです」
卑弥呼は黙った。
三年前なら。
ここで「どうすればいい」と聞いていただろう。
今は。
少し違う。
「武器を集める理由を、もう一度」
「はい」
「呉に弱く見せるため?」
「それだけではありません」
「では?」
「古い武器が、各地にあります」
「はい」
「それぞれの家が持っています」
「はい」
「いざという時、それぞれが勝手に兵を集めることもできる」
卑弥呼の表情が変わる。
「……」
「私は」
諸葛亮が言う。
「それが怖い」
「呉より?」
「場合によっては」
思金が横で頷いた。
「外から敵が来た時に、中で争っていては国になりません」
「だから武器を集める」
「古いものだけです」
諸葛亮は続ける。
「農具まで取り上げるつもりはありません。狩りに使うものも。村を守るために必要なものも」
「では、何を?」
「戦うためというより」
少し考える。
「持っていることそのものに意味がある武器を」
卑弥呼には、その意味が分かった。
古い銅剣。
大きな矛。
家に伝わる武器。
それを持つことが、力の証になっている者たち。
「取り上げれば反発します」
「でしょうね」
「では」
「取り上げなければよいのです」
「……?」
「自ら、返していただきます」
「神へ?」
「はい」
卑弥呼は長く考えた。
「孔明」
「はい」
「一つ条件があります」
「何でしょう」
「捧げなかった者を、逆らった者にしないこと」
諸葛亮の目が少し開く。
「……」
「神へ返すのなら」
卑弥呼は言った。
「それは、祈りでなければいけません」
思金が卑弥呼を見る。
「命令にしたら」
卑弥呼は首を振った。
「神を使って、武器を奪うことになる」
しばらく。
諸葛亮は何も言わなかった。
やがて。
深く頭を下げた。
「おっしゃる通りです」
卑弥呼が少し驚く。
「……素直ですね」
「私はいつも素直ですよ」
「それは違います」
思金が即答した。
「思金?」
「申し訳ありません」
「そこは私もそう思う」
「卑弥呼様まで?」
◇
祭りの話は、各地へ伝えられた。
古き武器を。
神へ返す。
長く家を守った剣。
祖先から受け継いだ矛。
戦うために作られながら。
もはや戦では使われなくなったもの。
それらを。
女王の祈りとともに、神へ返す。
最初に応じたのは。
意外にも、小さな村だった。
「これを」
老人が一本の銅剣を差し出した。
卑弥呼が受け取る。
「よいのですか」
「ああ」
老人は笑った。
「俺の爺さんの、そのまた爺さんからあるらしい」
「ならば、なおさら」
「だからだよ」
老人は銅剣を見る。
「もう誰も、これで戦ったことがない」
刃は。
長い年月を経ている。
「うちの若いのは」
老人が後ろを見る。
若者がいる。
手にしているのは。
鉄の鎌だった。
「あっちの方が大事だとさ」
卑弥呼が少し笑った。
「そうですか」
「ああ」
「では」
銅剣を両手で持つ。
「お預かりします」
「頼む」
老人は頭を下げた。
「長いこと、うちを守ってくれた」
そして。
「今度は神様のところで、休ませてやってくれ」
卑弥呼は。
銅剣を見た。
「……はい」
静かに答えた。
◇
一つ。
また一つ。
武器が集まった。
全てではない。
断る家もあった。
「うちの矛は渡さん」
そう言う者もいた。
卑弥呼は。
「分かりました」
それだけだった。
兵を送らない。
責めない。
祈りを拒んだとも言わない。
その話もまた、広がった。
すると。
別の家が武器を持ってきた。
「本当に、渡さなくてもよいのですか」
「はい」
「罰は?」
「ありません」
「なら……」
男は。
長い間、抱えていた矛を見る。
「うちは、返します」
なぜ。
卑弥呼は聞かなかった。
受け取った。
名を聞いた。
その武器を守ってきた祖先の話を聞いた。
