↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/29

12 許しと本心1

 公爵邸に着くなり、フィリスは、父がいる部屋へと急いで駆け込んだ。


 しかしフィリスの心配をよそに、父は赤ら顔でいびきをかきながらベッドで寝ていた。

 その姿を目にして、フィリスはようやく胸をなで下ろす。

 普段あまりお酒など口にしない父のことだ、少しの量でも酔ってしまったのだろう。


 フィリスはかたわらで見守るセドリックに向き直ると、深く頭を下げた。

「本当にありがとうございました」


 セドリックが駆けつけてくれなければ、もしかしたらあの宿屋の亭主の言っていたとおり、敵国のガルド帝国へ連れ去られていたかもしれない。そのあとフィリスの身にどんなことが起こったかは、想像するのもおぞましい。


「今日はもう遅い。ゆっくり休むといい。部屋まで送るよ」

 セドリックは労るような笑みを見せ、フィリスを部屋へと送り届ける。


 部屋の前まで来ると、フィリスはゆっくりと口を開いた。


「──あの、ミーシェにもう一度、会わせていただけませんか」


 セドリックの瞳が大きく見開かれる。


 捕えられたミーシェたちは、今夜は公爵邸の地下牢に閉じ込めておき、明日の早朝に国王直轄の騎士らが引き取ることになっている。

 そのあとは、国王主導のもと、調査が進められるだろう。

 フィリスがミーシェと会うならば、今夜しかなかった。


「どうか、お願いします──」

 フィリスはセドリックの瞳をじっと見上げ、訴える。


 ややあって、セドリックは手のひらで額を覆い、深く息を吐き出すとフィリスを見をやる。

「……わかった。ただし私もそばにいる。そうでなければ、許可できない」


「ええ、それで構いません、お願いします」



 フィリスはセドリックに案内されながら、地下へと続く石階段を下り、ミーシェが拘束されている地下牢へと向かう。


 前々世の第一王女だった頃、処刑されるまで閉じ込められていた王城の地下牢をいやでも思い出し、無意識に体が震える。


 フィリスが緊張していると感じたのだろう、セドリックが足を止めて振り返る。

「……無理をする必要はない、どうする?」


 彼が手にしているランタンの炎が揺らめく。


 フィリスは握りしめた拳を胸に押し当て、深呼吸をする。


「……大丈夫です」

「わかった」


 そのあとセドリックはもう何も言わなかった。



 一番奥まった牢屋の前まで来ると、ミーシェは鉄格子の向こうで、座りもせずにたたずんでいた。


 フィリスたちの足音に気づくと振り返り、冷ややかに口元を歪める。


「──これで満足? あのときのお姉さまのように、わたくしを牢屋に閉じ込めて」


 ミーシェの言う、”あのとき”とは、第一王女であったフィリスが処刑される前夜のことだとすぐにわかる。

 いまとは逆の立場で、牢屋にいるフィリスをミーシェが訪ねてきた。


 ミーシェは悲劇を演じる舞台女優のように、

「ああ、明日の朝になったら、わたくしは首をはねられてしまうのかしら……?」

 そう言ったが、その声はせせら笑っていた。


 フィリスは前に進み手を伸ばし、頑丈で冷たい鉄格子に触れる。

 じっとミーシェを見つめる。

 前々世では、誰もが褒めたたえた、金髪碧眼の天使のような第二王女のミーシェジェニカの美しさはどこにもない。

 そして、前世の聖女だった自分に仕えてくれた侍女のミッシェルの面影も、どこにもない。


 目の前にいる少女は、まったくの別人にしか見えない。

 しかし、ミーシェジェニカとミッシェルの姿それぞれが、ミーシェの背後に幻のように浮かんで見えているのは気のせいだろうか。


 フィリスは、ゆっくりと口を開く。


「──ひとつだけ、教えて」


 ミーシェがこちらを見る。


「……王女だった頃、わたしに仕えてくれていた侍女のマリナ、覚えているでしょう」


 ミーシェは、遠い記憶を呼び起こすように視線を宙に投げたあとで、くすりと笑った。


「ええ、何度忠告しても、お姉さまのそばを離れようとしなかった生意気な女でしょう?」


「……マリナをどうしたの」

 フィリスは鉄格子をぐっと握りしめ、吐き出すように問いただす。


 ずっと気がかりだった。


 フィリスが処刑される前に、ある日突然、姿が見えなくなった侍女。

 名ばかりの第一王女でしかなかったフィリスに、マリナは献身的に仕え、どんなときもそばで支えてくれた。


 もし運よく王城から逃げ出せているならいい。

 でも、もしミーシェの手によって、マリナが命を落としていたなら──。


 ミーシェは、すっと目を細めてフィリスを見やるが、ややあってから、クスクスと笑う。

「……さあ? 逃げたんでしょう? お姉さまとあのまま一緒にいれば、自分も処刑されるとでも思ったんじゃない?」


「……そう」

 フィリスは息を吐く。


 覚悟を決めて、この場を訪れたつもりだった。


 それでもミーシェの口から決定的な言葉を聞いてしまえば、一度決めた覚悟が揺らぎそうで怖かったのも事実だった。


 フィリスはすっと顔を上げ、まっすぐミーシェに視線を合わせる。


 ──もう迷いはない。


 フィリスのほうから、こんなふうに真正面からミーシェを見つめることなど、これまでなかったはずだ。


 ミーシェは怪訝そうな顔をする。


「──許すわ」


 フィリスは静かに、されどはっきりとした声音で、言った。


「──ミーシェ、あなたを許すわ」


 ミーシェは言葉の意味を理解しかねる様子で、表情をぴたりと止める。


 やがてわなわなと震え、激しく顔を歪める。

「──許すですって⁉︎ わたくしを⁉︎ お姉さまごときが、なぜ⁉︎ 笑えない冗談はやめてちょうだい!」


 フィリスは表情を崩さないまま、静かに鉄格子から手を離すと、くるりと背中を向け、歩き出す。


「ちょっと! 自分だけ言いたいことを言って逃げるの⁉︎ 待ちなさいよ! 卑怯者! 止まりなさい! わたくしの言うことが聞けないの──!」


 後ろからミーシェが叫んでいる。


 しかしフィリスは、一度も振り返ることなく、牢屋をあとにした。


 そのフィリスのあとを追うように、セドリックが一歩を踏み出したが、ふと足を止める。


「愛と憎しみが紙一重なんて、よく言ったものだね……」

 後ろを振り返った彼は嫌悪をにじませるように、ぽつりとつぶやいた。



第四章に入りました。物語の真ん中くらいです。

ここからラストに向かって進んでいきます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。