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11_再来(4)

 そこには、剣を掲げたセドリックがいた。その横には、セドリックの侍従のケビンもいる。


 木の床には、ミーシェが握っていたと思われるナイフが突き刺さっていた。


「──無事だね?」

 セドリックは、ちらりと背後のフィリスに視線を向けて言う。


 そのあとで、床に押さえつけられているミーシェに、怒気のこもった視線を向け、

「……なぜ、フィリスを狙う?」

 低い声で問いかける。


 ミーシェは、ふふふと、冷ややかに笑うと、

「理由なら、その女のほうが、よく知ってるんじゃない?」

 とフィリスを見やる。


 フィリスは、体をこわばらせる。


 ミーシェは、苦々しげに唇を歪め、

「そうやって隠れていれば、どうにかなるとでも思っていたの? お義姉さまは昔から何も変わらないわ!」

 吐き捨てるように叫ぶ。


 セドリックが、怪訝そうに眉をひそめる。

 フィリスがひとり娘であることは、彼も知っているはずだ。


 セドリックは、考えるそぶりを見せたあと、

「──名は?」

 とミーシェに問う。


 ミーシェは、床に押さえつけられているにもかかからず、王女であった頃を彷彿とさせる自尊心の高さを見せ、

「わたくしは、この国の王女、ミーシェジェニカよ」


 セドリックは、その言葉を飲み込むように小さくつぶやき、ややあってから、衝撃を受けたような表情で、

「……王女、ミーシェジェニカ、だと──⁉︎」

 目を見開く。


 もう六百年も昔のことだが、フィリスが稀代の悪女として処刑された年は、その年の暮れに起こった民衆の大暴動によって、当時の王族が倒れるという大事件が起こっている。とくに次期公爵の立場であるセドリックなら、国の歴史だけでなく、過去の王族の名まで記憶しているのかもしれない。


 とうの昔に死んだはずの王女の名前を口にして、堂々と自分だと言い張る異様な少女に、セドリックは険しい視線を向ける。


 ミーシェは、ケラケラと笑いながら、セドリックに目を留め、

「ええ、なんなら、もうひとつの名も教えて差し上げましょうか」

 そう言ったあとで、妖艶な流し目をフィリスに向け、

「──ミッシェルよ。ミーシェジェニカには劣るけれど、まあまあ、気に入っていた名よ。ねえ、聖女のお義姉さま──」


 フィリスは、一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 しかし、徐々に言葉の意味を理解すると、表情をこわばらせる。


「あなた、まさか……、あのミッシェル……、なの?」


 聖女として生きた前世、そのそばで長年仕えてくれていた侍女が、ミッシェルという名だった。


 その瞬間、

「あはははっ‼︎」

 ミーシェは盛大に声をあげて笑った。


 屋敷の中に、奇妙なほどの甲高い声が響き渡る。


「お義姉さまったら、最期の最期まで気づかないんだもの。もう、わたくし、おかしくておかしくて。何度も笑いを堪えるので精いっぱいだったわ」


 フィリスが、聖女として命を終えるその瞬間、ミーシェの声を聞いた気がした。


『今度こそ、さようなら、お義姉さま』


 その声が、ありありとよみがえる。


(聞き間違えなんかじゃなかった──。あの声は、本当にミーシェだったんだわ──)


 フィリスは信じられない思いで、ガタガタと肩を震わせる。


 その様子を見て、ミーシェは満足げに冷笑する。


 そして憎々しげに、セドリックを見上げると、

「あなたもどうせ、わたくしと同じ理由で、この女に近づいたんでしょう? なんたって、”国を守る番犬”のスペディング公爵家ですものね!」


 セドリックの肩が大きく反応した。


(国を守る、番犬──?)


 聞き慣れない言葉だった。


 ミーシェは、狂ったように叫ぶ。


「──いいこと? その女が死ねば、この国は災いに襲われるの! こんな国なんて滅んでしまえばいい! あはは! 今度こそ、その女を殺せば、きっとこの悪夢も終わるわ! それなのに──!」


 ミーシェは血走った(まなこ)で、セドリックに怒りをぶつけるように、


「犬ごときが邪魔しないでちょうだい! あなただって、その女の正体を知っていて近づいたんでしょう⁉︎ そうでなければ、こんな災いを呼ぶ女なんてそばに置いておかないもの‼︎ それで? 一生どこかに閉じ込めておくのかしら? それともやっぱり殺すのかしら? あははは!」


