71話 戻っていた場所
「戻っています」
ミナが、届いたばかりの記録から顔を上げた。
追加照会を出した国外の地点。
古い値。
現在の値。
その間が抜けていたため、以前の状態へ戻ったのか、戻っていないのかを決められなかった場所だ。
「途中の記録が見つかりました」
ミナが一枚目を机へ広げる。
古い記録では、基準にしていた状態からわずかな差が出ている。
その次では、差が小さくなっていた。
今回見つかった記録では、さらに小さい。
そして現在の再測定では。
その差は、ほとんど確認できない。
「同じ場所ですか」
レオンが聞く。
「はい。測定位置は同じです。方法も、記録上は途中で変わってません」
幹線担当の技師が横から紙を見る。
「大きな工事は?」
「この期間にはないそうです」
返答には、現地で確認した条件も添えられていた。
測る場所。
測定方法。
過去記録とのつなぎ方。
途中で大規模な改修があったか。
現在値を取り直した結果。
レオンだけで、遠く離れた土地の数字を判断するつもりはない。
今回の返答には、現地側で過去記録と現在値を照合した結果も書かれている。
「現地の判断は」
レオンが聞いた。
「過去に出ていた差は、現在の再測定ではほぼ確認できない、です」
ミナが読み上げた。
レオンは紙を見た。
以前との差は、ほとんど消えている。
少なくとも、この地点については、戻ったと判断できるだけの記録が揃った。
「じゃあ、ここは違ったんですね」
ミナが言った。
「何と違うかは、まだ決められません」
レオンは答えた。
「王国内で見ているものと同じ変化だったかどうかも分かりません。ただ、この地点では、昔との差が今も残っているとは言えなくなりました」
追加照会を出した時点では、判定不能だった。
今は違う。
比較できる記録が増えたことで、一つの地点を分けられた。
ミナが地図へ手を伸ばす。
国外側には。
以前との差が残っている地点。
まだ判断できない地点。
それぞれ別の印が置かれている。
ミナは、そのうち判定不能だった一つを消し、新しい印へ書き替えた。
差が、ほとんど残っていない地点。
国外の地図に。
三つ目の意味を持つ印が加わった。
「もう一つも来てます」
ミナが次の紙を出した。
こちらも、以前は途中の記録が足りなかった地点だった。
ただし。
返ってきた内容は違った。
「途中記録は残っていませんでした。その代わり、現在値をもう一度測ってもらってます」
測定条件を確認したうえで取り直した結果も添えられている。
レオンは古い値と並べた。
差は小さい。
現行の基準から見れば、問題になる大きさではない。
それでも。
昔の状態までは戻っていない。
「こっちは残ってる……」
ミナが呟く。
「はい」
同じように王国の外。
同じように、現在の基準では異常なし。
だが。
一方では過去との差がほとんど消えている。
もう一方では残っている。
ミナが、もう一つの印も書き替えた。
こちらは、差が残っている地点へ。
「王国外だから、全部同じってわけじゃないんですね」
ミナが二枚の紙を見比べた。
「そうです」
レオンは地図上の二つの印を見た。
戻っていた場所。
戻っていない場所。
「これで境目が分かるか?」
ガレスが聞いた。
「まだです」
レオンはすぐに答えた。
「判断できる地点が二つ増えただけです。それに、戻った場所と戻っていない場所の間がどうなっているかも分かりません」
地図の上なら。
二つの点の間へ、線を引くことはできる。
だが。
その間に比較できる記録がなければ、それは境界を見つけたことにはならない。
「少なくとも、外へ行けば全部残っている、ではないな」
ガレスが言った。
「はい」
そこまでは言える。
王国の外にも、以前へ戻っていない場所がある。
だが。
王国の外がすべて同じ状態ではない。
比べる地点を増やしたことで。
同じものではなく、違いが見え始めていた。
◇
レオンたちは、国外の二地点だけで結論を出さなかった。
王国内の記録も、同じ分け方で見直した。
過去との差があるか。
今も、その差が変わり続けているか。
最近の測定はどうなっているか。
「これ、どうします?」
ミナが一つの束を抜いた。
以前確認した、王都北西部の地区魔力幹線だった。
前に確認したとき。
故障はなく、現在の正常範囲の中で動いていた。
ただ。
補正は、昔の安定位置へ戻らなかった。
あのとき、レオンたちはそのずれを記録として残した。
「その後も確認してたんですね」
ミナが後ろの紙をめくる。
「その後の確認記録にも残っています」
幹線担当の技師が答えた。
記録には、同じ項目が残されていた。
一回目。
二回目。
さらに次。
多少の揺れはある。
だが。
補正が以前の中央位置へ戻らないことは変わらない。
一方で。
その位置から、さらに同じ方向へ動き続けてもいなかった。
「最近の分、ほとんど同じですね」
ミナが紙を重ねる。
レオンも確認した。
出力。
入力。
補正。
確認時の条件。
過去の記録と照らしていく。
出力は同じ条件で追える。
入力と補正には、以前との差が残っている。
だが。
最近の複数回だけを見れば、大きくは変わっていない。
昔とは違う。
だが。
今も変わり続けているとは限らない。
「これも、戻っていない場所ですよね」
ミナが言った。
「記録だけなら、そうです」
レオンは答えた。
以前の状態には戻っていない。
だが。
それだけで、危険だとは決められない。
これまで見てきた現場でも。
以前との差だけで判断したわけではなかった。
グラニスでは、記録から場所を絞ったあと。
現地で、主要搬出路の壁内部に弱りが見つかった。
ここでは。
少なくとも記録上、最近の値はほぼ同じところに留まっている。
「じゃあ、安全なんですか」
ミナが聞いた。
レオンはすぐには答えなかった。
記録だけでは。
そこまでは言えない。
「現場を見ます」
レオンは束を閉じた。
「昔と違うことは分かっています。でも、今どうなっているかは、紙だけでは決めません」
支持部。
固定。
設備の補正。
普段の運転。
そして。
今そこに、崩壊へつながる新しい不連続があるか。
それを確かめる必要がある。
「また、あの設備ですか」
幹線担当の技師が聞いた。
「はい」
前に見たとき。
壊れてはいなかった。
昔とは違っていた。
その違いを、記録として残した。
だからこそ。
今の値と比べられる。
「動かしますか」
技師が聞いた。
「まず、今の状態を見ます」
レオンは答えた。
「記録と現物が合っているのを確認してからです」
ガレスが立ち上がった。
「なら行け」
レオンも地図を閉じる。
王国の外には。
戻っていた場所があった。
戻っていない場所もあった。
それだけでも、全部を一つの状態として扱えないことは分かった。
そして王都には。
もっと気になる場所がある。
昔とは違う。
以前の状態へ戻っていない。
それなのに。
壊れていない。
レオンは記録を持って立ち上がった。
次に確かめる場所は、決まった。




