67話 重なる記録
「残っていたぞ」
ガレスが机へ三つの束を置いた。
地区魔力幹線の施工記録。
大規模改修時の確認記録。
そして、設備を建てる前に行われた調査の写し。
レオンは最後の束へ手を伸ばした。
「全部ですか」
「残っている分だけだ。建設当時と今では所管が違う。設備側だけ探しても出てこない記録があった」
ガレスは一枚を抜き、机へ置く。
「工事の番号から遡った。旧い建設台帳、測量記録、魔力設備側の保管分。使えるものだけ集めさせた」
紙の端には、今の点検記録とは違う書式が残っていた。
設備の出力でも、補正値でもない。
建設候補地をいくつか測り、どこなら安定して魔力を扱えるかを比べた記録だった。
「地脈……」
ミナが文字を追う。
「建てる前に、こんなのを測ってたんですね」
「全部の設備でやるわけじゃない」
幹線担当の技師が答えた。
「大きな設備なら、場所によってはやる。近くで魔力が荒れる場所を避けたり、安定して扱える場所を選んだりするためだ」
レオンは記録をめくった。
調査地点。
測定日。
使った器具。
何度か測り直した結果。
そして、建設地点を決めた理由。
王都全体の地脈を調べたものではない。
設備を置く場所を決めるため、その周囲だけを見た記録だ。
だから、残り方もばらばらだった。
詳しいものもあれば、結果だけのものもある。
それでも。
「比較はできます」
レオンは言った。
「今の設備が、昔と違うところで落ち着いている。なら、設備を置く前の記録まで遡って、同じ場所で並べます」
ガレスが腕を組んだ。
「何が要る」
「土地の測量。設備の昔の基準。建設前の調査。この三つです」
「ミナ」
「やります」
返事は早かった。
◇
昼を過ぎる頃には、机の上から余分な紙が減っていた。
ミナが地点ごとに束を分けている。
建設年が違う。
改修時期も違う。
記録の書き方も違う。
そのままでは並べられない。
だから、設備名ではなく場所を基準にした。
どこに建っているか。
その土地は、過去からどれだけ変わったか。
設備は、昔と同じ仕事をさせたとき、どこで安定するか。
建設前、その場所はどう評価されていたか。
「ここ、つながります」
ミナが一組の記録を押し出した。
先に試した地区魔力幹線。
建設前の調査では、今の設備区画を含む一帯が候補の中で安定していると記されている。
大規模改修後の確認でも、少ない補正で所定の出力へ戻っていた。
だが今は。
同じ出力へ戻しても、補正が昔の位置へ戻らない。
土地側にも、過去の測量値へ戻らない小さな差がある。
「次は?」
レオンが聞く。
「北側の別区画です。ここも施工前調査が残ってます」
同じように並べる。
土地。
設備。
施工前。
そこでも、形は完全には同じではない。
だが、昔と今の間に差がある。
三か所目。
四か所目。
すべての地点で記録が揃うわけではなかった。
施工前調査そのものが残っていない場所もある。
大規模改修で設備配置が変わり、単純比較できないところも外した。
比べられるものだけを残す。
それでも、複数地点で土地と設備の両方に、以前へ戻らない差が残った。
ミナが古い調査記録を横へ置いた。
「これ、今も測れますよね」
レオンは顔を上げた。
古い記録に残っている調査地点。
土地側で、以前へ戻らない差が残る場所。
設備側で、昔の安定位置へ戻らない場所。
三つを重ねると、複数地点で建設前の調査結果と現在の変化が対応していた。
なら、その地点を今も測り直せる。
「測れます」
幹線担当技師が答える。
「ただし、昔と器具まで同じにはできない」
「同じ数字を出したいわけではありません」
レオンは地図へ印をつけた。
「昔の調査地点を、今の基準で取り直してください。比較できる地点を優先します」
ガレスが立ち上がる。
「人は出す。設備側だけで足りなければ測量も回す」
「お願いします」
◇
午後遅く。
最初の再測定結果が戻った。
建設前調査の写しを持って、魔力設備側の技師と測量担当が現地へ出ていた。
一件目。
「合ってます」
技師が現在記録を机へ置いた。
「建設前は、この地点付近が安定していると記録されていました。今の測定でも、ほぼ同じです」
レオンは土地側と設備側の記録を横へ置いた。
土地には、以前へ戻らない差がある。
設備にも、昔と同じところへ戻らない補正が残っている。
その場所は、建設前から地脈を含む周囲の魔力環境を調べて選ばれていた。
二件目も同じだった。
三件目も、大きくは外れない。
過去の調査地点。
現在の測定。
土地側の差。
設備側の差。
別々に残っていた記録が、同じ場所で重なっていく。
ミナが息を吐いた。
「じゃあ……地脈が関わってる?」
レオンは三地点の記録をもう一度見た。
偶然で片づけるには、重なりすぎている。
「可能性は高いです」
レオンは言った。
「ただ、原因だとはまだ言えません」
「土地が動いたから、設備側にも差が出たかもしれない?」
「それもあります。今は、地脈を含む周囲の魔力環境と変化が重なっているところまでです」
幹線担当技師が頷く。
「それでも、調べる場所は絞れる」
「はい」
レオンは地図の残りの印へ目を向けた。
「最後の地点も確認します」
◇
日が傾き始めた頃。
北西端の測定班が戻った。
紙が一枚、机へ置かれる。
レオンは古い記録を横へ並べた。
建設前。
大規模改修後。
現在。
土地側には、小さいが以前へ戻らない差がある。
設備側にも、昔の安定位置へ戻らない補正が残っている。
ここまでの地点では、建設前の調査と現在測定は大きく外れていなかった。
なら、ここも同じ。
そう考えるのが自然だった。
だが。
「……合いません」
ミナが言った。
レオンも、同じ場所を見ていた。
建設前に安定しているとされた地点。
現在の測定では、そこから外れた場所の方が安定している。
「測り直しましたか」
「一度です」
測量担当が答えた。
レオンは記録から目を上げる。
「もう一度お願いします。担当を替えて、器具も別のものを使ってください」
技師が一瞬だけ紙を見た。
「今から?」
「ここだけ結果が違います。測定の癖なのか、本当に違うのかを分けたいです」
ガレスが入口の職員へ目を向けた。
「回せ」
「はい」
測量担当と別の技師が、再び部屋を出ていった。
◇
戻ってきたのは、日が落ちる直前だった。
今度は別の技師が記録を持っている。
「結果は?」
レオンが聞く。
「やはり、合いません」
紙が置かれた。
「担当を替えました。器具も替えています。それでも、現在の安定する地点は建設前の記録から外れています」
部屋が静かになった。
レオンは三枚の記録を並べ直した。
土地は変わっている。
設備も、昔と同じところへ戻らない。
他の地点では、建設前の調査と現在測定は大きく外れていなかった。
ここだけ。
そこが合わない。
「地脈じゃなかったんですか」
ミナが聞いた。
レオンはすぐには答えなかった。
違う、と切るには。
他の地点で重なりすぎている。
同じだ、と決めるには。
この一地点が残る。
「関わっている可能性は高いです」
レオンは言った。
「でも、今の見方だけでは全部を説明できません」
不一致の記録を、一番上へ置く。
「この地点を外さないでください」
ミナが不一致の記録へ印をつける。
「はい」
「合わないなら、合わない理由を調べます」
地脈が関わっている。
そこまでは、かなり近づいた。
だが。
一本の答えに見えたものは、最後の一地点で止まっていた。