 セドリックが怒りをあらわにしているのが、背後からでもわかった。


 しかしセドリックは、それをなんとか押し留めると、重苦しく息を吐き出し、


「……連れていけ、舌を噛み切って自殺しないように拘束しておけ」

 冷ややかに言い放つ。


 ミーシェは、騎士らに両腕を拘束され、連れて行かれながらも、

「いい? その女を殺すのよ! 必ずよ──‼︎」

 声高に叫び続ける。


 フィリスは放心状態で、その場にへたり込む。


 すべてが信じられない。


 ミーシェが自分と同じく、前々世と前世の記憶をもっていたこと。

 前世で自分の侍女として、何年もミーシェがそばにいたこと。

 そして、自分を殺せば悪夢が終わると、ミーシェが思い込んでいること──。


「……フィリス」


 セドリックが、フィリスの肩にそっと触れる。


 フィリスは、反射的に肩をびくつかせる。

 思考が追いつかない。


 しかし、はっと意識を戻すと、セドリックに向かって、

「お父さまが──! どこかに捕まっているかもしれないんです!」


 セドリックは、フィリスを安心させるように、

「ああ、大丈夫だ。酒をずいぶん飲まされていたが、無事だ」


 そう言うと、ミーシェと同じように騎士たちによって捕えられている亭主と女将に目を向け、

「そこのふたりが表向き営んでいる宿屋の一室に寝かされていたところを保護した」


 フィリスは、深く息を吐き出す。

「……ここにはいなかったんですね、でも無事でよかった……」


 また自分の大切な人が殺されてしまったのかと思った。


 セドリックは、亭主と女将の前に立つと、ふたりを見下ろし、

「正直に答えろ。お前たちが我が国に侵入していた、ガルド帝国からの間者(スパイ)だということはわかっている。いったい何を企んでいた?」


 剣先を突きつけるような鋭さで問いただす。


 女将は怯えたように、隣の亭主に視線を向ける。


 亭主は眉間にしわを寄せ、


「さっきの女が、ガルド帝国の皇帝に言ったんだ。このレザーク王国を手に入れたいなら、かつて王国を襲った災厄をまた起こせばいいってな。そしてその方法を自分なら知っている、って。

 だから俺たちは、この国に潜入して、その災厄を引き起こす存在っていうのを探してた。

 何しろ、それがわかるのが、あの女だけだったからな。運よく見つけたとしても、効果がどのくらい期待できるのかもわからねえ、正直なところ、半信半疑ではあったぜ」


 するとその瞬間、セドリックは手にしていた剣を勢いよく振り下ろした。


 一瞬、誰もが亭主の首が吹き飛んだと思った。


 しかし、亭主の頬に当たるかどうかの紙一重のところを剣先が通り過ぎ、ダンッという音とともに、剣は激しく床に突き刺さった。


「──もういい、連れて行け」


 セドリックは、地をはうような声で指示する。


 亭主と女将は、騎士たちの手によって、屋敷の外へと連れて行かれる。


 亭主は、

「話したんだから、身の安全は保障してくれるんだろうな! おい!」

 と叫んでいたが、セドリックは殺気立ったままだった。


 屋敷の中にいた騎士たちがそれぞれ外へ出ていくと、あたりはしんと静まり返る。


 しばらくしたあとで、セドリックは、詰めていた息を吐き出し、

「……ひとまず、公爵邸に戻ろう。子爵も目を覚ましているかもしれない」

 そう言って、フィリスの両腕を縛っていた縄を解き、ゆっくりと立ち上がらせる。


 そのままフィリスの肩に手を置き、外へと促す。


 待機していた馬車に乗り込むと、すぐさま、馬車は走りはじめる。


 フィリスは、向かいに座るセドリックに目をやるが、彼は何か考え事をしているように険しい表情で、じっと馬車の外の暗闇へと視線を向けている。



『その女が死ねば、この国は災いに襲われるの! こんな国なんて滅んでしまえばいい!』

『今度こそ、その女を殺せば、きっとこの悪夢も終わるわ!』


 フィリスの頭の中には、先ほどミーシェが叫んだ言葉が大きく響いている。


 遮断するようにまぶたを閉じるが、

『あなただって、その女の正体を知っていて近づいたんでしょ⁉︎』

『そうでなければ、こんな災いを呼ぶ女なんてそばに置いておかないもの‼︎』


 なおもミーシェの言葉が、鼓膜にまとわりついて離れない。


 するとそれが引き金になって、次から次へと、かつてミーシェに振るわれた暴力の痛みや投げつけられた言葉の数々が呼び起こされる。


 克服したと思っていたはずだった記憶に、フィリスは再びからめ取られそうになる。


 それらをぐっと唇を噛みしめ、堪えているうちに、気づけば、馬車は公爵邸へとたどり着いていた。



ここまでご覧くださり、ブクマなどでご評価いただき、ありがとうございます……!すごく励みにさせていただいています(*ˊᵕˋ*)

次話からは第四章に入ります。引き続き投稿がんばりますので、完結までどうぞよろしくお願いいたします!


「面白かった!」「続き読みたい!」「応援しようかな!」など思っていただけましたら、ブックマークや、下にある☆ボタン押していただけると、とてもよろこびます(*ˊᵕˋ*)

よろしければ、よろしくお願いいたします!

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