そして。
一つずつ。
祈った。
◇
「……増えたな」
溟が言った。
「増えましたね」
諸葛亮が答える。
二人の前には。
数多くの青銅の武器。
「これ全部、埋めるの?」
「場所によっては」
「もったいなくね?」
「溟様」
「何?」
「あなた」
諸葛亮が振り返る。
「先日、剣を一本拾ったでしょう」
「あれは拾ったっていうか」
「拾ったでしょう」
「……はい」
「まだ卑弥呼様へ渡していませんね」
溟が固まった。
「……」
「溟様?」
「いや」
「どこです?」
「ちゃんとある」
「どこに」
「……須佐」
「持ってきてください」
「えー」
「えー、ではありません」
「だってすげえ切れるんだぞ」
「存じております」
「俺が見つけた」
「拾ったのでしょう」
「そこ大事?」
「非常に」
溟がぶつぶつ言いながら歩いていく。
諸葛亮は、その背中を見送った。
「……」
「孔明殿」
思金が隣へ来た。
「はい」
「本当に、あの剣も捧げるのですか」
「いいえ」
「では?」
「卑弥呼様へ渡していただきます」
「なぜ」
諸葛亮は。
集められた古い武器を見る。
「古い武器が」
それから。
溟が消えた方を見る。
「新しい武器に変わる時です」
「……」
「誰が持つかは、大切でしょう」
思金は少し考えた。
「溟では駄目?」
「駄目ではありません」
「なら」
「だからこそです」
思金が諸葛亮を見る。
「劉の血を引く者が」
諸葛亮は静かに言った。
「この国で最も優れた剣を持つ」
「……」
「それを、後の者がどう見るでしょう」
思金は黙った。
「溟様は王を望まないでしょう」
「ええ」
「ですが」
諸葛亮は、集まった武器を見る。
「本人が望まぬものを」
少し遠い目をした。
「周りが望むこともあるのです」
劉備。
漢。
皇叔。
血。
名。
大義。
人は。
一人の人間へ。
多くのものを背負わせる。
「だから」
思金が言った。
「女王へ返す」
「はい」
諸葛亮は笑った。
「剣を得た者が王になるのではなく」
祭壇の向こう。
祈りを続ける卑弥呼を見る。
「王へ、剣を返すのです」
◇
祭りの日。
多くの者が集まった。
火が焚かれ。
歌が響き。
古い武器が並べられる。
銅剣。
銅矛。
銅戈。
それぞれが。
かつて誰かの力だった。
卑弥呼が。
その前へ立つ。
「長く」
声が響く。
「人を守ってきたものです」
皆が静かになる。
「長く」
卑弥呼は続ける。
「人と人が争う時にも、使われてきたものです」
風が吹く。
「今日」
武器を見る。
「これを、捨てるのではありません」
人々を見る。
「忘れるのでもありません」
卑弥呼は両手を合わせる。
「役目を終えたものを」
静かに。
「神へ返します」
頭が下がる。
一人。
また一人。
祈る。
諸葛亮は。
少し離れたところから見ていた。
「先生」
声。
溟だった。
「持ってきた」
布に包まれた長いもの。
「ありがとうございます」
「……本当に渡すの?」
「嫌ですか」
「ちょっと」
「では、持っていても構いませんよ」
「え?」
溟が驚く。
「いいの?」
「あなたの剣です」
「……」
「決めるのは、あなたです」
溟は。
布を見る。
あの夜。
炎の中で拾った。
これがあったから。
助かった。
人も助けられた。
強い剣だ。
持っていたい。
「先生」
「はい」
「俺がこれ持ってたら」
「はい」
「強くなれる?」
諸葛亮は少し考える。
「少しは」
「少しかよ」
「剣一本で強くなれるなら、皆苦労しません」
「夢ねえなあ」
「申し訳ありません」
溟は笑った。
そして。
祭壇を見る。
卑弥呼。
この三年。
何度も喧嘩した。
怒られた。
この前は。
抱きしめられてから殴られた。
「……姉ちゃんの方が」
