↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
71/75

70話 戻ったかどうか

 翌朝。


 レオンは、周辺まで描かれた地図をもう一度机へ広げた。


 机の上には、昨日届いた国外の記録も残っていた。


 王都。


 フェルデン盆地。


 ヴァレイン。


 グラニス。


 そして、周辺国から届いた測定記録。


 測っているものも。


 使っている道具も。


 記録の残し方も違う。


 それでも、過去と現在を比べれば、以前の状態へ戻っていない変化がある。


 昨日、そこまでは確認した。



「まず、どこまで同じ変化があるかを探すんですよね」



 ミナが地図を覗き込んだ。



「はい」



 レオンは答えた。



「じゃあ、戻ってない場所を増やしていけば――」

「それだけでは足りません」



 ミナの手が止まった。



「足りない?」



「戻っているのか。それとも、まだ戻っていないのか。判断できる場所を増やします」



 レオンは、国外から届いた記録の束を引き寄せた。


 昨日確認した記録は、現在値が安全基準の内側にありながら、過去との差が残っていた。


 だが、それだけを集めても。


 変化がどこにあるのかは分かっても、どんな広がり方をしているのかまでは分からない。



「変わった場所だけを集めても、範囲の形は分かりません」



 レオンは地図の王都側を指した。


 王国内でも、すべての地点で同じ大きさの変化が出ていたわけではない。


 土地側の差が大きい場所。


 小さい場所。


 設備側で以前との違いが残る場所。


 同じ地域の中でも、現れ方は一様ではなかった。



「国外も同じように、一つずつ比べるんですね」



「はい」



 レオンは頷いた。



「今の基準で正常かどうかだけじゃなく、以前と比べてどう変わっているのかを見ます」



     ◇



 使えない記録を先に外した。


 測定地点そのものが変わっているもの。


 途中で設備が大きく改修され、前後をそのまま比べられないもの。


 過去値が一度しか残っていないもの。


 現在値だけで、以前との違いを追えないもの。


 残った紙を、ミナが時期順に並べていく。



「昨日見たのは、これとこれです」



 二枚が机の中央へ出された。


 どちらも現在値は基準内。


 それでも、過去との差が次の測定でも残っている。


 レオンは、その横にまだ見ていない記録を置いた。



「こっちは?」



 ミナが数字を追った。



「一度ずれてますね」



 古い記録では、ある時期に以前の値から差が出ている。


 その次の記録では、その差が小さくなっていた。


 だが。


 そこから現在値までの間の記録がない。



「……これ、戻ったかどうか分からないです」



「はい」



 レオンは答えた。


 差が小さくなっている。


 だからといって、その後に以前の状態まで戻ったとは言えない。


 反対に、差が残り続けたとも言えない。


 途中の記録が足りない。



「測り方は変わってませんか」

「注記があります。同じ地点。測定項目も同じです。途中の記録までは比較できそうです」



 幹線担当の技師が紙を受け取った。


 しばらく読み、頷く。



「少なくとも、途中までは追えるな。ただ、その後の経過がない」



 レオンはもう一枚を取った。


 こちらも似ていた。


 過去との差はある。


 だが、その後の記録が少なく、現在までどう推移したのかは分からない。


 一件。


 二件。


 昨日確認した「以前へ戻っていない記録」とは違う。


 戻ったのではない。


 戻っていないとも言えない。


 比べる材料が途中で切れている。



「昨日の記録だけ見てたら、分からなかったですね」



 ミナが言った。



「はい」



 レオンは地図へ印を置いた。


 昨日、以前との差が残っていることを確認した地点。


 そして、まだ判断できない地点。


 国境の外側に、違う印が増えた。



「これなら、戻ってない場所だけを集めるのとは違いますね」



「少なくとも、決めつけずに済みます」



 王国内で変化が見つかった。


 国外の資料にも、以前との差が残る記録があった。


 だからといって。


 国境の外まで、すべて同じ変化が続いているとは言えない。


 国外の資料だけで、王国内と同じ地脈異変だと決めることもできない。


 今分かっているのは。


 王国の外にも、過去と現在を比べる必要のある記録がある。


 それだけだった。



「線は引けるか」



 ガレスが聞いた。



「まだです」



 レオンは即答した。



「点が足りません。それに、どう並んでいるのかも分かっていません」



 変化が確認できた地点同士を結べば、大きな範囲を描くことはできる。


 だが、その内側に同じ変化が続いている保証はない。


 反対に、一地点で差が小さかったからといって、その先まで同じだとも言えない。



「じゃあ、何を増やすんですか」



 ミナが聞いた。



「比べられる地点です」



 レオンは答えた。



