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47話 広がる沈み

 主要荷車路へ着くと、調査班は道路の上に測定具を並べていた。


 擁壁の下では、別の職員が石積みの膨らみを取り直している。


 道路側には、白い印がいくつも増えていた。



「ここまで沈んでいます」



 調査班の職員が、道路の中央寄りにつけた印を指した。



「最初に確認したときは壁際だけでした。測ってみると、その内側まで高さが落ちています」



 レオンは道路を見る。


 擁壁に沿った端だけが沈んでいるようには見えない。


 わずかな傾きが、荷車の通る位置まで続いている。


 石敷きの継ぎ目も、壁際だけわずかに開いていた。


 最初の確認では、荷車の車輪が跳ねた小さな沈みしか目につかなかった。


 だが、調査班が高さを取ると、目で分かる範囲の外まで形が崩れていた。


 ちょうど一台、大きな荷車がこちらへ向かってきていた。


 調査班の職員が手を上げ、手前で止める。


 積み荷を満載した車体が軋んだ。


 太い車輪が、最初に見つけた沈みのすぐ手前で止まる。



「これが毎日通っているんですね」

「はい。この道では珍しくありません」



 擁壁の担当者が答えた。



「市場へ入る荷の大半がここを使います。止めれば、周囲の道へ回すことになります」



 レオンは擁壁の上端へ手を置いた。


 《断脈視》を使う。


 赤黒い線は、石積みの中央から上へ伸びていた。


 最初の確認時より先まで見えるわけではない。


 だが、調べるべき範囲はもう分かっている。


 壁のすぐ裏だけではない。


 道路側へ上がる。


 沈みの外側でしゃがみ、石敷きへ手を触れた。


 細い線が、道路の下を横へ走っている。


 一本。


 その先でも枝分かれしている。


 線の端は、見た目の沈みより内側まで伸びていた。


 どこまで地盤が動いているのか。


 それは、見ただけでは決められない。



「壁際から道路の中央まで、横断で高さを取れますか」

「何列です?」

「膨らみの正面と、その前後。三列お願いします」



 職員たちが動いた。


 道路を横切るように測定位置を置く。


 ミナが一列ずつ記録へ書き込んでいった。


 壁際。


 荷車の片輪が通る位置。


 道路の中央。


 反対側。


 数字が揃うまで、荷車は手前で止めたままだった。


 後ろに二台、三台と列ができる。



「正面、出ました」



 職員が記録板を見せた。



「壁際が一番低いです。ただ、そこで戻っていません。荷車の通る位置まで緩く下がっています」

「前後は?」

「同じです。程度は違いますが、どちらも壁際だけではありません」



 ミナが三列を並べた。



「沈んでる形が、壁に沿って細長いんじゃない」



 指が、道路側へ広がった測定点を追う。



「こっちへ入り込んでます」

「はい」



 レオンは擁壁の下を見た。


 外へ膨らんだ石積み。


 その上で沈んでいる道路。


 しかも、一番低い列は、擁壁の膨らみが大きい位置とほぼ重なっている。


 別々の変形ではない可能性が高い。


 少なくとも、擁壁の表面だけを直して荷車を通し続けていい状態ではなかった。



「大型の荷車は、いったん止めてください」



 担当者の顔が引き締まった。



「全面通行止めですか」

「そこまではまだ決めません。軽い荷まで全部止めれば、市場側への影響が大きい」



 レオンは周囲の道を思い出す。


 どれも、この主要路ほど幅はない。


 大型の荷車をそのまま押し込めば、今度は別の場所で詰まる。



「大型荷車だけをここで止めて、荷を分けることはできますか」

「積み替え場所を作ればできます。ただ、その分、人手と時間は掛かります」

「周囲の道へ回せますか」

「大型のままでは無理です。荷を小さく分ければ流せます。ただ、かなり遅れます」



 レオンはうなずいた。



「では、それでお願いします」



 担当者が職員へ指示を飛ばした。


 すぐに道の両側へ人が走る。


 市場側にも、荷の遅れと迂回を伝えるための伝令が向かった。