「はい?」
「持ってた方がいいか」
諸葛亮は。
答えなかった。
「自分で決めなさい」
「先生のくせに」
「何です?」
「こういう時だけ教えねえの」
「大切なことですので」
「ずるいな」
溟は歩き出した。
祭壇へ。
卑弥呼が気づく。
「溟?」
「これ」
布を差し出す。
「何です?」
「あそこで拾った」
「……拾った?」
「先生にも同じ顔された」
「でしょうね」
布を開く。
剣。
周囲がざわめく。
古い青銅とは違う。
細く。
鋭く。
異様な存在感を持つ剣。
「俺が持っててもいいんだけどさ」
「……」
「姉ちゃんが持ってて」
卑弥呼が溟を見る。
「なぜ?」
溟は困った。
「何でって……」
頭を掻く。
「俺」
少し考える。
「王じゃねえし」
諸葛亮の目が。
わずかに細くなった。
「だから」
溟は剣を差し出す。
「これで誰か守るなら」
卑弥呼を見る。
「姉ちゃんが決めろよ」
卑弥呼は。
すぐには受け取らなかった。
「あなたが見つけたのでしょう」
「拾った」
「そこは認めるのですね」
「先生がうるさいから」
少し。
笑いが起きた。
卑弥呼も笑った。
そして。
両手で剣を受け取った。
「預かります」
「うん」
「必要な時は?」
「貸して」
「嫌です」
「何で!?」
「勝手に狗奴国へ行く人には貸しません」
「まだ怒ってんの!?」
「当然です!」
また笑いが起きた。
諸葛亮も。
小さく笑った。
古い武器が。
神へ返る日。
須佐の男は。
新しい剣を。
王へ渡した。
後の世。
その剣には。
いくつもの名が与えられることになる。
だが。
この時はまだ。
名もない剣だった。
◇
海の向こうへ渡った報せは。
簡単なものだった。
倭の女王が。
各地から武器を集めている。
古き銅の武器を。
神へ捧げている。
兵を集めた形跡はない。
祭祀が盛んになっている。
鉄の武器は。
ほとんど見えない。
その報せを聞いた者は。
こう理解した。
倭の女王は。
神に頼る王である。
武器を。
自ら減らしている。
国々を。
祭祀でまとめようとしている。
そして。
鉄は乏しい。
どれも。
嘘ではなかった。
ただ。
須佐の田では。
鉄の鍬が土を返していた。
山では。
鉄の斧が木を切っていた。
水路では。
鉄の道具が石を削っていた。
剣ではない。
槍でもない。
だが。
国を強くする鉄は。
静かに。
増え始めていた。
◇
「届いたようです」
思金が言った。
「そうですか」
諸葛亮は田の畦に座っていた。
「反応は?」
「狗奴国へ、また問い合わせが」
「何と?」
「邪馬台国は武器を捨てているのか、と」
「何と答えました?」
「狗奴国の者は」
思金は木簡を見る。
「『祭りで大量の武器が集められた。女王は神への祈りを重んじている』と」
「正しいですね」
「ええ」
「良いことです」
思金が隣へ座る。
「孔明殿」
「はい」
「一つ聞いても?」
「どうぞ」
「これは」
田を見る。
鉄の鍬。
祭壇へ消えた青銅。
海の向こうへ渡った報せ。
「我々が、呉の情報を盗んでいるのですか」
「いいえ」
「では?」
諸葛亮は少し考えた。
「今はまだ」
田へ視線を戻す。
「互いに見ているだけです」
「今は?」
「はい」
「そのうち変わる?」
「さて」
諸葛亮は立ち上がった。
「孔明殿」
「はい?」
「また悪い顔をしています」
「気のせいですよ」
「もう騙されません」
諸葛亮は笑った。
敵の目は。
まだ開いている。
こちらを見ている。
だからこそ。
こちらにも。
見えるものがあった。
敵が何を恐れ。
何を欲し。
何を知らないのか。
そして。
何を。
知ったつもりになっているのか。
戦とは。
剣を抜いた時に始まるものではない。
諸葛亮は。
それを誰よりもよく知っていた。