「以前へ戻っていないのか。戻っているのか。それとも、今の資料ではまだ分からないのか。まず、それを分けられる場所を増やします」



 ガレスが腕を組んだ。



「異常報告を集めるだけでは足りんと」

「はい」



 今までなら、危険な報告を優先した。


 それは間違っていない。


 人を守るためなら、今もそうする。


 だが、今回知りたいのは一つの現場の危険度ではない。


 王国の外にも見つかった変化が。


 どんな場所で確認できて。


 どんな場所では確認できないのか。


 まだ、その形さえ分かっていない。



「照会条件を変えます」



 レオンは言った。



「変化があった地点だけではなく、過去の値まで比較できる地点を出してもらいます。現在まで追える記録があるかも確認したいです」



 ガレスが机の端に置かれた紙を取った。



「何を揃える」

「測定した場所。時期。過去値。現在値。途中で大きな工事や測定方法の変更があれば、それも」



 レオンは少し考えた。



「今の基準で異常かどうかは、現地の判定をそのまま付けてもらえば十分です」



「詳しい測定まで求めるか」



 幹線担当の技師が聞いた。


 レオンは首を振った。



「最初から全部は要りません」



 王国内では。


 土地。


 設備。


 建設前の調査。


 現在の専門測定。


 それらを重ねることで、地脈を含む周囲の魔力環境が昔と同じ状態へ戻っていないことを確認した。


 だが、国外の資料が同じものを測っているとは限らない。


 同じ記録が残っているとも限らない。



「まず、過去と現在を比べられる場所を増やします」



 レオンは続けた。



「その中から、追加で確かめる場所を選びます」



 最初から答えを取りに行く必要はない。


 どこなら、次の比較ができるのかを絞る。


 フェルデンでも。


 グラニスでも。


 王都でも。


 そうしてきた。



     ◇



 昼を過ぎる頃。


 ミナは王国内の記録も同じ分け方で整理していた。


 以前との差が残っている。


 差が小さくなっている。


 比較不能。


 現在まで追える。


 途中で記録が切れている。


 単純に二つへ分けられるものではなかった。



「なんか、思ったよりばらばらです」



 ミナが言った。


 変化が確認された地点だけを見ていたときは、大きな一つの異変に見えた。


 だが。


 比べられる記録。


 比べられない記録。


 途中までしか追えない記録。


 それらを重ねると。


 まだ形を決めるには早いことの方が、はっきりした。



「はい」



 レオンは地図を見た。



「だから、まだ形を決めない方がいいです」



 大きな円でもない。


 一本の帯でもない。


 一つの中心から広がったとも決められない。


 今ある点だけで形を作れば、その形に合う理由を探し始めてしまう。



「発生源も、まだ探さないんですか」

「探します」



 レオンは答えた。



「でも、今の点だけで場所を決めるのは早いです」



 発生源を探すにも。


 どこで同じ変化が確認できるのか。


 どこでは確認できないのか。


 その材料が要る。


 今は、その手前だ。



「まず、空いているところを埋めます」



 レオンは国外の印を指した。


 昨日、以前との差が残っていることを確認した地点。


 別の地点に、判断できない記録がある。



「ここですか」



 ミナが、その印を指した。



「はい」



 レオンは頷いた。


 その地点の記録を、もう一度机へ戻した。


 過去値。


 その次。


 差は小さくなっている。


 だが、そこから現在値までの経過が抜けている。



「この間の記録は、本当にありませんか」



 ミナが束を探す。


 最後までめくってから首を振った。



「この返答にはないです」



 幹線担当の技師も紙を見る。



「今ある分だけなら、途中が抜けてるな」



 レオンは現在値の欄を指した。


 現地側では、今も基準内。


 だが。


 それだけでは、以前の状態へ戻ったのか。


 差を残したままなのか。


 別の変化をしているのか。


 分からない。



「追加で確認してもらえますか」



 ガレスが紙を取った。



「この地点か」

「はい。まずは、ここをもう一度比べたいです」



 必要なのは。


 昨日見つけた変化と同じだと証明することではない。


 違うと証明することでもない。


 今はまだ空いている場所に。


 一つ、比較できる点を増やすことだった。



「同じ地点の、途中の記録があれば送ってもらってください。なければ、今の値をもう一度確認できるか聞いてください」



 ガレスが短く頷いた。



「照会を返す」



 紙が机から離れた。


 レオンは地図へ戻った。


 昨日までに分かったのは。


 王国の外にも、以前との差を残す記録があること。


 今日分かったのは。


 それだけでは、広がり方までは決められないということだった。


 地図の外側に。


 まだ答えのない一点が残っている。


 次に確かめる場所は、決まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。