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68話 一本の線

 翌朝。


 レオンは、昨夜の不一致だけを机の中央に残した。


 建設前に安定しているとされた場所。


 現在、安定している場所。


 担当を替え、器具を替えても、その二つは重ならなかった。



「地脈が動いた、ということはありませんか」



 ミナが言った。


 レオンも、最初に同じ可能性を考えていた。


 一本の地脈が、昔の位置から少しずれた。


 そう考えれば、北西端の不一致は説明できる。



「確かめましょう」



 レオンは、昨夜までに揃えた他の地点の記録を引き寄せた。



「ここだけを合わせないでください。北西端で出たずれを、そのまま他の地点にも当てます」



 幹線担当の技師が古い調査図へ印を移していく。


 建設前に安定しているとされた場所から、現在の安定地点まで。


 北西端で生じた差だけ、印をずらす。


 もし一本の地脈が同じように動いたのなら。


 別の地点でも、その先に今の安定する場所が来るはずだった。


 一つ目。


 ずれた。


 二つ目。


 さらに合わない。



「ここは、今の測定だと元の位置に近いです」



 技師が指した。



「北西端と同じだけ動かすと、安定していない側へ出ます」



 レオンは次の記録を見る。



「逆はできますか」

「逆?」

「この地点に合うように動かした場合です」



 技師が別の印を置いた。


 今度は一つ目の地点が重なる。


 だが、その位置を北西端へ移すと、昨夜確認した現在の安定地点には届かない。



「一本が、そのまま横へ動いたわけじゃない……」



 ミナが紙の上の印を見比べる。



「少なくとも、そう考えるだけでは全部は合いません」



 レオンは答えた。


 地脈が関わっていないのなら、昨夜までの複数地点の重なりを説明できない。


 だが、一本の線が同じ形のまま移動しただけなら、今度はこの食い違いを説明できない。


 なら。


 見ているものが足りない。



「昔の調査、安定する場所だけを残したものですか」



 レオンが聞くと、技師は古い束をめくった。



「結果だけのものはそうです。ただ、詳しい記録なら途中の測定もあります」



 候補地を決める前に、周囲をいくつか測った記録。


 同じ場所でも向きを変えて確認したもの。


 どちら側では値が乱れやすく、どちら側では安定しやすかったか。


 安定して扱える範囲を、複数の測定から絞ったもの。


 すべての地点には残っていない。


 だが、比較に使える記録はいくつかあった。



「位置だけじゃなくて、こっちも並べるんですね」



 ミナが言った。



「はい。線の場所だけを合わせるから、一地点の不一致に見えるのかもしれません」



 レオンは古い調査図の余白を指した。



「今も取れるものだけでいいです。安定する場所。向き。どちら側に偏るか。安定して扱える範囲。その四つを、同じ地点で取り直してください」



 技師が少し考える。



「昔と同じ器具じゃない。記録の細かさも違うぞ」

「同じ数字を作る必要はありません。昔の記録が示していた関係と、今の関係が同じかを見たいです」



 ガレスが壁際から口を挟んだ。



「何人要る」

「測定側で二組。土地側の記録も同じ地点で確認したいです」

「回す」



 それだけで話は決まった。



     ◇



 最初の結果が戻ったのは昼を過ぎてからだった。


 北西端。


 現在の安定地点は、建設前の記録から外れている。


 そこまでは昨夜と同じ。


 だが、今回はその周囲も測っている。



「安定する範囲が、昔よりこちらへ寄っています」



 技師が二枚の図を重ねた。



「中心だけが動いたんじゃありません。昔はこの辺りまで同じように扱えた。今は片側でばらつきが大きい」



 別の紙には、向きを変えて測った結果が並ぶ。


 昔と同じ向きでは、現在の値の偏りが大きい。


 少し向きを変えると安定する。


 位置だけではなかった。



「次は?」



 レオンが聞く。



「北側の区画です。ここは中心位置は昔と大きく変わっていません」



 昨夜までなら、過去と現在が合っている側へ置いていた地点だ。


 だが。


 詳しく見ると、安定する範囲が同じではない。


 昔より狭い。


 さらに別の地点では、範囲は大きく変わらないのに、安定しやすい側が片寄っていた。


 一つのずれ方では揃わない。


 位置が変わる場所。


 位置は近いまま、向きが変わる場所。


 安定する範囲が狭くなる場所。


 偏りだけが以前と違う場所。



「……全部、違う」



