第1章 再会、ライバル宣言
春の空気は、ほんのり油と炊きたての米の香りを混ぜあわせて、商店街を包みこんでいた。
放課後の蛮鶴 挟は、学校帰りにいつものように家のハンバーガー店のシャッターを開ける。
店名は「バーガーハウス蛮鶴」。
父が若いころから切り盛りしてきた老舗のハンバーガー専門店だ。
「ただいまー」
「おかえり、挟。今日も仕込み手伝ってくれるか?」
厨房から顔を出した父は、エプロン姿に汗をにじませていた。
カウンターには肉の仕込み、バンズの山、フライヤーの音。
見慣れた光景に挟は少しだけうんざりしたような、でも誇らしげな気持ちになる。
彼は高校二年。部活もせずに、放課後はいつも店を手伝う日々だ。
そんなとき、ガラガラと隣の店の引き戸が開いた。
ふと視線を向けると、そこに現れたのは――
「……米?」
白い割烹着を着て、買い物袋を抱えていたのは、尾ニ切 米。
幼いころ、祭りで一緒に遊んだ少女。
そして隣のおにぎり屋「おにぎりや米」の一人娘だった。
「……あれ? 挟くん?」
米もこちらに気づき、ぱちりと瞬きをした。
一瞬、時間が止まったような感覚。
幼い記憶と、目の前の姿が重なる。
あの夏の約束が、ふいに蘇る。
だが挟はすぐに顔を背け、わざと軽口を叩いた。
「へぇ、まだおにぎり屋、潰れてなかったんだな」
「なっ……! うちのおにぎりは商店街一番なの! 挟くんこそ、まだ油まみれのバーガー屋やってるの?」
「油まみれじゃねーし! バーガーは進化してるんだ。おにぎりなんて、ただの三角だろ」
「三角には心が詰まってるの!」
通りすがりの商店街の人たちが、二人の言い合いにクスクス笑う。
まるで漫才のような掛け合いに聞こえるのだ。
米は最後にぷいっと横を向き、言い放った。
「覚えてる? あのときの約束。どっちが美味しいか、勝負だって!」
挟の胸が、一瞬だけ大きく脈打つ。
忘れたふりをしてきた幼い日の誓い。
けれど米の言葉で、再び火がついてしまう。
「上等だ。今度の祭りで勝負しようぜ」
「望むところよ!」
二人はにらみ合い、同時に口角を上げた。
それは敵意と同時に、どこか懐かしい笑顔だった。
翌日。
春の陽ざしに包まれた教室の窓際で、蛮鶴 挟は居心地の悪さにため息をついた。
「おーい挟。昨日の商店街でのやりとり、見てたぞ」
同じクラスの友人・三浦がにやにや笑いながら肘でつついてくる。
「幼なじみで隣の店の娘? しかも名前が“米”ちゃんって……ドラマかよ」
「やめろ、余計なこと言うな」
「じゃあやっぱり、意識してんだ?」
「してねぇ!」
声が少し大きすぎたのか、前の席からひょいと振り向いた影がある。
長い黒髪を揺らして、すました顔の――尾ニ切 米。
「なに? わたしのこと話してるの?」
「い、いや……」
「ふーん。勝手にどうぞ。でもはっきりさせとくわ。――挟くんとは、ただのライバルだから」
クラスが一瞬ざわつく。
「ライバル?」「なにそれ」「幼なじみってやっぱり恋人候補じゃないの?」
ざわざわした空気の中、米は背筋を伸ばし、自信ありげに笑う。
「うちのおにぎりは、どこのハンバーガーにも負けないの。だから勝負するんだもんね」
「はぁ!? 勝手に宣言すんな!」
「言ったのは挟くんでしょ? 昨日!」
「……っ!」
挟は思わず口ごもる。
たしかに昨日、自分の口から「祭りで勝負だ」と言ってしまった。
教室の空気はもう完全に冷やかしモードだ。
「えー! 面白そう!」「じゃあわたしたち審査員ね!」「商店街デートだなこれ!」
そんな声が飛び交い、顔が熱くなる。
米は余裕の笑みを浮かべ、そっと机に手を置いた。
「覚悟しなさい。わたし、ぜったい負けないから」
その瞳には子どものころのあの約束と同じ、まっすぐな光が宿っていた。
挟は悔しいほどに胸がざわつき、唇をかむ。
――もう逃げられない。
これはただの冷やかしじゃない。
いつの間にか、心の奥に再び火がついてしまった。
そしてその火は、思いがけないほど大きな運命を呼び寄せていくことになるのだった。




