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45話 5つの案件

 翌朝。


 ガレスは、机の上の二つの報告を順に見た。


 高架水路。


 西区の街路灯。



「王都へ戻ってきてからも、よく面倒を増やしてくれるな」

「必要なことでした」

「……そういうところは、相変わらずか」



 ガレスは二つの報告を重ね、脇へ寄せた。


 褒めているわけではない。


 だが、結果そのものを否定する言葉もなかった。



「なら、もう少し働いてもらおう」



 代わりに出てきたのは、五つの薄い束だった。


 それぞれ別の案件名が書かれている。



「復興局に上がっている懸案だ」



 レオンは一番上の記録を見る。


 共同貯水槽。


 主要荷車路の擁壁(ようへき)。


 地下排水路。


 公営倉庫。


 旧分水門。


 いずれも異常が報告され、本格調査を待っている案件だった。



「今すぐ動かせる調査班は二班しかない」



 ガレスが五つの束を指した。



「この中から二件選べ」



 レオンは五つの記録を見る。



「選定基準は?」

「ない」



 ガレスは即答した。



「正確には、俺から出すものはない。どれを先に見るべきか、お前が決めろ」



 五件。


 二班。


 どれか三件は、後へ回る。



「いつまでですか」

「今日中だ」



 ガレスは椅子へ背を預けた。



「ここまで二件とも片づけたんだ。その程度の判断はできるだろう」



 レオンは五つの記録をまとめて持ち上げた。



「分かりました」



     ◇



「資料だけで決めます?」



 復興局を出ると、ミナが五件の記録を抱え直した。



「全部見ます」

「ですよね」



 ミナはそれだけ言って、一番上の記録を開いた。


 記録に嘘があるとは思っていない。


 だが、そこに書かれているのは、点検した者が確認した範囲だけだ。


 今も使われているのか。


 止められるのか。


 壊れたとき、何が巻き込まれるのか。


 代わりになる設備はあるのか。


 順番を決めるなら、そこまで見る必要があった。



     ◇



 一件目の共同貯水槽では、太い支持部の一つがわずかに沈んでいた。


 石の継ぎ目がずれ、床には細い亀裂が伸びている。



「沈下量は、先月より増えています」



 担当者が記録を示した。



「水を抜けば止められます。ただ、この槽から送っている区画は給水量が大きく落ちます」

「ほかから回せる量は?」

「一部だけです」



 レオンは支持部へ触れた。


 《断脈視》を使う。


 赤黒い線が、支持部の根元から床へ伸びている。


 数本。


 荷重を受ける場所へ集まるように走っていた。


 槽の中には、今も大量の水がある。



「この状態で使い続けている?」

「はい。止める判断にはなっていません」



 ミナが沈下の記録を追った。



「少しずつですが、増えています」

「はい」



 レオンは記録へ印をつけた。



     ◇



 二件目。


 主要な荷車路を支える石積みの擁壁は、中央部が外側へわずかに膨らんでいた。


 頭上を荷車が通る。


 車輪の振動が、石積みを通じて足元まで伝わった。



「前回より膨らみが増えています」



 担当者が言った。



「ただ、今のところ通行制限は掛けていません」

「ここを止めたら?」

「市場へ向かう荷車を、周囲の道へ回すことになります。ただ、どれも狭いです」



 レオンは膨らみの近くへ手を当てた。


 壁の内側。


 赤黒い線が、上へ向かって枝分かれしている。


 いくつかの線は、上の道路まで続いていた。


 レオンは手を離す。



「上も見ます」

「道路側ですか?」



 ミナが聞いた。



「はい」



 道路へ上がる。


 擁壁に沿った側だけ、路面に小さな沈みがあった。


 そこを荷車が一台通過する。


 沈んだ場所で、車輪がわずかに跳ねた。



「大型の荷も通りますか」

「毎日あります」



 レオンは二つ目の印をつけた。



     ◇



 残る三件も確認した。


 地下排水路には、天井から側壁へ伸びる断脈があった。


 だが、亀裂の進行はほとんどなく、現在の流量も通常の範囲だった。


 一時的なら、別系統へ回すこともできる。


 公営倉庫には床下の梁へ濃い断脈があったが、異常発見後に閉鎖され、荷もすでに移されている。


 旧分水門にも基部へ断脈があったが、停止しても別水路へ切り替えられた。


 五件すべてに、手を入れる必要はある。


 ただし、同じ日に始める必要はなかった。



     ◇



 五冊の記録を、道端の低い石壁へ並べた。


 ミナが一冊ずつ見ていく。



「断脈が濃い順、ではないんですね」

「はい」



 それなら、公営倉庫も上位に入る。


 だが、あそこはもう閉鎖されている。



「今見るのは、壊れやすさだけじゃありません」



 レオンは共同貯水槽の記録を取った。



「ここは沈下が進んでいて、今も水の重さを受け続けています。止めれば給水に影響が出る。代替も一部だけです」



 次に擁壁。



「こっちは主要路を使い続けています。荷車が通るたびに負荷が掛かって、迂回させても周囲の道では同じ量を受けられない」



 ミナが残る三冊を見る。



「だから、この二件?」

「はい」



 レオンは共同貯水槽と擁壁を手前へ置いた。



「この二件を優先します」



 三件を後へ回す。


 限られた人員を、今どこへ入れるか。


 レオンが決めたのは、その順番だった。



     ◇



 復興局へ戻ると、ガレスはまだ同じ机にいた。


 レオンは五件の記録を置き、そのうち二冊を前へ出した。



「決めました」



 ガレスが二冊を見る。



「共同貯水槽と、主要荷車路の擁壁です」

「理由は」

「どちらも進行が確認でき、現在も負荷を受け続けています。止めた場合の影響が大きく、代替手段も十分ではありません」



 ガレスは一冊目を開いた。


 次に二冊目。


 しばらく記録を追う。



「残りは」

「修復は必要です。ただ、現時点の進行と使用状況なら、この二件より後へ回せると判断しました」



 ガレスが五件の記録を見渡した。


 やがて二冊を閉じる。



「分かった」



 机の横に控えていた職員へ渡した。



「一班を共同貯水槽。もう一班を擁壁へ入れろ。担当部署にも連絡を回せ」

「はい」



 職員が二冊を抱え、部屋を出ていく。


 ガレスはレオンを見る。



「お前は共同貯水槽へ入れ」

「分かりました」



 それで話は終わった。


 レオンも一礼して部屋を出る。


 ミナが隣へ並んだ。



「貯水槽ですね」

「はい。行きましょう」



 廊下の先では、すでに職員たちが動いていた。


 一班は共同貯水槽へ。


 もう一班は擁壁へ。


 五件を見て、二件を選んだ。


 その判断を受けて、王都の二つの現場が同時に動き始めた。



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