 ミナが呟いた。



「違います。でも、ばらばらでもないです」



 レオンは土地側の測量記録を横へ置いた。


 以前へ戻らない相対距離。


 以前へ戻らない高低差。


 その上で動く設備には、昔の安定位置へ戻らない補正が残っている。


 さらに、その設備が建つ前の限定調査と現在測定を比べると、位置だけでなく、向きや偏り、安定して扱える範囲まで以前と同じではない。


 一つだけなら、設備の癖かもしれない。


 一地点だけなら、土地の局所変化かもしれない。


 だが。


 場所を替え。


 測る人を替え。


 器具を替え。


 土地、設備、建設前、現在。


 別々の記録を重ねても、同じところへ戻ってこない。



「地脈が、移動したんじゃない」



 ミナが言った。


 レオンはすぐには頷かなかった。


 移動している場所もあるかもしれない。


 ただ、それだけでは足りない。


 レオンは、机の上の図を並べ直した。


 先ほど、一本の地脈が動いたと仮定して置いた印。


 その脇へ、技師が現在の向きを示す印を書き足す。


 安定して扱える範囲も、囲っていく。


 北西端では、その囲みごと位置がずれていた。


 北側では、中心は近いまま向きが違う。


 別の地点では、向きは近くても囲みが狭い。


 一本の線だけだった図が、地点ごとに違う形へ崩れていく。


 レオンは、その全体を見た。



「一本の線として見るのをやめます」



 技師の手が止まった。


 ミナも、並んだ図から目を離さない。



「昔と比べて変わっているのは、場所だけじゃありません」



 技師がゆっくり頷いた。



「向きも、偏りも、安定する範囲も違う」

「はい」



 レオンは、四種類の記録を順に見た。


 土地の測量。


 設備の基準。


 建設前の限定調査。


 現在の専門測定。


 どれか一つだけでは決められなかった。


 だが、四つを同じ地点で重ねれば、少なくとも一つは言える。



「地脈の状態そのものが、昔と同じ状態へ戻っていません」



 部屋が静かになった。


 誰もすぐには口を開かなかった。



「それが、土地を動かした原因ですか」



 ミナが聞いた。



「そこまでは分かりません」



 レオンは答えた。



「何が先なのか。何が引き金なのか。今の記録だけでは決められません」



 導水路も、荷揚げ機も、石臼も。


 そこで起きた問題の直接原因は、現物で確かめてきた。


 グラニスでも、大事故が起きる前に主要搬出路の壁内部の弱りを現物で確かめた。


 今回の答えは、それらを覆すものではない。


 その下で、土地や設備が置かれている前提の方が、以前と違う状態へ変わっている。


 なら、弱りが表へ出る場所も、設備も、壊れ方も同じになるとは限らない。



「だから、壊れ方が揃わなかったんですね」



 ミナが言った。



「そう考えれば説明できる部分は増えます。でも、それぞれの壊れ方まで地脈が決めたとは言えません」



 レオンは、机の上に崩れた一本の線を見た。



「今確定できるのは、地脈を含む周囲の魔力環境が、複数地点で過去と同じ状態へ戻っていないことです」



 ガレスが腕を組んだ。



「十分、面倒な答えだな」

「はい」



 どこが中心なのか。


 なぜ変わったのか。


 どこまで続いているのか。


 そこはまだ分からない。


 だが。


 見るものは、ようやく変わった。


 壊れてから原因を探すだけではない。


 危険な数字を超えるまで待つのでもない。


 以前の状態へ戻っているか。


 戻らないなら、土地だけでなく、設備だけでもなく、その場所を支える条件そのものを見る。



「各地の観測票も、追加できますか」



 ミナが帳面を開いた。



「今ある条件は変えません」



 レオンは答えた。



「報告と停止の条件はそのままです。まずは、戻ってくる記録をこの見方でも並べます」



 原因が分かったわけではない。


 止め方が分かったわけでもない。


 それでも。


 何を見落としていたのかは、もう分かる。


 そのとき、廊下を急ぐ足音が近づいた。


 扉が開く。



「局長。各地の定時報告です」



 職員が束を抱えていた。



「同じ観測周期で上がった分をまとめています。複数の地域で、報告条件に入った地点があります」



 ガレスが紙を受け取る。


 レオンは、机の上の新しい印から目を上げた。


 一か所ではない。


 一本の線を追う調査は終わった。


 次に見るのは。


 変わった状態の上で、各地が何を拾ったのかだった。



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