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72話 変わったまま

 地区魔力幹線の設備区画へ着くと、オスカーはすでに床の点検蓋を外していた。



「記録は?」

「持ってきました」



 ミナが机へ三つの束を置く。


 前にここを確認したときの記録。


 その後の運転記録。


 そして、今朝までの確認記録。


 レオンは最初の一枚と、最後の一枚を並べた。


 昔の安定位置には戻っていない。


 だが。


 前回ここで確認した位置からは、ほとんど動いていなかった。



「設備側は?」

「同じです」



 幹線担当の技師が答えた。



「補正位置は多少揺れています。ただ、前回確認した範囲から大きく外れてはいません」



 レオンは記録から顔を上げた。



「現物を見ます」

「ああ」



 オスカーが床下を示す。


 石造りの基礎。


 その上に据えられた設備架台。


 固定金具。


 接続部。


 前回確認した場所を、同じ順番で見ていく。


 オスカーが金具へ手を掛けた。



「緩みなし」



 隣。



「ここもだ」



 さらに奥。



「こっちも変わってない」



 前回確認した状態と照らしても、新しくずれた形跡は見つからない。


 レオンは《断脈視》を向けた。


 基礎。


 支持部。


 壁内へ続く導路。


 赤黒い線はない。


 少なくとも、今ここで新しく崩壊へ向かっている箇所は見えなかった。


 それだけで安全とは決めない。


 《断脈視》は、設備の状態をすべて教えてくれるわけではない。


 だから。


 記録。


 現物。


 設備の動き。


 全部を合わせる。



「動かせますか」

「通常運転なら」



 技師が操作盤へ手を置いた。



「停止条件も前回と同じです」

「お願いします」


     ◇


 設備が動き始めた。


 床下から低い音が響く。


 入力側の表示が上がる。


 出力も追う。


 補正表示が動き。


 少し右で止まった。


 ミナが前回記録を見る。



「ほとんど同じです」

「出力は?」

「指定どおりです」



 技師が答える。



「揺れも許容内です」



 オスカーは壁際の導路へ手を当てた。



「熱も変わらん」



 そのまま、しばらく動かす。


 警告は出ない。


 振動も増えない。


 支持部にも変化はない。



「下げてください」



 技師が操作する。


 出力が落ちる。


 補正も戻る。


 昔の中央位置までは戻らない。


 だが。


 前回と、ほぼ同じ場所で止まった。


 ミナが三枚の記録を並べる。


 前回。


 その後。


 今日。



「同じところにいます」



 レオンも見ていた。


 昔とは違う。


 そこは変わらない。


 だが。


 前回ここで確かめてから、さらにずれ続けているわけではない。



「もう一度できますか」

「できます」



 同じ運転を繰り返す。


 結果は大きく変わらなかった。


 出力は正常。


 補正も許容範囲を外れない。


 振動も増えていない。


 熱も変わらない。


 支持部にも、新しい弱りは見つからない。


 オスカーが点検蓋の前で腕を組んだ。



「壊れてないな」

「はい」



 レオンは答えた。



「少なくとも、今確認した範囲では」

「昔の位置には戻ってないんですよね」



 ミナが聞く。



「戻っていません」

「でも、前に見たところからも、ほとんど動いてない」

「はい」



 ミナが三枚の記録を見る。



「違ったまま、止まってる」



 レオンは少しだけ考えた。



「今は、そう見えます」



 以前の状態へ戻っていない。


 それでも。


 今は安定している。


 戻っていないことと。


 今も危険な方向へ進んでいることは。


 同じではなかった。


     ◇


 局へ戻ると、ミナは机の上へ地図を広げた。


 王都。


 フェルデン盆地。


 ヴァレイン。


 グラニス。


 そして、比較できる記録が返ってきた国外の地点。



「次は何を見ます?」

「いつ変わり始めた可能性があるかです」



 ミナが顔を上げる。



「そこまで分かるんですか」

「正確な日は分かりません」



 レオンは一つの記録を開いた。



「でも、ここではまだ以前との差が小さい」



 次の記録を置く。



「その次では、差が残っています」



 二つの測定の間。


 少なくとも、そのどこかで状態が変わった可能性がある。


 発生日ではない。


 変化が始まった可能性のある期間だ。



「全部、それで挟むんですね」

「比較できるものだけです」



 途中が抜けている記録。


 測定方法をつなげられないもの。


 大きな工事を挟んだもの。


 そうした記録は外す。


 残った記録を、地点ごとに並べた。


 ミナが細長い紙へ印をつけていく。


 この記録までは差が小さい。


 次では残っている。


 なら、その間。


 別の地点も同じ。


 国外の地点にも印を置く。


 一方。


 現在は差がほとんど残っていない地点には、別の印をつけた。



「ここ、一度変わってから戻ってます」

「はい」

「こっちは、変わったあとも残ってる」

「はい」



 地点が増える。


 期間も並ぶ。


 ミナの手が止まった。



「……きれいには並びませんね」



 レオンも地図を見る。


 近い地点同士でも、変化が始まった可能性のある期間は同じではない。


 離れた地点の方が、記録上は早く差が残っているものもある。


 逆もある。


 ただし。


 測定の間隔は場所ごとに違う。


 残っている記録の細かさも違う。


 これだけで、どこからどう広がったかを決めることはできない。



「今の記録だけでは、距離と順番を単純には結べません」



 レオンは言った。



「じゃあ、中心はまだ分からない」

「はい」



 無理に中心を作るべきではない。


 分からないものを、分かった形に整えても意味はない。


 ミナが王都北西部の印を見る。



「でも、今日の場所は一つ分かりましたね」



 昔とは違う。


 戻ってもいない。


 それでも。


 今は大きく変わっていない。



「戻ってない場所を見つけたら、全部止めるわけじゃない」

「はい」



 止めるべき場所は止める。


 だが。


 過去との差だけを理由に、動いているものすべてを止めればいいわけではない。


 見分けるものが、一つ増えた。


 以前と違うか。


 その違いが残っているだけなのか。


 それとも、今も変わり続けているのか。


 レオンは別の記録を引き寄せた。


 フェルデン盆地。


 グラニス。


 すでに使用を制限し、止めた場所。


 こちらも、以前へ戻っていない。


 そこまでは同じだ。



「次は、こっちと比べます」



 ミナが記録を見る。



「危ない方と?」

「はい」



 昔と違う。


 そこまでは同じ。


 なら。


 危険になった場所には。


 何が、もう一つ重なっているのか。


 レオンは二つの記録を並べた。



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