 大型荷車は手前で止める。


 積み替え場所を設ける。


 軽い荷車へ分け、周囲の道へ振り分ける。


 この区間を通す車両は、当面、重量を抑える。


 止まっていた荷車の御者にも説明が入った。


 御者は擁壁を見下ろし、それから積み荷を見た。



「崩れてからじゃ、荷どころじゃないな」



 そう言って手綱を緩める。


 後ろの荷車も、順に待避場所へ回されていった。



     ◇



 荷車の流れを変えている間に、調査班は擁壁側の測定を進めた。


 石積みの膨らみ。


 道路面の高さ。


 その前後の区間。


 ミナが最初の確認記録と今回の測定を一つの板へまとめていく。



「最初に印をつけたのはここですよね」

「はい」

「最初に見えていた沈みは、この範囲だけです」



 ミナが線で囲む。


 今日、調査班が測った範囲は、その倍以上に道路の内側へ広がっていた。


 レオンは記録を見る。


 擁壁を優先したのは、膨らみが見えていたからだけではない。


 変形が進んでいる。


 今も主要路として使われている。


 大型荷車の荷重を受け続けている。


 止めた場合の代替も十分ではない。


 だから、二班のうち一班をここへ入れた。


 調べた結果、その判断を裏づけるものが出ている。



「このまま通していたら、どうなっていましたか」



 ミナが聞いた。


 レオンはすぐには答えなかった。


 《断脈視》は、いつ崩れるかを教えない。


 荷車一台で壊れるのか。


 十台なのか。


 明日なのか。


 そこまでは分からない。



「時期は分かりません」



 レオンは測定記録を指した。



「ただ、壁だけの変形ではありません。道路側まで沈みが広がっている。少なくとも、大型荷車を今までどおり通し続けていい状態ではなかったです」



 調査班の職員もうなずいた。



「先に荷重を落とした方がいいです。詳しく見るなら、その方が測定もしやすい」

「壁の下も範囲を広げます」



 別の職員が言う。



「膨らんでいる正面だけじゃなく、前後の石積みも取り直します」

「お願いします」



 恒久的な補修方法は、まだ決まっていない。


 だが、調査を待ちながら大型荷車を通し続ける状態からは外せた。


 道路の流れを完全には止めず、擁壁へ掛かる負荷を減らす。


 その間に、どこまで動いているのかを測る。


 一件目の共同貯水槽と同じだった。


 あちらでは水位を下げた。


 こちらでは荷車の重さを減らす。


 修理に入る前でも、今の使い方を変えれば、危険が広がるまでの時間を作れる。



     ◇



 しばらくして、積み替えが始まった。


 大きな荷車から、木箱や麻袋が小さな荷車へ移されていく。


 一台分の荷が二台、三台に分かれ、それぞれ周囲の道へ向かった。


 市場へ向かう流れは遅くなった。


 それでも、止まってはいない。



「こっちも、後へ回せる現場じゃなかったですね」



 ミナが、分かれていく荷車を見ながら言った。



「はい」



 レオンは擁壁を見る。


 共同貯水槽。


 主要荷車路の擁壁。


 二班を入れた二件とも、通常の使い方を続けられる状態ではなかった。


 擁壁の前では、積み替えを終えた荷車が周囲の道へ分かれていく。


 そのときだった。


 通りの向こうから、復興局の伝令が走ってきた。


 顔色が変わっている。


 レオンの前まで来ると、伝令は一度だけ息を整えた。



「緊急報告です」



 レオンが記録板から顔を上げる。



「何があった」

「地下排水路で事故が起きました」



 地下排水路。


 天井から側壁へ断脈はあった。


 だが、亀裂の進行はほとんどなく、流量も通常だった。


 共同貯水槽と擁壁を先に選び、本格調査を後へ回した三件の一つだった。



「状況は」

「一部が崩落しています。被害はまだ確認中です。ただ――」



 伝令が一度、息を詰めた。



「現場では、さらに崩れる危険があります」



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