↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
59/75

58話 まだ壊れていない場所

 二基の石臼が、並んで回っていた。


 今朝はレオンたちが見守る中、故障していた側へまず半分の量の麦を入れた。


 回転は落ちず、軸と歯車へまたがせた白い線もずれなかった。


 今は、普段の一回分まで麦を増やしている。


 水車から伝わった力が歯車を回し、縦軸を通って石臼へ届く。


 麦を入れても、回転は落ちない。


 石臼の下から、挽かれた粉が途切れずに落ちていた。



「そのまま続けてください」



 レオンは歯車の中心へ目を向けた。


 白い線は、一本のまま回っている。


 負荷が掛かっても、ずれない。


 目を凝らす。


 接合部へ重なっていた赤黒い線も、昨日よりさらに薄い。


 噛ませ材を交換する前に見えていた危険は、戻っていなかった。



「時間、取れてます」



 ミナが運転帳の横で砂時計を見た。


 故障前と同じくらいの量を挽き終えたところで、数字を書き込む。



「前の水準です」



 管理人も帳面を覗き込んだ。



「このくらいでした。遅れが出る前は」



 レオンは昨日までの頁と見比べた。


 十日ほど前から混じり始め、五日前から戻らなくなっていた小さな遅れ。


 少なくとも今朝は、その遅れが出ていない。



「もう一度、同じ量で確認しましょう」



 バルドが鼻を鳴らした。



「一回で終わりにしねえのは、お前らしいな」

「戻ったように見える、で終わらせたくありません」

「分かってる。やれ」



 二回目も、回転は落ちなかった。


 白い線もずれない。


 所要時間も大きく変わらない。


 職人が接合部と軸受けを確かめ、異常な擦れも緩みも出ていないことを確認した。


 そこでようやく、バルドが歯車から離れた。



「戻していい」



 管理人が大きく息を吐いた。



「今日から二基とも通常で回します」

「最初の数日は、同じ記録を続けてください」

「麦の量と、始めた時間と、終わった時間ですね」

「はい。音や回転に違和感があれば、それも残してください」



 管理人はすぐに職人たちへ声を掛けた。


 壁際に積まれていた麦袋が、二基の石臼へ分かれて運ばれていく。


 昨日まで一方へ集まっていた作業も、二つへ戻った。


 昼前には、待っていた粉袋が次々と入口へ運び出される。


 パン屋と食堂へ回す分。


 持ち込みで順番を待っていた分。


 荷車へ積まれた袋が、製粉所から街へ出ていった。


 夜まで回すために増やしていた交代も、今日から元へ戻せるという。



「これで、待ってもらってた分も追いつけます」



 管理人が、短くなった麦袋の列を見た。


 一基が止まっても、粉そのものがなくなったわけではない。


 その代わり、誰かが長く働き、誰かが順番を待っていた。


 二基が並んで回る音が戻ると、その無理も消えていく。


 レオンは製粉所を振り返った。


 石臼が回る。


 粉が落ちる。


 袋が街へ出ていく。


 直した設備が、また日常の中へ戻っていた。



     ◇



 午後。


 領主館の執務室には、以前ヴァレインで扱った案件の記録が集められていた。


 リシアが用意させた束へ、ミナが製粉所の運転帳の写しを重ねる。


 レオンたちは、異常が報告された日より前へ記録を遡った。


 だが、すぐに問題が出た。


 日常的に同じ項目を残している設備もあれば、異常が出るまで簡単な点検しかない設備もある。


 残っている数字も、確認事項も揃わない。


 少し動いているように見える値があっても、それが設備の個体差なのか、季節や使い方によるものなのかは分からない。



「……これ」



 ミナが一枚の記録を置いた。



「壊れたって知ってるから、前の小さい変化まで怪しく見えてるだけかもしれません」



 レオンはうなずいた。


 石臼では、正常なもう一基と同じ日に比べられた。


 さらに、噛ませ材を交換したあと、遅れていた所要時間が以前の水準へ戻った。


 だから、故障前の変化と現物を結びつけられた。


 過去の案件を、壊れたと知ったあとから眺めるだけでは同じ確認はできない。



「なら、どうしますか?」



 リシアが聞いた。



「順番を逆にします」



 レオンは地図へ目を移した。



「まだ正常として使われている場所で、先に小さな変化を拾う。その時点で現場を確認します」



 ミナが顔を上げた。



「壊れる前にですか?」

「はい」



 ヴァレインの過去だけを掘れば、この土地だけの癖を拾っている可能性も残る。


 なら、答えを知らない別の場所で試した方がいい。



「壊れてから答え合わせするんじゃなく、壊れる前に当てるってことか」



 バルドが腕を組んだ。



「当てるだけでは足りません。止められるかまで見ます」



 バルドは地図へ目を落とした。



「なら、場所も選ばねえとな」



「はい。普段から同じ項目を継続して記録している場所がいいです」



 レオンも地図を見る。



「できれば、大きな事故がまだ起きていないこと。それと、異常が出る前から記録を遡れることです」



 バルドの指が、ヴァレインの北へ動いた。



「それなら鉱山は向いてる。坑道は崩れてからじゃ遅え。普段から状態を見てる」



 リシアが、その先へ視線を移した。


 山を越えた北側。



「……グラニスがあります」



 北の鉱山都市。


 採掘や坑道補強、石材加工のため、土や石を扱う技術が集まる土地だ。



「候補にはできます。ただ、条件を満たすかは現地で確かめる必要があります」

「なら、次の候補はグラニスですね」



 リシアが答えた。



「はい。現地で確かめます」



 ミナが地図を覗き込んだ。



「向こうに記録が残っていたら、石臼みたいに時間を見るんですか?」

「いいえ」



 レオンは首を振った。


 石臼で変わったのは、麦を挽き終えるまでの時間だった。


 グラニスでも、同じものが変わるとは限らない。



「何が変わるかは、設備ごとに違うはずです。先に答えを決めたら、また見たいものだけを見ることになります」



 先に答えを決めず、記録から変化を拾う。


 そのうえで現場を絞る。


 フェルデン盆地では、一件ずつ直しても次が出た。


 ヴァレインでは、その一件が壊れる前を見る方法を掴んだ。


 次は、それを別の土地で試す。


 レオンは地図の北側へ目を向けた。


 山の向こう。


 北の鉱山都市グラニス。


 次に確かめるのは、壊れる前の変化だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。